ー33ー龍哉
イヴェールから連絡が来て飛んできた。
落ち込んで馬鹿なことを考えてなければいいけどと思って来てみたら案の定死にそうな顔をしていた。
けれど。
「皆さんに謝らなければならないことがあります」
真直ぐに子どもたちに向き合い詫びる姿は凛としていた。
イヴェールからの連絡では動揺が酷くとても追い詰められている様子だと聞いていたからその姿にひとまず安心した。
たとえそれが上辺だけのものであろうと冷静を取り繕う程度には落ち着いたらしい。
謝罪と説明を終えたエアルの視線が自分を捉える。
「龍哉くん」
ほんの少しだけ安心したように口元を緩めたエアルにふっと笑みを零すとつられるようにぎこちない笑みが浮かんだ。
けれどすぐにへにゃりと眉を下げて情けない顔に変わる。
「ご迷惑を、おかけしました」
「貴女のせいじゃないよ。それに迷惑なんてイヴェールも僕も思ってない」
「ですが、」
「言っておくけど、こんなことくらいでイヴェールから離れようなんて思わない方がいいよ。
絶対逃げられないから」
事実だ。
この程度のことであのイヴェールがエアルを逃がすはずがない。
それが出来たのならきっと今、自分はここにいないだろうと龍哉は確信している。
けれどそれを慰めととったらしいエアルはますます情けない顔になった。
こんな時にどんな言葉をかければいいのか龍哉は知らない。
どんな言葉をかければエアルが安心するのか龍哉には分からない。
「ダメですね。しっかりしないと」
そう言ってパンと頬を叩いたエアルに龍哉はギョッとした。
「静奈さんに教えて頂いたんです。
こうしたら気持ちが切り替わってまた頑張れるって」
その視線に気づいたらしいエアルが小さく笑みをのせて教えてくれた。
どうやら力加減が出来なかったらしく涙目だがそんなこと龍哉にはどうでもよかった。
目の前で起こった光景が衝撃的過ぎてエアルの説明も思ったよりずっと痛いんですねなんて言葉も通り過ぎていく。
「龍哉くん?」
「あ、ああ、うん。なんでもない。
それで、気合いを入れて一体何をするつもり?」
「落ち込むのは後回しにして今、しなくてはならないことをします。
改めてここを守るために手を貸していただけますか?」
「もちろん」
まっすぐに自分を見つめる翡翠の瞳に龍哉は口の端を釣り上げて答える。
安心したように小さな笑みを零したエアルに龍哉も安心したように小さく息を吐きだした。
「そう言う訳ですので院長先生、もう少しお話させていただけますか?」
「もちろんですよ」
ニッコリ笑って促された院長室でエアルの指示に従って院長が資料を机に並べていく。
その資料を改めてエアルが目を通して選別していき、龍哉に差し出す。
龍哉はその資料に目を通しながら内心驚きを隠せなかった。
「これ」
「……イヴェール様のお役に立ちますか?」
「僕は専門じゃないから絶対とは言えないけど、でも役に立つと思うよ」
この規模の孤児院が作成した資料にしては出来すぎているくらいによくできていた。
普段の出納はもちろん、エアルの姉や妹が訪れた日、どういう名目で金を巻き上げていったのかまで事細かに書かれている。挙句にエアルの姉の署名まである。
「それにしても署名までよく貰えたね」
「院長先生のことは信用していますが、不正が行われていないか定期的にチェックできるようにお金や備品の管理は徹底していただいていたんです。
それに加えて使用目的と署名がなければ孤児院のお金は私たちであろうと好きにできない規則にしています。それがおばあ様からの条件だったので」
「すごく徹底してるね」
「おばあ様はこうなることを予想していたのかもしれません。
子爵家から孤児院を守るために……」
悔しそうに唇を噛んだ彼女はそのまま俯いてしまうのかと思いきやすぐに顔を上げた。
「龍哉くん、帰りましょう。
子爵家に手紙を書きます。私の言葉がどこまで届くかは分かりませんがしないよりマシです」
「仰せのままに」
院長に姉妹が来た時の対応についての指示を出し、頭を下げて部屋を出るエアルの背中を追いかけた。
強くなったな、と思う。
相変わらず自己評価は低いし、それ故に可笑しな方向に暴走したりするけれど、それでも随分とマシになった気がする。
なによりも、迷惑になることを恐れて頼ることができなかった彼女が今回はイヴェールを頼った。それこそが二人の関係においてもエアル自身においても大きな進歩だと龍哉は思っている。
エアルの実家については後々問題になってくるだろうことは分かっていた。今回のことは予想外の出来事ではあったが、起こした問題としては想定の範囲内だ。マリアベルと結託して何かされることに比べれば可愛いものだろう。
まぁ、マリアベルと結託しようと、彼女の駒にされて何か仕掛けてこようと叩き潰すだけだけど。
平穏とはいかないだろう心に綺麗に蓋をして優しく子どもたちと別れの挨拶を交わすエアルを眺めながら龍哉は口の端を釣り上げた。




