第75話 全速力で魔窟を駆けて
今年最後の更新です!
皆さん良いお年を!
「──【ムーブ・オン ”マーク”】」
日曜日の正午。私は、いつもより少しだけ早い時刻にマーキングした座標にやってきた。
と言うのも──
「あっ! ヴィオレットさん! エンチャントお願いします!」
「ヴィオレットちゃん! こっちも!」
「私も!」
「火属性お願いします!」
予想していた通り、やはりマーキング座標の付近には男女問わず多くのダイバーが待機していた。
前日の配信の最後を見れば私がどこの座標をマーキングに指定したのかはわかるし、そこまでの道のりも配信に一部始終載っているのだ。こうなる事はわかっていたし、既に織り込み済みだったが……
(予想以上に人数が多い。それに──)
「す、すごく準備が良いですね……」
「はい! 数が多くなるのは見越していたので、混乱は最小限になるようにと!」
マーキングした座標はそこそこ広めな部屋だったというのに、彼らのランプの光で地上のように明るくなっている。
しかもご丁寧に私の足元にはロープで目印が作られており、さらに私に繋がるようにテーマパークのアトラクション前のような導線が敷かれ、既に数十人程度の行列まで作られていた。
どことなく見世物感があるのは少しアレだが……しかし確かに彼の言うように、何の導線も無かったのでは順番で揉めただろう事は容易に想像のつく光景だ。場合によっては通路を塞いだりして、無関係なダイバーの探索を妨げる要因にもなっていたかもしれない。
「ありがとうございます! それでは早速エンチャントを開始しますね!」
次からはせめてマーキングした座標に目印だけでも残しておこうかなと心に留め、私は早速大々的にエンチャントの開始を宣言した。
「──属性は雷を、この斧にお願いします! いつも応援してます!」
「応援ありがとうございます! では──【エンチャント・サンダー】!」
「うおお! ありがとうございます! 早速探索行ってきます!!」
「わぁ! 本物のヴィオレットちゃんだ! 会えて嬉しいです! この弓に風属性をお願いします!」
「風は武器の扱いで挙動が変わりますけど、大丈夫ですか?」
「はい! 矢でなく弓に付与するとしたら風くらいかなと……勿論、どうなっても文句は言いません!」
「なるほど……それでは──【エンチャント・ゲイル】!」
「よーし! 弓の評判を取り戻すぞー!!」
「闇を……頼む。この大鎌に」
「は、はい。──【エンチャント・ダーク】」
「感謝する……」
(こうしてみると、本当に色んなダイバーが居るんだな……)
動画で見た事あるダイバーに、まだ見ていないダイバー。有名なダイバーもいれば、初めて知ったダイバーも居た。
これだけの数のダイバーが同じダンジョンに居たんだなと感慨深く思いながら、私は彼らと一言二言の言葉を交わしては、希望する属性を希望する武器に付与していく。
こうしている間にも追加でやってくるダイバーが最後尾に並んだりして、その全員にエンチャントをし終えたのは約20分後の事だった。
(サイン会や握手会をやる有名人の気分が解った気がする……)
無論、彼らの捌く数は私の比ではないのだろうが、きっとこの不思議な充足感は同じだろう。
疲れはしたが満たされている……この感覚を得られるのであれば、たまにはこう言う企画も悪くないのかもしれない。
「さて……いつもより少し早い時刻ですが、配信を始めましょうか」
そう。私が普段よりも一時間近く早くここに来たのは、何も彼らのエンチャントを見越しただけではない。
昨日の内にSNSで予告はしたが、今日は諸事情もあって少し早めに配信を開始する必要があったのだ。
「皆さん、ごきげんよう! トワイライトのオーマ=ヴィオレットです! 今回はいつもより少し早い時間帯となりますが、見に来てくれてありがとうございます!」
〔ごきげんよう!〕
〔昼飯のラーメン啜りながらみてます〕
〔ごきげんよう~!〕
〔なんか探索急ぐみたいな事書いてたけど何かあったの?〕
配信開始の挨拶をすると、早速SNSの投稿に触れてくれたコメントを見つけられたので、それを拾う。
「そうですね……今日はちょっとした目的もありまして、裏・中層まで一気に探索を進める必要があるんです。なので、早速探索を進めていきましょう!」
〔もう!?〕
〔これ結構急いでるな…〕
〔詳しくは話してくれないのね〕
〔気になるー〕
「詳しくは目的の場所に到着してから説明しますね! では──【エンチャント・ゲイル】! 探索の傍ら、ちょっと雑談もしていきましょうか!」
〔えぇ…?〕
全力で移動する為に靴に風の属性を付与し、魔力の流れから境界へと続くだろう通路を駆ける。
当然、その途中でブラックウルフやトラップスパイダー等の魔物が立ちはだかるが……
「──はっ! ……それで、今日の配信準備中に多くの方にエンチャントをしたんですけど──」
〔一刀両断!〕
〔マジで探索と雑談並行してて草〕
〔魔石も拾わないのね〕
正直魔石を拾う時間も惜しい。事は人命にも係わるのだから……
「──着きましたね。ここが裏・中層に続く境界ですか……!」
〔はっやw〕
〔前回の探索を踏まえても裏・上層の複雑さ考えるとマジで速い〕
〔クリムちゃんとは違うルートだな…〕
〔ヴィオレットちゃんが全力で探索するとこうなるのか……〕
探索を開始してからほぼノンストップで駆ける事、約45分。あれから二度、靴に追加でエンチャントを施し、今の私の眼前にはすり鉢状に窪んだ地面と……表で見たものよりも少し大きな穴が、その口を開けていた。
境界のある部屋には私の通ってきた道の他にも複数の通路入り口があり、複雑な構造の裏・上層らしくいくつかのルートでこの部屋に到達できるようになっているようだ。
ちなみにチラリと見たコメントでは、私の探索速度にも盛り上がっているようだが……
(しまったな……上層の広さを少し甘く考えていた……!)
実はこの時点で既に、私の予定より若干遅れているのだ。
当初の予定では、もう10分ほど前にはこの場所に到達しておきたかった。
「さぁ、早速裏・中層に向かいましょう! 目的の場所はまだ先です!」
〔まだ先なのか…〕
〔これもしかして目指してるのって…〕
リスナーの中にはそろそろ察している者もいるようだが、構わずに境界へと飛び込む。
そして降り立った裏・中層──
(! この魔力は……!?)
直ぐに感じたのは、異質な魔力だ。
表の中層では感じなかったような独特の魔力……それが迷宮の奥の方から流れてきている。これは明らかに境界由来のモノではなく……
(居る! 間違いなく、このエリアに何かが……!)
周囲を見回せば、そこは表で見た中層と同じような内装の迷宮の小部屋だった。
綺麗に均された地面に、レンガ造りの壁に。そしてそこに等間隔に並べられた燭台や、その上部に開いた空気穴まで同じ。
だと言うのに、この魔力一つで私にはこの裏・中層が下層のような魔境にすら感じられるほどだった。
(っ、急がなければ──!)
「さぁ、まだまだ全力で行きますよ!」
ここからの道は配信で見た通りのルートを進む。
地を蹴り、壁を蹴り──時には空気すら蹴って、全速力で迷宮を駆ける。
「──ブオオォォッ!」
「邪魔ですッ!! ──【エンチャント・ダーク】!」
「グアアァァッ!!」
〔み、ミノタウロスくーん!!〕
〔何の罪もない一般通過ミノタウロス君が…〕
〔こんなに急ぐってマジで何があるんだ…?〕
〔あれ、この道ってもしかして…〕
勘のいいリスナーは気づいたらしいが、まだ詳細は伏せておく。
きっと向こうも詳しい事はまだ伝えていないはずだからな……
◇
「フンフンフ~ン♪ ニヘヘ……♪」
オーマ=ヴィオレットが裏・中層を駆けている同時刻、同じく裏・中層のとある場所で一人の少女が鼻歌混じりに歩いていた。
〔今日なんかご機嫌だなぁw〕
〔かわいい〕
〔何か良い事あったの?〕
「わかります~? えへへ……でもまだ内緒で~す! ふふん♪」
元々笑顔を見せる事が多かったあどけない顔立ちがこの日は一際ニコニコと輝いており、理由は分からないながらもそれを眺めるリスナー達もその様子に癒されていた。
時折周囲を期待の眼できょろきょろと見まわしながら、少女──クリムは今日もダンジョンを歩く。
いつもより弾む足で、いつもより少しだけ速度を落として……
(もう直ぐかな? それとももうちょっとかかるかな? 楽しみだなぁ~!)
少女は今か今かとその時を待っていた。




