第242話 雷牙と舌槍
「──はぁ……まぁ、仕方ないよね。多分意地でも喋らないタイプだったし……」
終始鱗の悪魔を圧倒し、そして今しがたそれを塵に還した春葉アトが残念そうに決着を振り返る。
悪魔側の事情に詳しそうな相手にユキの居場所を聞き出したかったのだが、最期の瞬間に春葉アトの背中にサーベルを突き立てようとして来たため、やむなく倒してしまったのだ。
(……ま、反応からしてこの部屋の扉の先の何処かだとは思うし、地道に探すかな)
そう気持ちを切り替え、鱗の悪魔が遺した軍服の中からルビーのように紅い小さな魔石を回収した春葉アト。その瞬間──
「ぅおっと!? ビックリしたぁ……今の、ティガーちゃんかな? 派手にやるね~」
背後で轟いた雷鳴と閃光に背後を振り返ると、魔物の群れと戦うラウンズを挟んだ反対側にその姿を見つける。
全身にパリパリと小さく帯電し、表情を苦々しく歪める長舌の悪魔。それと正面から対峙するのは、双雷牙と旋風刃を構えて強気な笑みを浮かべるティガー。
その様子に『向こうの決着も近そうだ』と判断した春葉アト。
(あれは邪魔しちゃ悪いよね)
そう考えた彼女は、鱗の悪魔が遺した魔剣──炎のサーベルを鞘ごと拾って腕輪にしまうと、彼女はかたき討ちに飛び掛かって来るリザードマン達を返り討ちにしながら、ラウンズの仲間の加勢をするべく悠々と歩を進めるのだった。
◇
(あっちはもう終わったんか……ただ、こっちはウチに任せて貰えるっぽいなァ。ありがたいこっちゃで……)
チラリと見た春葉アトの動きと配慮に内心感謝しつつ、ウチは自分の相手である長舌の悪魔に視線を戻す。
クロコレオンとほぼ同じ特徴を持っとる長舌の悪魔の、一番厄介な攻撃は姿を消した状態で伸ばされる舌や。
魔力感知が苦手なウチでもクロコレオンの攻撃の場合、一瞬漏れる殺気のような気配を察知して回避は可能やけど、長舌の悪魔の場合この気配すら極端に薄いからそれが難しい。
目と鼻の先にまで近付いた今、奴にまた透明になられたらかえってウチのピンチにもなりかねん状況や。
せやから、ウチの作戦は一つしかない──
「──速攻やッ!!」
「ッ!」
【マジックステップ】で強化した脚力で急接近。
左手で放つ双雷牙による突きを、奴は右手に逆手持ちに握った双雷牙で防いだ。しかし、ウチにはもう一つの武器がある。
右手に持った旋風刃をバトンのように回転させ、真空の刃を伸ばすと、持ち手をスライドさせながら斬撃を放つ。
それにより武器を振り抜く瞬間、双刃刀のような形状の旋風刃はそのリーチを急激に伸ばし、薙刀の横薙ぎのように長舌の悪魔の首へと迫る。
「──うおぉぉッ!?」
(チッ、掠り傷か!)
根本的に人間と体の構造が違うのか、異様に柔軟な身体を『ぐにゃり』と後方に逸らせた長舌の悪魔。
伸びた真空の刃はその顎の下を僅かに掠めた程度で、その傷もすぐに治癒してしまった。
悪魔はそのまま回避の勢いを利用してウチから距離を取ろうとするが、そうはいかん。
今の一瞬のやり取りで確信した。
(コイツ……近接戦のやり取りに、全くと言って良いほど慣れとらん!)
元々姿を消して長い舌で攻撃するような奴や。当然かもしれん。
確かに身体能力のスペックは高いんやろ。双雷牙の防御や回避の速度は大したもんやけど、動きそのものは素人に毛が生えた程度。
(このまま正面から詰め切れば──勝てる!)
「初めに言うたやろ! 逃がさへんでェ!」
再び【マジックステップ】を併用し、鋭い動きで距離を詰めると、長舌の悪魔が声を張り上げた。
「──っちぃ! おい、てめぇら! 全員でオレを守れ!」
「!?」
その瞬間、周囲の魔物の動きが変わったんが分かる。
──いや、厳密には少し違う。周囲の魔物の内、クロコレオンだけが一斉にこっちに目を向けたんが分かった。
何となく特徴から察しとったが……やはりリザードマンは鱗の悪魔に、クロコレオンはこの長舌の悪魔に統率されとるらしいな。
(こいつらの関係、まさか……──いや、今はまずコイツを倒す事が優先や! とは言え、これはちょいとめんどいなぁ……!)
長舌の悪魔の命令に従い、一斉に敵意を向けて来たクロコレオンの群れ。
可視不可視が入り混じった無数の舌の一斉攻撃を躱しながらでは、中々思う様に距離を詰められん。
その隙に長舌の悪魔の輪郭がぼやけ、姿が透けていく。このまま放置すれば再び姿を完全にくらませ、奇襲と言う脅威が戦場に放たれる事になる。
(──まぁ、そうはさせへんけど……なァ!)
左手に握った双雷牙に魔力を込めると、再びその柄の先から発生した雷が魔力のパスを伝って長舌の悪魔の持つ双雷牙に流れ込んだ。
「……ッギィ!? ──っくそ、なんなんだこの武器は!?」
イラついた様子で双雷牙を投げ捨てようとする長舌の悪魔。しかし、電流が流れた事で意思に関係なく緊張した手は、双雷牙を離さへん。
(あの双雷牙、そのまま持たせとった方がええなぁ……)
「──ガッ!? ──クゥッ!? ……あぁ、クソォ! 鬱陶しいッ!!」
双雷牙を手放せないよう、短い間隔でバチ、バチ、と小規模な雷を断続的に飛ばしながら、クロコレオンの攻撃を躱し続ける。
(良し、これで奴の透明化はほぼ封じた! 後は距離を詰めるだけなんやけど……)
透明化は封じたものの、それだけやとクロコレオンの攻撃は止まらへん。
依然として逃げる長舌の悪魔との距離は縮まらへんし、時間かければ奴も双雷牙の性質を理解してまうやろなぁ……
何とかクロコレオンの攻撃を止めな……と、ウチが視線を向けたその時やった。
「すみません、ティガーさん! 私も参戦します!」
「クリム……!」
鋼糸蜘蛛の焔魔槍の燃える穂先を振るい、クロコレオンを倒しながらクリムが駆け付けた。
その言葉に謝罪が混じっとったんは、多分ウチが一対一で奴に決着をつけたいと考えとったのを察してたからなんやろな。
ただ……
「──謝る事ないで。正直、ウチ一人やと少し面倒や思てたんや」
実際、このまま無駄に拘り続けても事態は好転せえへんのは分かりきっとる。
それに……あの悪魔共にええようにやられたんは、クリムもウチと同じや。
(素直な性格しとっても、クリムもダイバーで戦士や。やられっぱなし言うのは、やっぱり我慢ならんよなぁ……!)
「クリム、背中預けるで。こっからは共闘戦線と行こうやないか!」
「──っ! はいっ!」
クリムが加勢に入り、状況は一変した。
「──【クレセント・アフターグロウ】!」
「グエェ……!」
ウチと違って魔力感知が得意なクリムは、透明化状態のクロコレオンやろうと攻撃の瞬間にカウンターを打ち込める。
炎の斬撃を飛ばすスキルも持っとるから距離も関係ないし、クロコレオンは次第にその数を減らして行く。
そして数が減ればこっちに向かう攻撃も減り、ウチが悪魔に仕掛けるだけの時間も生まれるっちゅう寸法や。
「──喰らえや!」
「ッチィ……! アイツら、何ちんたらやってやがる!」
とうとう逃げるんを諦めたんか、ウチの攻撃をギリギリ躱した後に双雷牙で斬りかかって来る長舌の悪魔。
しかし、やはり速度はあっても鋭さに欠ける斬撃や。見切るのは容易い。
軽く受け流してカウンターを打ち込もうとしたが──
「──っと! 流石にそっちは鋭いなぁ……!」
「く……!」
至近距離から高速で放たれる舌槍だけは侮れん。
狙いも正確にウチの心臓を狙ってきよるから大きく回避せんとあかんし、思てたよりは手古摺らせよる。
ここは──
(痺れさせて、その隙に一撃喰らわせるんが安パイか……)
幸い奴はまだ双雷牙を持ったままや。
感電させて動きが一瞬止まった隙に、旋風刃で致命傷を負わせる……それでウチの勝ちや。
ウチは確信のままに双雷牙に魔力を流した。
しかし──ウチの双雷牙の柄から伸びた雷が奴の手に届く寸前、突如として雷がかき消された。
「……!」
「へへ……やっぱりなぁ。てめぇの手口はもう分かってるんだよ!」
ほくそ笑む悪魔。
その表情から双雷牙の性質がバレたのが分かる。それはつまり──
「こうすりゃあ、てめぇにも雷が流れるんだよなァ!!」
勝ち誇ったような表情で双雷牙を掲げた長舌の悪魔。
元々悪魔と人間では、魔力の扱いに差がある。ウチの魔力では相当無理せな拮抗させる事も難しい……直後、奴の握った双雷牙の柄から伸びた雷がウチの手に到達した。
……のだが──
「バレてもぉたか。これはちょいと面倒やなぁ……」
「な……っ、てめぇ、何で平然としてやがる!?」
元々ウチは双雷牙のリスクを想定し、装備を整えとった。
双雷牙は両手に握る双剣の癖に、流す魔力量を同じにせんとその間に雷が発生するじゃじゃ馬や。
ひたすら練習を繰り返した今ではそのバランスを間違える事もあんま無くなったが、それでも万が一のリスクを減らす為、ウチはWD製の甲冑の下に伸縮性のあるライダースーツのような黒いインナーを身に着けとる。
ウチの手に視線を向けた長舌の悪魔もすぐにそのカラクリに気付いたらしく、吐き捨てるように罵声を飛ばしてきた。
「その黒い服……護謨かよ……! 卑怯モンが!」
「三十体近いクロコレオンに攻撃させたアンタにだけは言われたないわ」
まぁ、流石にこんな状況までは想定しとらんかったけどな……結果的には攻撃を防げたからオーライや。
とは言え……
(今度透明化されたら、雷を落としての位置特定も難しくなった訳か……依然として油断だけはできひんなぁ……)
当初の想定よりも長引いてしまったこの戦い、どうやらここからが本番っちゅう事らしいな。




