ー39ー
夜の庭園をイヴェールと寄り添いながらゆっくりと歩く。
月の光が淡く花々を照らして夜風がふわりと甘い香りを運んできた。
甘く優しい香りがほんの少しだけ気持ちを楽にしてくれた気がする。
イヴェールと話をしようと思った。
これからの二人のことを。
侯爵夫人に、静奈に、背中を押されて覚悟を決めたはずだった。けれど、いざ二人きりになると何をどう話していいか分からない。
無言のまま迷路のような垣根を越えて気づけば東屋だった。
いつも連れてきてもらう東屋と違うことに気付いたのは目の前に白薔薇の花束が差し出されてからだった。
「イヴェール様……?」
状況について行けずにパチリと目を瞬いたエアルにイヴェールは真剣な表情で囁いた。
「エアル嬢。貴女を愛している。どうか私と結婚してほしい」
差し出された白薔薇の花束にエアルは目を見開いてイヴェールを見た。
冬の夜空が乞うようにエアルを真直ぐと見つめていた。
その熱に浮かされるようにその指先が気づけば無意識に白薔薇へと伸びていた。
けれど、花束に触れる寸前でエアルの手が止まる。
躊躇うように丸められた指先をイヴェールが引き寄せる。
「貴女が俺に相応しいんじゃない。
俺が貴女に相応しいんだ」
だから俺を選べ。
そう囁いて凍えた指先に熱い唇が落とされる。
その言葉にエアルはくしゃりと顔を歪めてそっとイヴェールから距離をとった。
「好きです。イヴェール様がとても好きです。
貴族ではなくなっても、何も持たない、ただのエアルになっても、貴方のお嫁さんにしてくださいますか」
怖くてたまらなかった。
腕を引っ張られてそのまま囲い込むように抱き締められたら涙が止まらなくなった。
おずおずとまわした腕が振り払われないことにまた安心して崩壊した涙腺を止めることもできずにいると、心底安堵したようなため息が頭の上に落ちてきた。
「好きだ。愛してる」
ぎゅうと抱きしめられて、甘い言葉と共にキスが落ちてくる。
どのくらいそうしていたのかエアルがのぼせそうになった頃ようやくイヴェールは満足したらしい。
それでもエアルを離す気はないらしく気づいた時にはイヴェールの膝の上だった。
「俺は貴女には何一つ失わせるつもりはないんだが、
貴族ではなくなってもとはどういう意味か聞こうか?」
どこまでも優しい声色と瞳にエアルは無意識に目を伏せてキュッと両手を握った。
「……実家と縁を切れば、もう迷惑をかけずに済むと思ったのです。
お父様が頷いてくださるかは分かりませんが、叔父様にも相談して出来るだけ早急に縁を切ろうと思っています」
「迷惑だなどと思わなくていい」
慰めるように抱き締める力が強くなる。けれど、違うのだとエアルは首を振った。
「私は、ここに来て初めて自分が冷たい人間なのだと知りました。
過ぎた力にお父様が身を滅ぼす心配よりも、侯爵家に迷惑がかかる方が恐ろしいのです。
お父様はきっとお怒りになると思います。でも、今はお父様だけではなくお姉様とマノンまでも危うい。お母様には申し訳ないですが、私は私のために家族を切り捨てます」
「……エアルの中で子爵家と縁を切るというのは決定事項なのか」
「はい。わがままを言って申し訳ありません。
ですが、けじめをつけられなければ私は貴方に嫁げません」
真直ぐに冬の夜空の瞳を見つめて告げる。
一歩も引く気配のないエアルにイヴェールはふっと笑みを零した。
「エアルが勇ましく子爵に絶縁状を叩きつける姿を俺も見たいもんだな」
「!」
「だが、本当に無理をしなくていい。
問題の排除は俺がする。――――と言っても気持ちは変わりそうにないな」
「ごめんなさい」
「いや、俺こそ悪い。
だが、貴女が夜の闇を、俺を選んでくれて嬉しい。ありがとう」
「イヴェール様」
「この命を懸けて貴女を守り抜くと誓う。
俺を選んだことを後悔などさせない」
力強いその言葉にエアルは静かに目を閉じてその身を委ねた。




