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第243話 不完全燃焼

「──待たんかいッ!」

「そう言われて待つバカに、てめぇ会った事あんのかァ!?」


 双雷牙の性質がバレた以上、姿を消されればウチには長舌の悪魔の動きは追いきれん。

 奴もそれが分かっとるんやろ。完全に透明になるまでの数秒間を稼ぐ為か、逃げに徹し始めよった。

 何とか動きの阻害くらいは出来んかと何度か双雷牙の雷を使てみたが──


「──っ、くそ、完全に対応されとる……!」


 ウチの持つ双雷牙の柄から雷が見えた途端、奴が同量以上の魔力を双雷牙に流すもんやから雷がその場で逆流。ウチの手元に飛んでくる始末。

 絶縁体のインナーのおかげでウチは感電せえへんけど、奴の透明化を妨害する事も出来へんのは厄介や。

 普通に防げば感電する双雷牙の斬撃も、同じ雷の魔力を持つ双雷牙で防がれとるし……こうなって来ると中々に面倒や。

 ──そしてそれ以上に厄介なのは、周囲のクロコレオンからの妨害やった。


「っく、一々邪魔してくんなやッ!」


 クリムもクロコレオンに対処してくれとるけど、向こうの方が数も多い。

 どうしたってウチの方にも攻撃は来てまう。そして、舌槍の攻撃の対処に手間取っている内に──


「……ッ! 消えられたか……!」


 奴は完全に姿を消してしもた。


「──くそ! 一瞬方向が分かる程度か……!」


 双雷牙の雷で探知しようにも直ぐに雷が逆流して来てしまう為、長舌の悪魔の正確な位置までは分からない。


(距離も分からへんってのは厄介やな……! 近付いて来とるんか、遠ざかっとるんか……)


 そもそもウチを狙っとるんかどうかも分からん。

 どうしたもんかとウチが考えていると、背後からクリムが追いついてきた。


「──ティガーさん! アイツは!?」

「クリム……すまん、消えられた……!」


 クロコレオンの舌槍を躱しながら、合流したクリムに状況を簡潔に伝える。

 折角こいつらの相手をしてくれて、数もここまで減らしてくれたのにウチの詰めの甘さで振り出しに戻ってしまった事を謝ると、クリムは少し考えた後にウチの方を見て問いかけた。


「──ティガーさん、アイツはまだ双雷牙の片方を持ってるんですよね?」

「? あ、ああ。でも奴ももう双雷牙の性質は知っとる。痺れさせるどころか、位置の特定もそうそうできんで?」


 そう言ってウチが左手に持ったままの双雷牙に魔力を流すと、やはり雷はすぐにウチの左手に戻ってきてもぉた。


(……どうやら奴はウチの右側に居るらしいな。距離は分からんが……クリムとは逆の方っちゅう事は、やっぱ狙いはウチの方なんか?)


 とは言え、分かるのはここまでや。

 あの舌槍の速度を考えれば、一メートルの距離で突然攻撃されればかなり危ない。

 もうラウンズの魔導士に範囲攻撃して貰うくらいしかないか……そう諦めかけた、その時やった。


「! ティガーさん、もう一度! 今度はもっと長く、ずっと魔力を流して貰えますか!?」

「あ、ああ構わんけど……──ッ、そうか……!」


 クリムの狙いを察したウチは、直ぐに双雷牙に魔力を注ぐ。

 今度は逆流した雷がウチの左手に返って来てからも魔力を注ぎ続ける。すると……


 ──バチッ、バチッ……


「──ッ、そこか!」

「ゲッ!?」


 虚空に浮かび上がった雷の輪郭。

 双雷牙の形を模したようなそれは、ウチの右側三メートル程先に浮遊しとった。……いや、そんな大層な現象言う訳でもないか。


「──はぁ……なんや、ちょい焦っとったウチがアホみたいやんか。まさか、こない簡単な方法で位置が分かるとはなァ……!」

「まっ、待て……ッ!」

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」




「──おめでとうございます! 悪魔討伐ですよ、ティガーさん!」

「あー……うん、まぁ、そうなんやけどなぁ……」


 純粋な笑顔で祝福してくれるクリムには悪いけど、正直あんま達成感無いんよなぁ……。


「最期がアレやとなぁ……」

「あー……」


 まさかの『待て……ッ!』と言う命乞い。直前まであった高揚感も消し飛んだわ。

 しかもその後は手に持った双雷牙を捨てようとした長舌の悪魔に、ウチの双雷牙の斬撃を直接浴びせて感電させた後の滅多斬りで決着と言う呆気なさ。

 もうそれまでの苦戦は何やったんやってくらいあっさり決着ついてもぉたし、なんか不完全燃焼やねんなぁ……




「──っと、これで最後か」

「はい。もし隠れていても攻撃の瞬間に分かると思いますし、もう大丈夫でしょう」


 長舌の悪魔から取り返した双雷牙でとどめを刺したクロコレオンが、魔石を残して塵に還る。

 どうやら今のが最後のクロコレオンやったらしく、周囲を見回しても妙な気配は見当たらへん。

 程なくしてラウンズもリザードマンの掃討が完了したらしく、部屋をシンとした静寂が包み込んだ。


「……静かになりましたね、この部屋も」


 そう言ってクリムがまじまじと部屋を見回す。

 以前ヴィオレットが崩落させた天井の瓦礫がある以外、壁には等間隔の燭台と数本の支柱があるだけの部屋。

 全てがレンガで出来たように見えるだだっ広いこの一室の中で、殊更存在感を放つ物が一つだけある。それが──


「あとは、この鉄扉ですね……」


 丁度ウチらの目の前にある金属製の扉。

 一見なんて事の無いそれは、しかしこの場に居合わせた誰にとっても特別な意味を持っていた。


「やっほ~、そっちも無事に終わったようで何よりだよ」

「あっ、アトさん! 今回は助けに来てくれてありがとうございます!」

「ウチからもお礼言わせてもらうわ。おおきに。──もちろん、クリムもな」

「い、いえいえ! 結局私だけじゃ助けられませんでしたし……!」

「クリムが来てくれへんかったら、春葉アトがここ来るよりずっと前にウチはやられとったやろ? 十分助けて貰ったわ」


 そんなやりとりを軽く交わした後、ウチらの視線は自然と鉄扉に向けられる。

 ……多分、考えとることはみんな同じや。


「──この先は正真正銘、誰一人足を踏み入れた事のない未知のエリアっちゅう訳やな」


 そう。下層以降、常に渋谷ダンジョンの攻略最前線やったオーマ=ヴィオレットもこの部屋までしか探索出来とらん。

 この扉一枚が既知と未知の境界線……そう考えると、ダイバーとして感慨深いもんがある。


「……私達が一番乗りで良いんでしょうか?」


 尊敬するヴィオレットに先んじる事に、躊躇の声を漏らすクリム。

 確かに、ここまで深層の情報を配信に乗せて教えてくれたんはオーマ=ヴィオレットや。チヨとの戦い方にしたって、アイツの配信を参考にしたダイバーは多い。何を隠そう、ウチもその一人や。

 クリムはそんな恩義があるヴィオレットが塞ぎ込んでもぉた今、アイツを追い抜く事を申し訳なく思っとるんやろな。

 ……けど、ウチの考えは違う。


「かまへんやろ。こう言うんは早い者勝ちで平等や。それに──」


 一歩踏み出し、クリムに振り返る。

 そして、確信を持って告げた。


「アイツなら、ウチらが先行ってもすぐに追いついて来る。……せやろ?」

「ティガーさん……──はいっ! もちろんです!」


 そう。アイツを待つ事の方が失礼や。

 アイツはウチらの誰よりも強い……それだけは間違いないんやからな。




「──というか、寧ろウチ的にはアンタらの方に遠慮があるんやけどな」

「……え? あたし達?」


 ウチがそう言って視線を向けると、意外そうに首を傾げる春葉アト。

 ……いや、普通遠慮するやろ。ウチはあくまで助けられた身で、春葉アト率いるラウンズはその恩人な訳やし。

 寧ろ何でそんな反応するんか分からんくらいや。


「だって、あたし達は別に攻略最前線に興味があってここに来た訳じゃないから……ね?」

「うん。私達『ラウンズ』はただ──」


「「「「「オトシマエつけに来ただけだから」」」」」


「こっわぁ……」


 滅茶苦茶ええ笑顔でハモるやん。口調柔らかいのにとんでもない圧感じたわ。

今回の話を書いてる時にプロットに矛盾が見つかり、ちょっと強引に修正したので違和感あるかもです。

変なところがあったら遠慮なく指摘してください。

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