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アイツのおまけ

 サッカー部の部室前から少しでも離れようと、大股で進む私は急にガクンと引き止められた。理由は簡単、私が腕を掴んでいる小林が立ち止まったのだ。


 あんなにジリジリとしていた日差しは弱まり、茜色が混じり始めている。カナカナカナ……。ひぐらしの鳴き声が聞こえてきた。暑い日中に蝉は鳴かない。朝夕の間だけ。そして蝉は蝉でもひぐらしの声には、なんだか哀愁が漂うように感じるのは私だけか。


 それとも、今の心境がそうさせているのか。


「今は俺ら二人だけだからさ、こんなときくらい思い切り声出して泣いたら?」


 うつむいて動きを止めた私に、小林が優しい声を出した。小林はいつもニコニコと笑っていて、女子に優しいし怒らない。ルックスも悪くないから、女子の中でも人気が高い。そんな小林への私の評価は、八方美人で調子がよくって、いまいち信用出来ないやつだった。


 少しずつ日が暮れる時間が早まり、朝晩には涼しい風が吹き抜けるようになった。夏が終わりを告げ、秋が存在を主張している。

 今もヒヤリとした風が、私と小林を緩やかに撫でていた。風に撫でられた私の頬が一際冷たい。


 涙に濡れているから。


 ぽろぽろぼろと涙が私の頬を滑り落ちる。泣かないって決めてたのに。さっきまであんなに晴れやかな気分だったのに。


 出るな、涙。こんなの私らしくない。


「好きだったんだよ。ずっと」


 女にモテたいからだとかチャラいこと言いながら、誰よりもサッカーに真剣な颯真。実際にモテるくせに、寄ってくる女の子たちには目もくれなかった。高校に入ってから一人の女の子しか見ていなかった、本当は一途なやつ。


「ばっかじゃないの、私」


 ぐいっと腕で涙を拭ったけど、また溢れ落ちて地面を濡らした。


 泥だらけになっても練習を欠かさない颯真を知ってる。試合に負けた日は後でこっそり泣いてたことも、毎日遅くまで庭でボールを蹴ってることだって。颯真は残念ながら天才じゃない。努力して、努力して、ようやくレギュラーの座にしがみついてる。

 でも皆の前では調子よく笑ってカッコつけて、小林と一緒になってバカやってる。


 ずっと側で見てきた。私の方を見ない颯真が、私といる優花に一目で釘付けになった時も見てた。


「ああ、ばっかだなあ。橘は。でも橘のそういうとこさ、……俺は好きだよ」

 最後の爆弾に思わず涙が止まった。なにそれ?


 色んなことが忙しく私の頭を駆けめぐる。小林が私のことを好き? ありえない。だいたい男の子が私みたいなやつを好きだなんて。

 待って。私、今フラれたばっかりで好きとか言われても困る。なんで小林は今好きだなんて言うんだ。


「フラれて傷心の私に好きとか言っちゃうんだ? そうやって女の子を口説くんだね、小林は」

 ぐるぐるぐるぐると、思考がからまわりして考えられない。気が付くと私は小林につんけんと冷たい言葉を返していた。


「違う! そっちこそ俺をばかにすんな! 俺は他の女の子にはこんなこと言わない!」

「え?」

 初めて聞く強い声に驚いて顔を上げると、そこには小林の真剣な眼差しがあった。小林の印象は、いつもヘラヘラと笑っていて怒らないやつ。でも今の小林は唇を引き結び、怖いほど真面目な顔で私を見ている。


 こいつこんな顔も出来たんだ。


「俺は他の女の子には、好きだなんて言わないし言ったこともない。橘の中で俺がどんなイメージか知らないけど、俺は橘だけを見てた」


 そういえば小林が誰かと付き合ってるとか聞いたことない。


 ふと、気付いた。私が周囲から格好いいとか女らしくないってレッテルを貼られてるのと同じで、私も小林に八方美人の女たらしってレッテルを貼ってたんだと。


 うわ、ばかだ、私。


 かあっと頬に血が昇る。恥ずかしくて小林に申し訳ない気持ちになった。


「ごめん、小林。私、勝手にあんたのこと誤解してた」

「いいよ、許してやる。その代わり悪いと思うなら、本当の俺のことも見てくれないかな」

 早口で謝った私に小林はいたずらっぽい笑みを見せた。


「フラれたって颯真のことまだ好きだろうし、橘は俺のことなんにも知らない。だから、ちょっとずつでいいから俺のことも見て」

「う、うん。努力する」


 ヤバい。さっきとは違う意味で顔がほてる。


「それとさ、橘は誰よりもかわいいと思う」

「そ、それはなんというか、恋は盲目ってやつじゃないかな」

 私は困って変な答えを返した。本当にかわいい子はここでありがとうとか、嬉しいとか言うんじゃないかと思う。


「いいや。あのな、橘は知らないだけで、結構人気あんだよ。男子のなかじゃ」

「うそっ」

 そんなばかな、と声を上げた私の手を、小林がさっと握ってぐいと引っ張った。


「ほんと。ということで、橘が颯真のことを好きなの分かってたから抑えてたけど、これからは遠慮なしにいくから」

「ええっ?」

「あっ、颯真と高橋が来た。今顔を合わせるのは気まずいだろ? 走るぞ!」

「えええっ!?」


 小林に引っ張られて走り出した私は、視界の端に手を繋いで歩いてくる二人をとらえた。

 ああ、やっぱりお似合いだな。良かったね、優花。颯真のばか、優花を大事にしろよ。ついでに爆発しちまえ。


 カナカナカナ。ひぐらしがあちこちから愛を声高に叫んでいるけど、私の心臓は蝉の声よりも大音量でバクバクいっている。


 違うっ。これは今走ってるせいであって、断じて小林の手が思ったより大きくて力強いとか、そんなんじゃないからっ!


 朱と青の混ざりあった空へと蝉たちの求愛が響く中、私は誰にともなく言い訳をして小林と走った。


 切なさとか悲しさとか、ちょっと悔しい気持ちや落ち込んだ気分も、ぜーんぶ置き去りにして今は走ってやる。


 ……数分後、カバンを置いてきてしまったことに気付いて戻るはめになったのは、後で笑い話になった。

これにて完結です。

いかがでしたでしょうか?甘酸っぱいスクールラブをお楽しみ頂けましたか?

最後までお付き合いありがとうございました!

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