ー20ー
重ねた手は解かれることのないまま廊下を歩く。
アルセと静奈が待っているらしい部屋へとたどり着くと扉の前で離れてしまった大きな手を無意識に視線が追いかけた。
安心するぬくもりが離れていった寂しさと近すぎる距離による緊張からの解放で胸を撫で下ろすのと同時に扉が開いた。
静奈が駆けてくるのを見てエアルは安心したように息を吐く。
「エアル!さん、だいじょうぶ?」
何故かとても心配そうな静奈をエアルは不思議そうに見つめる。
その後ろからゆっくりと近づいてきたアルセがバツの悪そうな顔で先ほどは申し訳なかったと詫びるのを聞いてエアルは真っ赤になりながら慌てて首を振った。
そんなエアルの様子に静奈はキッとアルセを睨みつけて、容赦なくその足を踏みつける。
痛みに顔を歪めるアルセにエアルが目を瞬いている間に静奈はにっこりと笑ってエアルの手を引いてソファーへと導いた。
なすがままにソファーに座らされたエアルは龍哉が心底呆れた顔でこちらを見ていることに気が付いた。
「貴女も苦労するね。
面倒な人間にばかり気に入られて」
大いに同情を孕んだその視線にエアルは訳が分からずに首を傾げると目の前で龍哉の頭が盛大に揺れた。
両サイドから頭を叩かれた龍哉は恨めし気に視線を静奈とイヴェールに向けた後に不満そうに呟く。
「自覚はあるんじゃないか」
もちろん静奈とイヴェールがその言葉を聞き逃すはずもなくギロリと龍哉を睨みつけるが、全く悪びれた様子もなく事実でしょと宣う龍哉に疲れたように息を吐きだした。
その様子にエアルは小さく笑みを零して、はっと気づいたように龍哉を見た。
「あの、静奈さんと龍哉くんは一体どういう……?」
「……和の国で世話になった人の孫娘がこの人」
「そうか。お前が和の国で暴れまわっていた時に面倒見てくださったのが鷲尾の爺さんなんだな」
余計な補足をしたアルセを一度睨んでから龍哉は目を丸くするエアルにどこかバツが悪そうに呟いた。
「僕も若かったんだよ」
「ガキが何言ってやがる」
呆れたイヴェールにムッとした龍哉が反論して、アルセが茶々をいれる。
自然とじゃれ始めたイヴェールたちにエアルは口元を緩める。
それは静奈も同じだったようで呆れたような顔をしながらもその唇はゆるく弧を描いている。
自然と顔を見合わせたエアルと静奈はクスリと笑い合っておしゃべりをはじめる。
穏やかな時間が流れた。
そろそろ帰ろうかとアルセに促された静奈はにっこりと笑ってエアルの手をとった。
エアルはパチリと目を瞬いて静奈の顔を見る。
静奈のエアルを連れて帰りたいという意思表示に気付いたアルセはヒクリと顔を引き攣らせて恐る恐る隣を見た。
「……」
全力で後悔した。
イヴェールの目が本気だ。
静奈だって鋭すぎるイヴェールの視線に気づいていないわけがないのに不思議そうに首を傾げて静奈の名を呼ぶエアルにニコニコと笑っている。
「静奈」
弱り果てたアルセの声を黙殺した静奈は流石に空気が可笑しいと気づいてオロオロし始めたエアルをぎゅうっと抱きしめた。
「し、静奈さん?」
戸惑いながらもエアルが静奈を抱きしめ返そうとした瞬間、べりっとイヴェールがエアルから静奈を引きはがした。
苛立った様子のイヴェールと静奈の方からかすかに聞こえた舌打ちに目を瞬きながらもエアルはそっと静奈の手をとった。
「そうですよね。アルセ様がいらっしゃるとはいえ不安ですよね。
滞在中、困ったことがあったら遠慮なくおっしゃってくださいね。
たいしたことはできませんが、私でよければ力になりますから」
真剣にそう紡ぐエアルに静奈は目を瞬いて嬉しそうに笑ってもう一度エアルを抱きしめた。
「ありがとう」
耳元で小さく囁かれてゆっくりと解放されたエアルはどこか晴れやかな顔をした静奈に安心したように笑った。
「また、私、来る、いい?」
「もちろん、お待ちしています」
エアルの答えに顔を輝かせた静奈は、今度は素直にアルセの呼びかけに応えた。
静奈は自然と腰にまわされたアルセの腕を叩き落としながらエアルに笑顔を向ける。
アルセに噛みつきながら車に乗り込んだのを見届けて自然と眉が下がるのを自覚した。
明るく元気な静奈との時間はとても楽しくて、言葉の壁なんて忘れてしまうくらいに充実した時間だった。そんな時間が終わってしまってとても寂しい。
「エアル嬢、よろしければこのまま散歩でもいかがですか?」
恭しく差し出された手にエアルはハッとして隣を見た。
「俺ともっと一緒にいてくれるんだろう?」
ニヤリと笑ったイヴェールの大きな手にそっと手を重ねて、夕焼けに染まる庭園へと歩き出す。
どうして。
どうして、イヴェールはこんなにエアルの心をあたためてくれるのだろうか。
イヴェールの隣はあたたかくて優しくて、ドキドキして困るときもあるけれど、とても安心する。
繋がれた手にそっと力をこめると同じように握り返してくれる。
それがどれだけ嬉しくて安心をくれるのか、イヴェールはきっと知らない。
夕暮れに染まる庭園で長い影が寄り添って歩く。
すぐそこまできていた夜がタイムリミットを告げてもエアルは笑顔でいられた。
今度は昼間にというなにげない約束がエアルの心をあたためてくれたから。




