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ー24ー

 突然の王の宣言に令嬢たちの悲鳴が響き渡る。

 悲鳴の原因である男も予想外だったのか王をギロリと睨みつけているのが見えた。

 その隣で容赦なくぶつけられる怨嗟の混じった視線に顔色をなくす美しい女。

 バカな女だ。そんな男を選ぶからこうなる。

 直接そう詰ってやりたいが流石の彼女もこれでよく分かっただろう。

 これは一時の気の迷いで、いずれは終わりを告げる悪夢だ。

 青年は会場中の視線を浴びて今にも倒れそうな女を見つめながらこの悪夢が終わる瞬間を待った。

 王が彼女と男の婚約を認めようと関係ない。彼女は自分のものであって今の状況が異常なのだ。そして今、現実を目の当たりにした彼女の目も覚めたころだろう。

 心配そうに彼女を見つめる父と完璧な微笑みを深くした従妹に挟まれながら青年の視線は彼女に固定されたままこの悪夢から覚めた彼女をどうしようかと思考を巡らせる。

 素直に実家に戻してしまえば隣の女がここぞとばかりに彼女をいびり倒すだろう。当初の話通り我が家で預かりそのまま籍を入れるのもいいが、あえて実家に戻して自分が救い出すのもいい。そうすれば彼女も思い知るだろう。彼女が愛し側に侍るべきは自分だと。

 青年が理想の未来に思いを馳せていると視線の先で忌々しい男が彼女に何事かを囁いた。

 途端に彼女の強張りが薄れていく。勝ち誇る笑みを浮かべる男の隣で鮮やかに微笑む彼女に愕然とした。

 そんなはずがない。

 青年の知る彼女は間違ってもこんな状況の中であのような笑みを浮かべられる女性ではなかった。

 常に姉と妹の影に隠れて彼女たちに強引に連れていかれた夜会でもすぐさま喧騒から離れて壁の花に徹しているような女性だ。

 それは間違いない。

 彼女は確かに異常とも言える状況に顔色をなくし今にも倒れてしまいそうだった。

 それなのに、彼女の隣に立ち我が物顔で彼女の腰を抱くあの忌々しい男に何事かを囁かれてから視線など気にならないとでも言いたげに微笑んでいる。

 鮮やかで美しい笑みはざわめきを黙らせるのには十分な効果をもたらした。

 彼女があの男のエスコートで会場入りしてからずっと囁かれていたことが事実と分かり不満や不安を口にしていた者さえもが彼女の笑みに見惚れて口を閉ざし、その隣で珍しく笑みを浮かべる男に諦め、納得する。彼女がまさしく次代の夜闇候の寵愛を受ける存在だと誰もが認識した。

 血が滲みそうなほどに拳を握りしめる青年の隣で完璧な笑みを浮かべていた女の表情も苦く歪む。幸福そうに微笑む彼女の親族とは到底思えない彼らの表情に気づく者はいない。

 男にエスコートされた彼女が陛下の御前を辞してゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 青年たちよりもずっと手前で足を止めた彼女は男の部下に囲まれて安心したように笑った。

 まるでそこがもう彼女の居場所であるとでもいうように。ごく自然に。

 その様子を青年の父親は複雑そうに、けれど青年や彼の今宵のパートナーである彼女の姉とは正反対の感情を宿して見つめていた。


「そろそろ私も挨拶に伺おう。お前たちはどうする」


 向けられた視線はついてくるなと如実に語っている。その問いかけが辞退をすることを前提にした問いかけだということは簡単に理解できた。

 無言の圧力に青年が屈する前に完璧な笑みを纏いなおした女が答える。


「もちろん、ご一緒いたしますわ。ねぇ、お従兄にい様」

「ああ」


 父親の顔が苦く歪む。くれぐれも余計なことはするなと釘を刺して背を向けた父親の後に続く。


「お疲れさま、災難だったね?」

「……視線だけで殺されるのではと危機感を覚えたのは初めてです」

「その割には打ち勝ってたみたいだけど?」

「それは!」


 くすりと笑う少年を彼女が睨む。少年の前で驚くほどに表情を変える彼女は少年を完全に身内と認定しているようだった。

 従兄である自分よりもずっと親しそうな少年と彼女に言いようのない感情が渦巻く。

 青年の胸中など知らずに父親が彼女に声をかけた。


「エアル」


 さりげなく彼女を背にかばって警戒するように振り返った少年は父親を認識すると恭しく頭を下げ一歩下がった。


「申し訳ありません」

「いえ、安心いたしました」


 苦笑いで父親が首を振る。


「急なお知らせになったにも関わらずお越しくださり感謝申し上げます。

 本来ならこちらから伺うべきところを申し訳ありません」

「こちらこそ、義兄と姉が来るべきところを私などが名代で申し訳ない。

 ちょうど異国で仕事をしていたようでどうしても間に合わなかったようです」


 その言葉に安心と失望を綯交ぜにしたような顔をする彼女を慰めるように男が彼女を引き寄せる。

 パチリと目を瞬いた彼女は男を見上げて頬を染めてはにかんだ。

 青年の見たことのない表情、声色を見せる彼女にどす黒い感情が意識を塗りつぶしていく。


「お従兄にい様、お姉さま……?」


 唐突に向けられた強張った声とぎこちない笑みに反応できずにいると隣の女が動いた。


「久しぶりね。エアル。元気そうで安心したわ」


 心にもないことをすらすらと紡ぐ女に幾らか冷静さを取り戻した青年は静かに素直に女の言葉を信じ安心したように口元を緩めた彼女を静かに見下ろす。


「貴女ったらちっとも連絡を寄越さないんだもの。心配していたのよ?

 私たちのことなんて忘れてしまったのではないかしらって」

「ごめんなさい。何度も連絡しようとは思ったのですが、中々勇気が出なくて……」

「困った子ね。でも伯父様とお従兄にい様に無理を言ったかいがあったわ」

「お姉様」


 女の美しい微笑みの裏に隠された毒になど気づきもせずに彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 そしてその視線が青年に向けられる。


「お従兄にい様もありがとうございます」

「ああ」


ふわりと笑った彼女に青年はそう答えるのがやっとだった。



従兄視点でした。

そうです。エアルに暴言を吐いたあの従兄です。

覚えてらっしゃるでしょうか……

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