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箱庭ゲーム  作者: 夜猫
クローズド・サーガ
43/52

クエスト41・泣き虫狼と隻腕の神様

Player-アイ

 どうしても、見つからなかった。

 彼、ミッドが言うには絶対にあるらしい。あまりに有名すぎる、北欧神話で最も強硬な拘束具『グレイプニル』。フェンリルの封印に使われたモノ。

 ここに来るまでに、神話に詳しいミッドからは一通りのことを聞かされていた。正直、あのレベルで知っているとかなり引く。だけど、この知識が私達を助けるための鍵になる。

 だけど・・・。


 「・・・ない」


 神話によれば、フェンリルは『グレイプニル』で繋がれた後、岩にくくりつけられ、綱をつなぐための杭までやられたみたいだった。


 「やっぱり、作らなくちゃいけないものなの・・・?」


 それだとおかしい部分もある。

 今までに生産系スキルでも、攻略でも『グレイプニル』を発見したという報告が全くない。隠しているのかもしれないけど、それならそれでこのフェンリルが既にやられていないとおかしい。

 つまり、『グレイプニル』はココのどこかにある。それが私達の結論。

 私は凍った湖の上を歩き、眼を凝らして良く見る。だけど杭も、岩も見つからない。


 「いくら雪だからって、はしゃぎ過ぎだワンコロ!!」


 ミッドの声と共にフェンリルの雄叫びが聞こえ、更には激しい破砕音が聞こえる。ミッドは確かに速い。フェンリルの攻撃を軽々と避けるくらいに。だけど、あまりにダメージ量が少なすぎる。このままでは疲労がたまって大惨事になるのが眼に見えている。それなのに、それなのに・・・!


 「私は、何もできない・・・!!」


 その事実に、絶望感が足から這い寄ってくる。

 力なく地面につきそうになる膝を立たせようと足の方へ視線を向けたとき、湖の氷の中に何かが見えた。


 「・・・まさ、か!?」


 私はそれに気付くと、武器を逆手に構え、無我夢中で氷を切り崩し始めた。




Player-ミッド

 今、どれくらいの時間がたった?

 俺はやっとフェンリルのHPを三割削ったところだ。奥の手である≪スレイプニル≫も後一回分しか残っていない。

 つか、四回も喰らってこれだけかよ?正直、俺は自分のスピードには自信を持っていたんだけどな・・・。

 俺が弱気なことを考えていると、フェンリルはそれで終わりかとでもいうように、自らが王者であるとでも言いたげに雄叫びをあげた。


 「何、犬のくせに粋がっているんだよ・・・!お前なんか、首輪付けられた後で、色々な芸を仕込ませてやる・・・!」


 お座りするフェンリルとかものすごく見てみたい。後、お手とおかわりするフェンリルとか。

 そんな俺の邪心を受信したかのようなタイミングでフェンリルはもう何回目になるか分からない噛みつきを放ってくる。


 「これでも、喰らえ・・・!」


 ≪リスタ・ソニック≫。回り込んだ俺は、光速で俺の両手の短剣ダガーが振るい、八回の連続攻撃を喰らわせる。

 俺は残念なことにバック宙とかいうアクロバティックな動きはできない。今この状況でそんな動きができたらと心の底から思う。そうすればもっと自由に動いてこいつに攻撃を喰らわせることができるのにと・・・。


 「まだ、まだぁあ・・・!」


 俺は自分の力を振り絞るかのように吼える。フェンリルもそんな俺の行動に迎え撃つかのように雄叫びをあげる。

 そして偶然にも俺達は同時に動き・・・。


 「・・・え?」


 俺はフェンリルに偶発クリティカルのダメージを与えた。だが、フェンリルはそんな俺にもかまわず、どこかに向かって奔る。

 一体どういうことかと周りを見る。


 「・・・まさか!?」


 俺は急いでフェンリルに追いつき、並走するような形で走る。フェンリルはそれでも俺にかまわず、走る。

 そしてその方向には・・・・・・何かを氷の穴から取り出すアイがいた。


 「アイ、危ない!!」




Player-アイ

 ミッドが私の名前を呼んだ気がした。

 私は氷の中で赤いもの、リボンを見つけた。そこからは完全に周囲への警戒なんかそっちのけでひたすらに氷を砕いていた。

 それに、『梟眼オウル・アイ』の熟練度が非常に高かったのもある。これならどんなことをしてもフェンリルに見咎められることはないだろうと思っていた。だけど、それがいかに浅はかなのか思い知らされた。

 ミッドの声に反応して振り向いたとき、フェンリルと私の距離は十メートルほどしかなかった。


 「・・・え?」


 明らかに私を狙っている。リボンを手に取った私はただただそれを眺めているしかなかった。

 あぁ、このリボンをとったからなんだろうなというのが感覚的に分かったけど、既に遅い。

 これはダメだと思った。だから、せめて一瞬で終わるようにと祈って眼を閉じた。


 「諦めるなぁー!!」


 閉じた瞼のすぐそこから、やたら硬質な音と、声が聞こえた。まさかと言う思いと共に眼を開くと、そこにはミッドがいた。ただし、右腕がフェンリルに噛みつかれた状態で。


 「―――ミッド!?」


 「やっと、名前・・・呼んだな。さっさとそいつを使え!!」


 ミッドは自分の痛みを紛らわせるかのように大きな声で吼える。実際に痛いんだろうと思う。その顔は苦痛にゆがんでいる。


 「けど、使い方が・・・」


 「首にでも巻いとけ!それはリボンのナリした首輪だ!」


 私はその言葉を聞いてすぐに行動に移した。

 『グレイプニル』を手に、フェンリルを回り込む。しかし、フェンリルは『グレイプニル』を手にした私を眼で追いかけてくる。たぶん、この『グレイプニル』を手にしたプレイヤーを積極的に狙うようにAIが組まれているんだと思う。


 「お前の相手は、ココだろうが!」


 ミッドがそう言いながら左手に持った短剣をフェンリルの顔面に突き立てる。しかしそれも大したダメージにはなっていないのか、ミッドの右腕を放そうともしない。

 私は今のミッドが心配でしょうがない。だけど、ここまでしてくれたミッドを裏切ることもできない。私は泣きそうになりながらも、『グレイプニル』をフェンリルの首にまわした。


 「これで、終わって・・・!」


 半ば祈るかのような叫び声を上げて、フェンリルの首を『グレイプニル』で思い切り締め上げた。

 すると、フェンリルが断末魔の叫びのような咆哮を上げ始め、暴れる。それと同時に、今までほんの少ししかダメージを受けていなかったフェンリルのHPバーがみるみる減って、バーの色がイエローに、そしてレッドになっていく。


 「そういう、ことか。なら、これもついでに喰らっとけ・・・!」


 ―――≪スレイプニル≫。

 ミッドの最強の技が放たれた。左手しか自由がないはずなのに、十六もの斬撃エフェクトが散り、フェンリルのHPが更に削れていく。


 「お前は、口の中を剣でつっかえ棒にやられたことがあるからな・・・」


 そうか、今のミッドの右腕がフェンリルの口の中。だからそれでさっきとは比べ物にならないダメージを・・・。

 そんなことを考えていると、フェンリルが痛みに呻くかのように首を大きく振るう。

 そして・・・。


 「―――え?」


 ミッドが、吹き飛ばされた。右腕を・・・無くした・・・・状態で。


 「あぁ――――!?」


 ミッドの声にならない悲鳴が響くと同時、フェンリルがミッドを攻撃しようと足に力を込めたのが分かった。

 ダメ、今攻撃したら、ミッドが―――!


 「―――≪スレイプニル≫!!」


 私はとっさにスキルを放った。

 私の手に持ったナイフが光速で奔り、八つの斬線のエフェクトが散る。平均的なビルドでも、かなりの威力を放てるこの技がフェンリルに放たれる。

 無我夢中で放ったEXスキルにより、フェンリルのHPがゼロになった。更には何かの表示枠ウィンドウが出てくるけど、私はそれを全部無視してミッドの元に駆け寄った。


 「ミッド!」


 「う、ぁあ・・・」


 ミッドが歯を食いしばって痛みに呻いている。私はどうしていいのか分からずに、ただミッドを抱きしめることぐらいしかできない。

 すると、ミッドが突然糸の切れた操り人形のように動きを止めた。それと同時に光が散り始めた。それはすぐに収まると、ミッドが一瞬で消えた。


 「ミッ、ド・・・?」


 一瞬、何が起こったのかわからなかった。そして脳裏に『死』と言う言葉が浮かんできたけど、ミッドのHPはレッドだったけど確かにあったと思いいたる。


 「・・・まさか」


 私は急いでメニューを開け、ログアウトのボタンをクリックする。

 すると、ログアウト特有の光のエフェクトに包まれ、私は目覚めた。戻ってこられたと思うよりも先に体が動く。

 だけど、神様はどこまでも残酷だった。

 フルフェイスヘルメットのような『ダイブギア』を投げ捨てるように放って、部屋を飛び出そうとする。だけど、この三日間飲まず食わずの体はすぐに限界が来て、部屋の床に倒れこんでしまった。


 「ミッド・・・!」


 ただただ、私は自分の力の無さを呪って、意識をブラックアウトさせる以外に何もできなかった。




 何事もなかったかのように、ゲームは再開した。

 実際、当事者以外にとっては何事もなかったんだけど。私はゲームの責任者と言う人から色々なことを聞かれたけど、その時の私はいっぱいいっぱいで、何を聞かれたのか、聞かれたことにどう答えたのかすら曖昧にしか覚えていない。

 お詫びにうんたらなんたらとか言ってた気がしたけど、それすらも聞いてなかった。それも適当に返事をしたからどうなるのかわからない。

 今の私はと言えば、何かに憑りつかれているかのようにゲームの中を彷徨っていた。いるはずなんてないと思いながらも、私は彼を探していた。

 たかがお遊びのゲームであんな思いして、こんな所に来るわけがない。そんなことは分かり切っていた。

 けど、私はどうしても会いたかった。


 「ねぇ、どこにいるの・・・?」


 「たぶん、お前の探している奴はお前の後ろにいる」


 私はその声に驚いて、弾かれたように後ろを見た。

 するとそこには、隻腕の猫妖精ケットシーのスピード狂がいて、『右手がねぇの忘れてた』とか、ふざけたことばっかり言ってて・・・。私はそんな光景に、何故か・・・。


 「・・・お前って、案外泣き虫だよな?」


 「貴方ほど、神経が、図太く、ないだけ・・・!」


 ・・・涙が出てきた。

 私はミッドに『泣き虫』と言われ、それに反抗して憎まれ口を叩く。本当は、もっと言いたかったこととかがある。

 あの時はゴメンとか、私を守ってくれてありがとうとか・・・。いっぱい言いたいことがあったのに、いざ眼の前にしてみれば私は涙を流すこと以外にできなくて、結局自分はいつもこうだと、また涙が出てきて・・・。

 そんなことを考えていると、私は何か温かいものに包まれた。


 「悪いな。何回かゲームには来てたんだけど、ゲームの責任者からは町から一歩も出るなって言われてて・・・。お前がこのゲームに来てたのも、開発チーム脅して分かってはいたんだけど、このPCプレイヤーキャラクター、ぶっ壊れててさ」


 私は、ミッドに抱きしめられていた。

 そして私の目に入ったのは、彼のなくなった右腕。


 「最初はすっげぇ痛かったけど、今は大丈夫だ。・・・まぁ、右腕があるのに、動かせないってのは違和感あるけどな」


 「ごめん、なさい。・・・私が、弱かったから」


 「いいや。お前は強いぞ?そうじゃなきゃ、俺達は生きてないだろうな。正直な話、俺一人では無理だった。お前がフェンリル倒してくれたからこそ、俺はここに立っていられる。それに・・・人の為に泣けるヤツってのは、これからも強くなれると俺は思う」


 「だけど・・・」


 アレは、そのほとんどがミッドのおかげで・・・。

 そんな私の心を読んだのか、ミッドは左腕だけの体で私を抱きしめる。


 「お前、フェンリルの召喚スキル手に入れただろ?」


 「っ、何で・・・?」


 「師弟、まだ切ってないからな」


 その言葉で思い出した。

 師弟を組んだプレイヤーは、お互いのスキルを見ることができる。それで、私のスキルを・・・。


 「お前は強いよ。なにせ、初の神殺し成功者だからな」


 「・・・あり、がとう」


 ミッドはそうかと、一言だけ言って離れようとする。だけど、私にはまだ聞いていないことがある。私はミッドを逃がすまいとそのままミッドにしがみつくようにして抱きついた。


 「・・・あのぉ、離してくれないか?」


 「何で、私を探してたの?」


 「・・・」


 「私、無愛想だし、泣き虫だし・・・面倒くさいし」


 何で?と、私はミッドに尋ねる。

 すると、ミッドはあわてたように言う。


 「ま、待て!今、なんかそう言う雰囲気になってる!お、俺はやぶさかではないんだけども、お前は・・・」


 「・・・嫌い?」


 「・・・じゃないけどな、俺達の場合は吊り橋効果みたいなものもあってだな」


 ミッドはなおもそんなことを言う。

 でも、確かにそうだとも思った。


 「・・・そうだ。お前、このゲームを続けるか?」


 「・・・たぶん?」


 「なら、お前に魔法の言葉を教えてやる」


 「魔法の、言葉・・・?」


 「あぁ。不安なら、この言葉で俺を呼べ。幸い、俺は最速のプレイヤーだ。どこにいようが一瞬で駆けつけることができるぞ。まぁ、ゲーム限定なわけなんだけどな」


 「・・・教えてくれるの?」


 「あぁ。だから・・・」


 その時、考えよう。

 言葉の中に隠された意味を正確に読み取る。


 「俺のミッドって名前はな―――」


 ミッドが私の耳に口を近づけて、その言葉をこっそりと伝える。

 あぁ、なるほどと思った。それと同時に、なんて単純なとも。だけど、それがこの人なんだとも思えた。


 「『ヒムロアヤカ』」


 「・・・え?」


 「名前。どうせ、キャラネームはもう使わなくなるから。・・・こっちを覚えておいて」


 この時、私達はお互いに再会の約束をした。

 そして冷静になって周りを見てみれば、そこには大勢のプレイヤーがいて、ものすごいヤジを飛ばされた。

 私達はお互い真っ赤な顔になりつつも、この箱庭ゲームで出会えたことを、ほんの少しだけ神様に感謝した。




Player-スピカ

 「・・・っていうのが、あったらしいよ?」


 「ミッドのくせに変なラブロマンスを・・・!」


 何故かロゼちゃんがミッド君に対してものすごい悪態をついていた。

 そして周りの反応も、大魔法『リア充爆ぜろ』を使いたそうにうずうずしている。


 「まぁ、ミッド君が突然飛び起きた時はビックリしたよ。責任者さんの話によると、ヘルメット脱がせるのはどうなるか分からないからやめてって言われてたしさ」


 もう、なんかアスカちゃんをなだめるのがすごく大変だった。

 目を離せばゲームの中へと助けに行こうとしてたし・・・。ミイラ取りがミイラになりそうだったから全力で阻止した。


 「そして、このゲームで『ヒムロアヤカ』ちゃんっぽい人が見つかっていないんだよね」


 「(やめちゃったか、巻き込まれなかったなかったかのどっちか?)」


 いつものように筆談で語りかけてくるへな子ちゃんの言葉に首を縦に振る。


 「たぶん、ね。それに、キャラが現実のやつになっちゃったっていうのも大きい。俺達、ベータ組はテストのときに使ってたヤツを、ミッド君以外はそのまま流用できたんだけどね・・・」


 「・・・あぁ~。どういうわけか、現実のスキャンした時のやつですからね」


 ハンゾー君の言う通りだ。

 このゲームをプレイするにあたって、違和感を無くすために体自体は現実と同じ体系になっている。要するに、身長が百八十もある人が百五十のキャラでは視点もリーチも違うから、それを解消するために体をスキャンして体格を変更できないように固定してしまう。

 まぁ、肌の色とか顔のちょっとした輪郭程度なら変更できるけど。


 「まぁ、ミッド君はよかったって言ってるよ。あの子にこれはキツイかもって言ってたしね」


 「・・・でも、何であのダメ猫がバグモンスター狩りに熱を上げているのかわった気がするわ」


 ロゼちゃんがそう言う。

 ・・・ある意味では、ミッド君がこの怖さを一番よく知っているんだよね。だけど、俺はこんな風に誰かの為に一生懸命なミッド君を見てて、たまに不安になる。

 すると、『ひだまり』のドアベルが涼しい音を奏でた。

 そこを見れば・・・。


 「お前な、いきなり何をしてんだよ?」


 「・・・反省している。後悔はしていない」


 「しろよ!?」


 ミッド君と、イースちゃん。

 ミッド君はこの子がフェンリルを連れているのを見て、どう思っているんだろうと私は考えたことがある。


 「ミッド、アンタの秘密は一切合切聞いたわ」


 「・・・は?」


 「ごめんね~。ミッド君のこと、話しちゃった~」


 「ししょー!?」


 「さぁ隊長、キリキリはいてもらいましょうか!」


 「(へな子の恋の為にもぜひぜひ・・・!)」


 「ハンゾー、女子がすっげぇぞ」


 「まぁ、ツンも一応は女子なわけだし・・・」


 「ハンゾー、殺る!」


 まぁ、ミッド君は最速の『スレイプニル』だ。

 ヒムロアヤカちゃんに『魔法の言葉』を教えたのなら、誰よりも速く、そしてどこへでも駆けつけるだろう。

 そして俺が思うに、ミッド君は『テュール』でもある。だから、大丈夫だ。誰よりも優しく、強い神様で英雄だからね。

 ・・・・・・何があっても、大丈夫だ。


 「ミッド君、俺も混ぜて~!」


 「これ以上カオスな空間にしないでくれ!?」


 今日も、『喫茶ひだまり』は繁盛している。


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