第238話 攻撃の正体
リザードマンの陣形を突破した勢いを乗せたティガーの斬撃が、雷のような輝きを伴って鱗の悪魔に迫る。
それに対抗するように翼を広げた鱗の悪魔。飛膜がバサリと空気を叩き、その身体が地面から浮き上がる。
しかし、鱗の悪魔はティガーの方には向かわず、逆にティガーから逃げるように距離を取った。
「なっ……!」
突然標的がいなくなったティガーはそのまま着地。
上空へと逃げた鱗の悪魔を睨み、挑発する。
「おい、降りてこんかい! 『正々堂々』戦うんやなかったんか!?」
「何を言う。触れれば感電を免れぬその武器に正面から戦いを挑むのは、それこそ愚の骨頂だろう?」
「っちぃ! 言うことなす事、嘘だらけやないか……!」
鱗の悪魔が上空を逃げ回る限り、ティガーの斬撃が届く事はない。
あの高度を維持しながら部下のリザードマンやクロコレオンに指示を出し、自らは危険を冒す事なく甚振り殺す……そんな思惑が透けて見えるようだった。
(──とは言え、チヨとの戦いで悪魔に妙な先入観を持っとったが……アイツの言葉にも一理ある。ウチかて雷の性質を持った武器相手に、無策では立ち向かわんもんなァ……)
発言を翻すような逃げっぷりに悪態こそ吐くが、ティガーの頭の中の冷静な部分はその行動に戦術的な正当性を認めていた。
感電と言う攻撃は金属製の剣や盾では防げない。ならば逃げるのが正しいのだと。
それは同時に、ティガーに一つの確信を持たせるものでもあった。
(……『逃げる』ゆう事は、つまり『効く』って事やんなァ?)
感電と言う武器を前にチヨが逃げなかったのは、彼女がバトルジャンキーである事以上に『チヨには感電を防ぐ手立てがある』ことが大きいとティガーは考える。
『電気の性質を持つ魔力』は、同じく『電気の性質を持つ魔力』で相殺できる。チヨはそれが出来たから、堂々と至近距離でティガーと戦えたのだ。
だが、鱗の悪魔はそれを拒んだ。防ぐ手立てが無い故に。
(──なら、ウチのやる事は一つやなァ……!)
「これでも……喰らえやァッ!」
「む……ッ!?」
右手で弓を引くように振りかぶった双雷牙を、鱗の悪魔目がけて投擲するティガー。
バチバチと雷光を纏い、回転しながら自らに迫る刃を事も無げに回避した鱗の悪魔は、それが部屋の天井に突き立った事を見届けてティガーに振り返る。
「……自棄になったか? みすみす武器を手放すとは──なッ……!?」
突き刺さった双雷牙と自身の間に鱗の悪魔が来るように移動したティガーが、手元の双雷牙の電圧を落とすと、双雷牙の性質によって背後から飛んできた雷が鱗の悪魔の胸を貫いた。
「ハッ、思った通りや! 相当電気に弱いみたいやなぁ、自分!」
そう笑みを深めるティガーの目の前で、感電により身動きが取れなくなった鱗の悪魔は羽ばたく事も出来ずに墜落し始める。
当然ティガーはその落下地点に先回りして追撃を仕掛けようとするが……
(──! 待て、もう一体の悪魔は何処や……!?)
その時、唐突に長舌の悪魔がいつの間にか姿を消している事に気付く。
これは普段のティガーから考えれば、いっそ異常な程の不注意っぷりだった。
──直後、側面から発される強烈な殺気にも似た気配。
視線だけでそちらを確認すれば、一見何もない空間が微かに歪んでいるのが見えた。
瞬間──鋭く細長い透明な舌槍がティガーの眉間を正確に狙って放たれたのが、彼女には分かった。
(マズい……! やらかした! どうしてウチは今までこっちの悪魔を忘れとったんや!? よぉ考えんでも分かったやろ! アイツが陽動役やった事は……!)
思考が加速し、視界がスローになる。
走馬灯と言う奴なのだろう。ここまでの彼女の人生が思い起こされた。
大学時代、県境のダイバーキャンパスで立ち上げたクラン。早々に頭角を現し、順調だった滑り出し。
トラブル。分裂。『猛虎』と『百華』──
(──こんな時、アイツが居れば……)
一瞬過る、そんな言葉。
あり得ない奇跡、あり得たかもしれない景色……それらを全て切り裂くように響いた少女の声が、ティガーを現実に引き戻した。
「──【乾坤一擲】ッ!!」
『アイツ』を思わせる、鮮烈な赤い炎。それを固めて作ったような槍が上空から急襲、ティガーに迫っていた舌槍を地面に縫い留めた。
「グアアアァァッ! アッチィィッ! くそっ、まはかよォ!? へめぇら、オレのひはに何か恨みれもあんのかよォ!?」
舌を貫かれ、しかも傷口を焼かれる激痛に耐え兼ねた長舌の悪魔がその姿を現して文句を垂れるのを尻目に、一人の少女がティガーの前に降り立った。
「ティガーさん! 間に合って良かったです!」
「! クリム……!? おおきに! 命拾いしたわ!」
それは一瞬期待した相手とは違う人物の救援だったが、ティガーはそれをおくびにも出さずに感謝を述べた。
(……アホォ、いつまで引きずっとんねん。アイツやなくて良かったやろ。あんなみっともない姿、見られて堪るかいな)
「──ティガーさん……?」
「! いや、何でもない! それより、気ィつけや……こいつら、何かおかしいで!?」
クリムの疑問を誤魔化しつつ、ティガーは警戒を促す。
先程の醜態を振り返れば振り返る程、ティガーは自身の判断に違和感を覚えずにはいられなかった。
長舌の悪魔の存在を忘れ、鱗の悪魔にのみ注意を払っていた事がその最たるものだ。普通であれば悪魔二体を相手に戦いを挑むのに、その片方を忘れる等ありえない。
(何かされとる……それも、かなり早い段階で……!)
それがティガーの出した結論だ。
正体不明の攻撃がいつの間にか始まっていた。それは以前ここにいた、認識阻害の術式を撃ち込んでくる悪魔にも似たやり口だ。
「──撤退しますか……!?」
ティガーの口ぶりに尋常ならざるものを感じたクリムは、そう持ち掛ける。
ここは一度退き、ティガーの配信アーカイブからその攻撃の正体を考えようという提案だ。
悪くない考えだとは思う。しかし、それと同時に思う事も一つあった。
(今の攻撃……アーカイブを見返して分かるもんなんか……?)
認識阻害の術式とは異なり、今のティガーは敵の攻撃で『何が起こっているのか』も分かっていないのだ。
視界に異常がある訳ではない。思考を誘導されているのなら、そもそもこの疑問すら持つ事は出来ないだろう。
しかし、間違いなく自分は判断を誤っていた。一体何故か……
鱗の悪魔に視線をやりながらその原因を考えていると、クリムの声がティガーを引き戻した。
「──ティガーさん! 後ろからリザードマンが……!」
「! っくそ、そう言えば、こいつらも居ったなァ! ──【ストレージ】!」
またもや注意を払うのを忘れていた事に反省しながら、ティガーは無手となった右手に旋風刃を取り出して構えた。
(──……ん? また……? ウチは、また敵を忘れとったんか……?)
クリムと共に、襲い来るリザードマンを倒しながら考える。
確かにリザードマンは強い相手では決してない。常に注意を払わなくとも、片手で十分倒せるだろう。
地元のダンジョンでよく見た魔物だ。対処には慣れている。しかし……それでも、『存在を忘れる』と言うのは異常だ。
ティガーはこの事に、先程の失態と重なる部分があると感づいた。
(──『忘却』か……? いや、それなら鱗の悪魔自身を忘れさせれば、もっと簡単にウチを殺れたはずや。そない大層な能力やない……)
「クリム! 鱗の──さっきの悪魔にも警戒しとけや!? アイツ、後ろから何してくるかわからんで!?」
「! はい!」
一度は感電させて地に落とした悪魔だが、もうその影響も脱しているだろう。
こうしてリザードマンの群れを蹴散らしながらも、ティガーは常に鱗の悪魔の気配に注意を払っていた。
そんな彼女に、クリムから問いが投げかけられる。
「──あの! もう一体の悪魔は!?」
「! ああ、そっちか……そっちも……──ッ!?」
その時、ティガーに再び戦慄が走る。
ついさっき醜態を晒したばかりだというのに、またも長舌の悪魔の存在が頭から抜けていた事に思わず愕然としたティガー。
素早く視線を巡らせれば、既に長舌の悪魔は姿を消しており、どこかから自分達の隙を狙っている事が窺える。
(くそ! 何でや!? 寧ろ常に警戒すべきはあっちの筈やろ!? 何でウチは鱗の悪魔の方ばっかり……──ッ!?)
その瞬間、唐突にティガーの脳裏に電流が走る。……それはまさに天啓を受けたような閃きだった。
「クリム、分かったで! アイツが何を仕掛けて来とったか……!」
「!」
それは以前、ティガーもクリムも見た事がある攻撃──いや、スキルだった。
しかし、味方が使う姿しか見た事がなかったが故に、使われる感覚を知らなかったのだ。
分かってみれば簡単な事。しかし、気付かなければずっと術中に嵌まっていた事だろう。
使われて初めてその恐ろしさを知るスキル。その正体は──
「これは──【騎士の宣誓】や……!」
忘れている方がいるかも知れないので、念の為に補足です。
【騎士の宣誓】は主に春葉アトが使うスキルで、ゲーム的に表現するならば自分にヘイトを向けるスキルです。
ティガーとクリムはゴブリンとの戦争の時、春葉アトがこのスキルでゴブリンの群れを一人で引き受けた場面でこのスキルの効果を見てます。




