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ー25ー

 エアルはどうしてこんなことになったのかと必死に頭を動かしていた。

 困った子だと呆れたように、けれど優しく微笑んで祝福をくれたはずの姉は高圧的にエアルに詰め寄る公爵令嬢の一歩後ろで静かに佇んでいる。

 始まりは伯父たちとの会話に姉の友人でイヴェールの幼馴染だという公爵令嬢が割り込んできたことだった。

 ずっと美しいと思っていた姉と同じかそれ以上に美しい令嬢が親しそうにイヴェールと話す姿に嫌な感情が胸を満たした。

 胸の内で黒く渦巻くそれに気をとられている間に話はあらぬ方向に進んでいてエアルが目を丸くする。

 エアルが口を挟む隙を与えずに、久しぶりに姉妹水入らずで話してはどうかという提案を押し切り、渋るイヴェールにニッコリと微笑んでエアルの手をとった。

 公爵令嬢に連れられて入った部屋は人払いがされており、女性だけではと護衛についた龍哉も扉の前で追い払われた。

 それでも龍哉はきっとまだすぐ近くにいて声を上げれば助けに入ってきてくれるだろう。

 だけどそれは最終手段だ。扉の向こう側にいてくれるだろう龍哉の存在がエアルの冷静さを繋ぎ止めていた。

 エアルはいかに自分が優れているのか、どれほど自分がイヴェールに相応しいのかを囀る声を聞きながら姉を見る。

 クスリと零された笑みはエアルを絶望へと叩き落とした。

 爵位が上の相手に逆らえなかったのだと思った。

 公爵令嬢の提案がこうしてエアルを詰るためのもので、姉もそれを承知していたのだとしてもそれは爵位が上である公爵令嬢に逆らえないからで、姉の意思ではないと信じていた。

 だから口をはさむこともできないし、ましてやエアルを助けることだってできない。

 この部屋に連れ込まれてからずっとそう思っていた。

 けれど。


「あら今頃気づいたの?私以上に貴女を疎ましく思っているのは彼女よ」


 姉に視線を向けたまま絶望に染まったエアルに公爵令嬢が囁く。


「いやですわ。マリアベル様。疎ましいだなんて……」

「お姉様」

「ただの引き立て役があの方の隣に立っているのですわよ?」

「ふふふ、そうね。殺しても足りないくらいよね」


 クスクスと笑う彼女が誰なのかエアルは分からなくなった。

 目を見開いて固まるエアルをどう思ったのか、彼女たちは美しい笑みを纏ったままに囁いた。


「足がつかないようにするのって意外と準備が大変なのよ?」

「よかったわね?もう少し猶予をくださるって。

 ……どうすべきか馬鹿なお前でもわかるでしょう?」


 信じられない面持ちで姉を見ると彼女はエアルの知らない笑みを浮かべて楽しそうに笑っていた。

 目の前が真っ暗になるのを感じながら呆然と立ち尽くす。

 耳障りな声がしばらく囀っていたけれど、エアルの耳には届かなかった。

 気付いた時には姉の姿も公爵令嬢の姿もなく、代わりに龍哉が心配そうにエアルの顔を覗き込んでいた。


「龍哉、くん」

「何があったの?」

「なにも」


 強張ったエアルの声に龍哉の眉間に皺が寄る。

 けれどエアルはそれ以上にどう答えればいいか分からなかった。

 そんな様子に龍哉はため息を一つ吐くとそれ以上は何も聞かなかった。

 龍哉にエスコートされて会場に戻るとイヴェールが多くの令嬢たちに取り囲まれているのが見えた。

 令嬢たちの中でもイヴェールに一番近い位置にあの公爵令嬢を見つけてエアルの表情がこわばり、足を止める。


「ねぇ、本当にどうしたの?」


 怪訝そうな龍哉にエアルは何も答えることができずにふるふると首を振った。

 しばらく困り顔でエアルと令嬢たちに群がれているイヴェールを見比べていた龍哉は仕方なさそうに息を吐いてイヴェールとは反対方向へと歩き出した。

 龍哉に手を引かれながら自己嫌悪に陥るエアルは喧騒からどんどん離れていることに気付いて俯いていた顔を上げる。

 それと同時に差し出されたのは龍哉のジャケットで素直にそれを羽織ると階段を下り庭園へと連れ出される。

 ふわりと花の優しい香りが漂ってきてほっと息を吐く。


「少し落ち着いた?」

「龍哉くん……」


 労わる様な声音にエアルは無意識に張り詰めていた糸が切れそうになるのを感じた。

 涙の膜が張った瞳で龍哉がギョッとするのを見ながら唇を噛んで堪える。

 一度ゆるんでしまった気持ちを持ち直すのは難しくてつい、零れてしまった。


「変、なんです」

「変?」

「マリアベル様やお姉様がイヴェール様と楽しそうに会話されると嫌な気持ちになって。

 知っていたはずなのに、わかってたはずなのに。

 イヴェール様にはもっとふさわしい方がいるって、私なんかじゃイヴェール様に釣り合わないって、ちゃんとわかっていたはずなのに。

 嫌なんです。

 ご令嬢たちに囲まれるイヴェール様を見たらすごく嫌な気持ちになって逃げたくなって」

「つまり、嫉妬したってこと?」

「しっと……?」


 思いもしない龍哉の言葉に目を瞬いて首を傾げる。

 言葉が上手く変換できなくてその意味を理解するのに時間がかかった。

 頭の中で変換された言葉が胸に落ちてくると同時にエアルはギョッとして龍哉を見る。


「まさか、そんな」

「なんでそう思うの?」


 ありえないと全力で否定すると呆れた顔を向けられてエアルはしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。


「だ、だって、私じゃイヴェール様に釣り合いません。

 いつも与えてもらうばかりでなにもお返しできてないし、私よりお姉様やマリアベル様のほうが相応しいですし。

 それなのに嫉妬なんて烏滸おこがましい……」


 呆れた龍哉の顔が更に呆れたものになって可哀想な子を見る目を向けられる。

 その視線にエアルは怯んだけれど撤回はできなかった。


「貴女がそう思うならそれでもいいけど。

 イヴェールに相応しいかどうか決めるのはイヴェールだし、少なくとも僕はマリアベル嬢や貴女の姉さんよりもイヴェールの隣は貴女がいい……貴女じゃなきゃダメだと思うよ」


 呆れた顔が真剣に紡いだ言葉にじんわりと胸があたたかくなる。

 そう言われても素直に自分がイヴェールに相応しいなんて思えない。

 だけど龍哉が認めてくれているということはとても嬉しい。

 表情を緩ませたエアルに龍哉は満足そうに頷いて言葉を続けた。


「僕は恋愛とかよく分からないけど……。

 相応しいとか相応しくないとか関係ないんじゃない?」

「どういうことですか?」

「イヴェールが好きなら嫉妬するものなんじゃないの?」


 サラリと落とされた言葉にエアルはピシリと固まって思考を止めた。


 すきならしっとするのはふつう?

 好きなら……。

 好き……?

 誰が?

 誰を?

 好きーーーーーー!?


 ボンと音を立てて真っ赤になったエアルに追い打ちをかけるようにイヴェールが現れた。

 遅かったね。なんてのんきに笑う龍哉を睨みつけたイヴェールがエアルに近づいてくる。

 エアルはとっさに龍哉の背中に隠れた。


 ピシリ。


 空気が凍る音をエアルは生まれてはじめて聞いた気がした。

 イヴェールの後ろであちゃーとアルセが片手で額を抑えるのに気付く余裕もなくエアルは更に混乱の渦に飲み込まれる。


 ど、どうしましょう!?

 どうしたらいいんですか!?


 頼れるのは龍哉しかいない。

 縋る様な視線を龍哉に向けると龍哉の顔がこれでもかというくらいに引き攣った。


「……管轄外だよ」


 そう呟きながらも盾になってくれている龍哉に感謝してエアルは龍哉に絶対零度の視線を向けるイヴェールをそうっと盗み見た。



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