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第245話 魔都

「はぁ……ホンマけったいな場所やなぁ。あれから魔物も全然出て来んし、なんや拍子抜けやわ……」


 あの後、ゲイザーによる精神攻撃の影響からなんとか立ち直り探索再開した一行。

 彼女達は、広大でありながら一本道となった洞窟をひたすら進んでいた。

 その間、先程のモンスターハウスのような襲撃もなく、これと言ったトラブルやアクシデントがある訳でもなく……ただただ周囲に広がる静寂は、安心感よりもかえって不気味さを彼女達に感じさせていた。


「──どっかにクロコレオンが隠れてる……って訳でも無いッスよね……?」

「大丈夫な筈だよ。あたしの勘も何も居ないって言ってる。……不気味なのは間違いないけどね」


 彼女達が今探索しているのはダンジョンの深層……その未探索エリアなのだ。

 本来トレジャーや魔物で溢れている筈の道には、文字通り何もない。

 天井や地面の至る所から生えた結晶や、高濃度の魔力によって自然発生するオーブで視界は確保されているものの、それ以外は剥き出しの岩肌が広がるだけのただの洞窟に見えた。


「これ、やっぱり罠なんじゃ……」

「どんな罠よ……? 見た感じ、本当に何も無いのよ……?」


 ……寧ろ魔物が定期的に襲ってきた方が、彼女達にとっては安心できたかもしれない。

 不安を誤魔化す為か、それとも静寂に耐えかねてか。小声であれやこれやと呟きながら、やがて彼女達が行き着いた先は──


「……! これは……」

「な、なんですか、これ……」


 そこは今まで歩いていた洞窟が狭く思えるほどの、さらに広大な空間だった。


 その場所に足を踏み入れた途端、洞窟の天井はぐんと高くなり、見上げれば下層と同じく無数の結晶が星空のように煌めいていた。常夜の空を思わせる光が、空間全体を幻想的に照らし出す。

 しかし見下ろせば足元はそこで途切れ、切り立った崖のように落ち込んでいた。高さはおよそ十メートル。

 そして崖下から正面にかけて広がる光景は……


「──こんなダンジョンの奥地に、『街』やと……!?」


 整然と区画された石畳の街道にはガス灯を思わせる街灯が並び、天井の結晶の光が届かず薄暗い街並みをぼんやりと照らし出している。

 建ち並ぶ家々は平屋や二階建てが多く、しかし大通りには五階ほどのビルも見える。その景観はまるで、明治時代の都を思わせた。

 だが、特に彼女達の目を引いたのは街並みではなく──その街の住人だった。


 バサリと翼が空気を叩く音が聞こえるかのように、街並みの上空を悪魔達が悠々と飛び回る。

 石畳を闊歩する人影にはもれなく角や翼、尻尾といった異形のシルエットが浮かび上がっており、その喧騒はダイバー達の耳にも届くほどだ。

 街道を走る路面バスも一見普通に思わせておいて、その中に座る影は運転手から乗客まで皆悪魔だった。


「──『魔都』……」


 誰かがそう呟く。その声に誰もが内心で同意した。

 まるで人間の生活を模倣するかのように、悪魔達が街を支配していた。


(……こんなん、無理や。一体や二体なら相性次第でウチも戦えるかもしれん……けど、あまりに数が多すぎる……!)

(見た感じ、多分チヨさん程の実力者はいない……でも、一対一なんて戦いには先ずならない……! 今居る人数ではとても太刀打ちできない!)

(参ったね……あの数相手は流石に持たないかも。【ノブレス・オブリージュ】と【聖痕/スティグマ】が持続する間は負けないだろうけど、それが切れたらキツイなぁ。そもそも、もう【ノブレス・オブリージュ】は使っちゃったから、ノルマを達成しないと使えないし……)


 この場に於いて特に頭一つ以上抜きん出た実力者三名が揃って息を飲む。

 その様子を見た他のダイバー達もまた、表情に不安が滲み始めた。

 『勝ち目が無い』……しかし、とその場の誰もが魔都の奥へと視線を向けた。


(あそこを目指すのであれば、ここを避けては通れない……か……)


 ……魔都を挟んだ反対側の岩壁に、それはあった。

 あれこそは恐らくこの渋谷ダンジョンの『最奥』──誰もがそう直感する威容。岩壁から突き出したように歪に聳える、奇妙な城。

 明治時代の街並みと比べてあまりにも異質。まるで一つだけ、ファンタジーの世界から持って来たかのような西洋風の城が、異様な気配を放っていた。




「こんな所で、何をしてるの?」




「──ッ!!?」


 唐突にそんな声が投げかけられた。彼女達の背後から。

 咄嗟に一斉に振り向く一行。彼女達に声をかけたのは、一人の軽装の女性だった。


「そんなにビックリしないでよ。普通に声をかけただけじゃない……」


 そう言って肩を竦める女性。すっぽりと被ったフードからチラリと見える顔立ちは整っており、切り揃えられた黒髪の下から覗く怜悧な瞳が目を引いた。

 その姿に警戒を解きかけた一行を、ティガーが鋭く叱咤する。


「気ィ抜くな! ここまでウチらに気配を感じさせずに近付いて来たんやぞ、只者やない……!」

「……!」


 ティガーが警戒したのは女性の気配が希薄な事ばかりではない。

 何気なく立っているように見えて、その女性には隙が感じられなかった。

 武器を持っているようには見えないのに、まるで勝てる気がしない……そんな風格を、ティガーは目の前の女性から感じ取っていたのだ。


 そんなティガーの真剣な声色にハッと武器を構えなおすダイバーを、どこか満足気に見たフードの女性は冷静な様子で口を開いた。


「──ほら、一先ずこれで私が仲間ってことは分かるよね?」


 そう言って女性が示した左腕には、ダイバーの証であるシンプルな鈍色の腕輪。

 どうしたものかと互いに目配せするラウンズのダイバー達の間から春葉アトが一人、女性の真正面に歩み出た。


「良いよ。あたしはあなたを信用する。……あたし達に用があるんでしょ?」


 彼女がそう発言したことで、ようやく構えていた武器を降ろした一行。

 春葉アトの謎の直感の鋭さは有名だ。彼女が信用した事で、無害な相手だと確信が持てたのだろう。

 フードの女性は春葉アトの問いかけに頷くと、踵を返して洞窟の方へと一歩踏み出す。そして、ダイバー達を振り返ると告げた。


「──ついて来て。そこで話してると、いつ悪魔に見つかるか分かんないから」



 『魔都』の発見、そして謎の女性の登場に、配信を見ていたリスナー達は盛り上がっていた。


〔今回すげぇな!?〕

〔神回確定じゃん〕

〔地下帝国は実在した!?からの謎の美女とかロマン過ぎる!〕

〔なんだろ…あの美女どっかで見た気がする〕

〔俺も前に誰かの配信で見たような…〕


 配信を見たリスナーは次々にSNSへと情報や考察を投稿し、忽ちトレンドを塗り替える。

 それにより興味を引かれた人々が配信に集まり、その規模は時間が経つにつれて大きくなっていった。


〔トレンド変わり過ぎだろw〕

〔『ティガ猫』もうトレンドから消えてる…〕

〔よかったなティガーにゃんw〕

〔『リスナーの反応見たくないから』ってコメ非表示にするくらい気にしてたからなw〕


 リスナー達がそんなやり取りをしている間も、フードの女性の後をついてダイバー達は歩いていく。

 向かう先は洞窟の更に隅の方らしく、悪魔に見つからないよう細心の注意を払っている事が窺えた。


『あの辺で話そう。殿(しんがり)は私が担当するから』


〔なんか落ち着く静かな声だ…〕

〔このメンバー相手に殿引き受けるって相当実力あるっぽい?〕

〔誰?有名なダイバーじゃないよね?〕

〔俺も知らんな…腕輪してるってことはダイバーなんだろうけど〕


 リスナー達が女性の正体についてあれこれと話し始めたその時、一人のリスナーがある事に気付いた。


〔っていうかこの女性ダイバー今配信してないのか〕

〔確かに()()()()()()()()()()な〕


 リスナー達の目が自然とフードの女性を追う。

 女性は『殿を引き受ける』と言った通り、自然な動きでダイバー達の背後に回り、やがてどのカメラからも一時的に死角になった場所へと消えた。


 ──次の瞬間。


〔え〕

〔!?〕

〔配信終了!?〕

〔そっちもか!?〕

〔なんで!?〕

〔全部の配信複窓してたけど全部逝ったぞ!?〕


 ダイバー達の配信が一斉に中断された。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 このタイミングで現れる…真ヴィオか、はたまた悪魔会長か、新しい悪魔か? 神の視点である読者は既にわかってますが、腕輪を付けてる=味方の構図はもう成り立たないですからなぁ…。 そ…
おっ、そろそろ主人公の出番かな?
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