―23.5―国王陛下の独白
その手紙を受け取ったときは一体何の冗談かと思った。
息子であり夜の闇の後継であるイヴェールが相手を見つけたから適当に夜会を開け。そこで発表する。
要約するとそんな内容の手紙はきちんと敬語こそ使われているが王を王と思っていないことが丸分かりだった。
破り捨てなかった自分を心の底から褒めてやりたい。実際にそんなことをしようものならどんな報復が行われるのかと神経をすり減らす日々を過ごすことになるので絶対にしないが。
若い頃はあの悪魔のような男に色々反発して悉く返り討ちにされ十倍どころか百倍くらいになって返ってきた。
父から王位を受け継ぎ、この国の王となった今でもあの悪魔は自然と逆らってはならない人間の上位に君臨している。
内心どう思っていようと公の場では国王として立ててくれているしそれでいいではないかと思えるようになった自分の成長ぶりに拍手を送りたい。
それにしてもあの悪魔の息子が相手を見つけたとは……。相手はどこの女傑だ。
悪魔が嫁取りをして社交界から引っ込んだときは心の底から安心したというのに、すぐさまその息子が顔を出すようになったときの絶望といえば……。
悪魔の息子はやはり悪魔だったとだけ言っておこう。
ただ違ったのは常にそばに控えていた現在の奥方である女性以外視界に入れなかった悪魔とは違い、悪魔Jr.は美しい華々をつまみ食いしていたことだ。
歯牙にもかけてもらえなかった自分と同世代の令嬢たちとは違い、遊びとはいえ悪魔Jr.に相手にされるだけ希望を持った令嬢は当然のように彼に群がる。
王太子である息子のところにも多少は残ったが彼が落ち着くまで息子の嫁は見つからないだろう。
息子もまだ若く遠い日の自分のようにことあるごとに悪魔Jr.に突っかかってはいるが当然のようにあしらわれている。その適当具合は見ていて切なくなるほどだ。
そろそろ学習しないと万が一やつの逆鱗に触れたら一生の傷を心に負うことになるぞと親として忠告の一つでもしてやりたいのだが、これだけは実際に体験して自分で折り合いをつけるほかない。特に親からの言葉になると尚のこと反発したくなるものだ(実体験)。
また話がそれた。
そうだ。悪魔の義娘になる、悪魔Jr.の嫁だ。
あの魔窟に嫁ぐなんてどこの女傑だ。
……子爵令嬢だと?
武器はなんだ?剣か?銃か?ナイフか?体術か?
しかしこの令嬢の名前は聞いたことがないな。
まさか情報戦が得意で既に暗躍しているとか……!?
情報が少なすぎてこの令嬢がどれほどの女傑なのかサッパリ分からんな。
下手に探ってバレれば悪魔親子に何をされるか分かったものではないし……。
とりあえず侯爵が望むままに夜会を開く手筈を整えるか。
一通り指示を出し終えてすっかり狂ってしまっている王家と夜闇の侯爵家の力関係にため息を零す。
私は貴様の使いっ走りではないんだぞ!と言いたいところだが、私人としても公人としても逆転してしまっている力関係はもう何代も前から続くものだ。
そもそも夜の闇が担っているのは単なる国防ではない。
彼らが排除すべきが外敵だけではないのだ。
国内外問わずに散らばっている目と耳から王族を監視して必要であれば容赦なく排除にかかる。夜闇の侯爵家が有する王位継承権はその為のものだ。
諸外国はもちろん国王からさえも国を守る一族。
その前提から王族が彼らより優位に立っていると思うこと自体が傲慢でしかない。
彼らがその気になればあっさりと取って代わられるだろう。
それを忘れた瞬間、それまで築かれていた関係は終わりを告げた。
国に害を成すとまで認識された者はいなかったが、仕えるべき王と認識される者もいなくなった。
例外がこの国唯一の女王だ。
彼女だけは当時の侯爵に頭を垂れる相手とは認識されずとも肩を並べる相手としては認められていた。
それももう何代も前の話だ。
愚王とまではいかないが間違いなく賢王でもない。
可もなく不可もなくというのが自他ともに認める評価だ。
そんな王が自分を含め何代も続いている。
おまけに時代は王制の廃止に向けて着実に進んでいる。
象徴でしかない王族と国―――国民を守り続ける夜の闇。
そう考えると今の状態が正しい力関係なのかもしれない。
夜会当日、件の令嬢を連れて挨拶に来た悪魔Jr.はやはり悪魔の息子だった。
敬語こそ崩していないが、そこには欠片も敬意が込められていない。
可愛げが一切感じられない悪魔Jr.が連れてきた令嬢に目をやる。
緊張で震える令嬢はどこからどうみてもごく普通の貴族の娘だった。
間違っても婚約披露の席でドンパチ始めた悪魔の奥方のような女傑には見えなかった。
あれがただの照れ隠しだなんて絶対に信じないし認めない。
ほんの少しの出来心で盛大に婚約を発表し、祝ってやることにした。
殺気交じりの視線が飛んでくる。
視線だけで人間が死ぬなら確実に死んでいただろう。
突然に浴びせられた視線に今にも倒れそうな令嬢はやっぱりどう見ても普通の娘で、本当に申し訳ないことをしたと心から反省する。
悪魔の奥方がアレなだけで悪魔Jr.に見染められたからと言って目の前の令嬢が鋼の心臓の持ち主な訳ではないという極めて当たり前のことにようやく気付いた。
どうにかしてやらねばと動く前に先に悪魔Jr.が動く。
というかそういうことは聞こえないように言え。
お前にとってはこの会場の誰よりも美しいのかもしれんがよりにもよって王妃の前で言うな。
王妃の顔が恐ろしくて見れないだろうが。誰が宥めると思ってるんだ。
あ。そうか。ちょっとした出来心が倍になって返ってきたのか……。
当然のようにその場を収めた悪魔Jr.が婚約者である令嬢を連れて上機嫌で遠ざかっていく姿に心の底から安堵した。
悪魔の相手もその息子の相手も当分したくない。
苛立たし気に睨む息子よ。
お前のガッツは認めるが、本気でそろそろ現実を見て学習するほうがいいと思うぞ。
間違ってもあのご令嬢には手を出すな。
あれは間違いなく逆鱗だ。
…………王妃の方はもうしばらく見ないようにしようと思う。
王家と夜闇の侯爵家の関係についての補足ができればと思ったんですが……。
見事に撃沈。
でも楽しかったです




