ー31ー
翌日、朝から大量に焼いたクッキーを詰めた籠をもって玄関ホールにおりてきたエアルはパチリと目を瞬いた。
「イヴェール様?お仕事はどうされたんですか……?」
不思議そうな顔をしたエアルに龍哉が吹き出す。
腹を抱えて笑う龍哉を氷のような視線で睨みつけた後、イヴェールはどこか困ったようにエアルを見た。
「半日休みだ。俺も一緒に行ってもいいか?」
その言葉にエアルは瞳を輝かせる。
「本当ですか!嬉しいです」
どこか安心したようなイヴェールの後ろで龍哉が笑い転げている。
「じゃ、じゃあ、ぼくはひ、つような、いね」
ヒィヒィと笑い転げながら背を向けようとした龍哉をイヴェールは無言で睨みつけてため息を吐くとエアルに手を差し出した。
差し出された手に迷いなく手を重ねてエスコートされるままに車に乗り込んだ。
久しぶりに訪れたその場所にエアルは眉を寄せる。それはイヴェールも同じで、車の中でエアルから聞いていた事前情報とあまりに違う。この時間なら何人かは外で遊んでいてもおかしくないはずだ。
無人のように静まり返った孤児院にエアルは嫌な予感を覚えながら呼び鈴を鳴らす。
「何しに来られたの!うちにはもうあなた方に支払えるものは何もな……エアル様!!」
「院長先生。ご無沙汰しております。これは一体……?」
「え、っと、」
「先生!私が来られなかった間に一体何が起きたのですか?子供たちは」
「エアル」
混乱するエアルを落ち着けるようにイヴェールがそっと肩を叩く。
「イヴェール様」
「よろしければ、私もお話を伺いたいのですが?」
大丈夫だと目で合図されてエアルは落ち着きを取り戻した。
そのやり取りを見ていた孤児院の院長は目を丸くしながら見ている。
「エアル様?」
「本当にエアル様?」
「本物?」
「うそじゃない?」
すると廊下の陰からひょっこりと顔を出した子どもたちが我先にとエアルに駆け寄る。
「みんな、久しぶりですね。長い間来れなくてごめんなさい」
「もう、来てくださらないかと思った」
「えあるさまーーーー!!」
「うわぁああああんん!!」
子どもたちに目線を合わせて謝ると瞳に涙をためた子供がぽつりと呟いた。
それを皮切りに小さな子どもたちが泣き出す。
エアルはおろおろしながらも優しく子どもたちを抱きしめて大丈夫だと繰り返した。
「エアル様、久しぶりー!!この人は?」
子どもたちの涙がおさまり始めた頃、孤児院で一番年上の少女ミラが警戒の宿った瞳でイヴェールを見る。
気付いたら子どもたちは皆、部外者であるイヴェールを警戒に満ちた瞳で見つめていた。
そのことに悲しくなりながらもエアルはできるだけ柔らかく微笑んだ。
「紹介しますね。こちらは私の婚約者のイヴェール様です」
婚約者が小さな声になってしまったが、子どもたちにはちゃんと聞こえたらしい。
「こんやくしゃってなぁに?」
まだ意味が分からない子もいるようだけれどミラには伝わったようだ。
「ふぅん、この人がエアル様がミーシャ様から略奪した相手?」
「ミラ!!!」
咎める院長の声をサラリとかわしてミラは歪んだ笑みを浮かべる。
「あの女の言葉を本気にするつもりはないよ。
でもあの女の言う通りエアル様が今まで私たちのところに来てくれなかったの事実だ」
「誤解がある様なので、訂正させてもらおう。
私はエアルの姉君をそういう対象でみたこともないし見るつもりもない。エアルは私が選んだ唯一だ。
それとエアルは孤児院のことをずっと気にかけていた。
ここに来れなかったのは私が許さなかったからだ」
「イヴェール様!違います!
私がお姉様とマノンがいるから大丈夫だろうと油断していたから悪いんです。
ちゃんと自分の目で確かめるべきだったのに」
「貴女にそれを許さなかったのは俺だ」
否を許さない声でそう言われてエアルは唇を噛んだ。
「わかったよ。とりあえず、今日のところは強制退去は勘弁したげる。
エアル様も意地悪いってごめん。ちょっと拗ねてただけだから許して?」
「もちろん。怒ってなんていませんよ」
「へへ、エアル様だぁいすき」
そう言って抱き着いてきたミラを抱きしめ返す。
いつの間にか柔らかな表情でその様子を見守っていた院長がミラの名を呼ぶ。
「私はお二人に話があるからみんなのことをよろしくね」
「え、私も」
「ミラ。私からもお願いします。クッキー食べていいですから」
「わぁい!!って私もう12なんだからね!エアル様そこのところちゃんとわかってる?」
「ふふふ、分かってますよ。ミラは優しいお姉ちゃんですものね」
エアルに褒められてご機嫌になったミラは慣れた手つきで子どもたちをまとめて背を向けた。遠ざかる背中を見送ってエアルたちも院長室へと向かった。




