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第237話 隣の空白

「──ッ! そこ!」


 【マジックステップ】を併用したのだろう。変幻自在の足捌きで振り向いたクリムが投擲した焔魔槍の穂先が、炎を靡かせながら虚空を貫いた。

 直後にクリムの足元から数センチの所で地面が爆ぜ、透明な何かによって抉られたような痕が刻まれる。

 その一方、クリムの焔魔槍が貫いた先では──


「ゴアアァ……ッ!」


 虚空に突き立った焔魔槍の穂先を中心に風景が歪むと、潜んでいたクロコレオンの姿が明らかになった。

 クロコレオンは炎による熱と激痛に暴れるが、クリムは落ち着いた様子で投擲の際に握っていたワイヤーを縮めさせる。

 するとクリムの身体は自然にクロコレオンの頭部に突き立ったままの焔魔槍の元まで導かれる。そして、すかさず彼女がその柄を握ると……


「──ッ!? グオオオアアアァアァァッ!!」


 彼女の手から注がれた魔力により、焔魔槍の穂先が赤光と共に更に激しく燃え上がった。

 クリムがそのまま焔魔槍を力一杯振り抜くと、頭部から背中までを大きく切り裂く一直線の傷が刻まれる。

 大型の爬虫類を思わせる固い皮膚を、まるでバターのように溶断したその一撃が致命傷となった。

 クロコレオンの断末魔はそこで途切れ、塵となって崩れた巨体の後には、彼女の腰程まである大きさの魔石が転がっていた。


「……ふぅ、深層の魔物は結構厄介ですね……」


 焔魔槍をバトンのように回転させ、肩に担ぐように持ったクリムはため息を一つ吐くと戦利品の魔石を腕輪に回収する。

 彼女の傍に浮遊するドローンカメラの周囲には、そんな彼女の雄姿を称賛するコメントが次々に流れていた。


〔もうだいぶ深層にも慣れた感じだなぁ〕

〔隠れたクロコレオンの奇襲とかよく察知できるな!?〕

〔配信越しじゃ見分けつかんけど実際に見るとなんか違和感とかあるの?〕


「いえ、見ただけだと分からないですね。ただ、攻撃の瞬間は魔力が集中してるのが分かるので……これも、ヴィオレットさんが教えてくれた魔力感知のおかげなんですよね……」


 そう言って少し遠い目をするクリム。

 本来であればあり得たかもしれない、この深層をオーマ=ヴィオレットと肩を並べて探索する光景を思い描いているのだろう。

 彼女の表情からその心情を察したリスナー達のコメントが、クリムのもとに送られて来た。


〔多分すぐ帰って来るよ!〕

〔その時の為に強くなるんでしょ!〕

〔またコラボの話も出るかも!〕


 そんな励ましのメッセージを見たクリムはふっと笑みを浮かべると、感謝を述べる。


「ありがとうございます。私もコラボの打診は何度か送ってるんですけど、返事が無いんですよね……」


〔あ、それはもう送ってたんだ…〕

〔判断が早い!〕

〔一応まだ炎上中なんだけど躊躇ないなぁw〕


「だって、私はヴィオレットさんに命を助けられて今があるんです。ヴィオレットさんの助けになるのなら、炎上程度気にしませんよ!」


〔少しは気にしてw〕

〔ブレないなぁw〕

〔クリヴィオてぇてぇ〕


 そんなやり取りをコメントとしている内、少しばかり落ち込んでいたクリムの気持ちも前向きになり、表情にも元来の明るさが戻って来た。


(そうだ……落ち込んでいる場合じゃない。目標を思い出すんだ!)


 今回彼女が深層を目指そうと思い立ったのは、あの日オーマ=ヴィオレットを苦しめた認識阻害の術式を使う悪魔を討つ為だ。

 あの悪魔曰く、例の攻撃はトラウマの再体験を引き起こす類のものだという事は分かっている。

 ヴィオレットがどんな過去を持っていて、あれ程の絶叫を上げるに至ったのか……クリムは当然知らない。ただ、言えることが一つある。


(トラウマに心当たりがない私なら、少なくともヴィオレットさんよりは簡単にあの悪魔を討てる!)


 いつか復帰するオーマ=ヴィオレットの為に、障害になり得る敵を先に片付けておく。それが今クリムが内心で掲げている目標なのだ。

 そしてリザードマンの群れやアビスミノタウロス、そしてクロコレオン。現状確認されている深層の魔物達にも慣れて来た。


(これなら、そろそろ一度挑んでも良いかも知れない……あの悪魔に……!)


 ここ数回の探索を経て、自身の実力が深層で通用する確証を得たクリム。

 いよいよヴィオレットを追い詰めた認識阻害の悪魔を討つべく、ヴィオレットが崩落させた穴を目指して歩き始めたのだが……そんな彼女のもとに、コメントで一つの情報が飛び込んで来た。


「えっ……ティガーさんが、ピンチ──ッ!?」



「──やれッ!」

「っ!」


 長舌の悪魔がそう指示を出した瞬間、ウチの周囲を取り囲むクロコレオン達の口が一斉にガパリと開かれる。

 そして同時に感じる、無数の殺気。

 培った戦闘経験に従ってその場を飛び退くと、次の瞬間には今しがた立っていた地面を無数の舌が抉り抜いとった。


(攻撃の速度は大したもんや。けど、直前に感じる分かりやすい殺気のおかげで、見るまでもなく避けられる。脅威としてはそう高いもんやない……!)


 ただし、と周囲に視線を走らせ、敵の変化を察知しながら内心で悪態を吐く。


(一部のクロコレオンが姿を消し始めた。見える個体と見えへん個体で惑わせる気ィやな……!)


 深層の探索で何度か遭遇しとったが、クロコレオンは基本的に単独行動するタイプの魔物や。

 恐らくミノタウロス種やリザードマンと違い、元々群れる性質とちゃうんやろな。つまり、それがこうして一つの部屋に集まり、連携を取っているんは明らかに異常事態や。

 ……それをさせているのは間違いなく──


(司令塔はあの悪魔共や。ほなら一々こいつら相手にするより、(ブレーン)落とした方が早いなァ……!)


 絶え間なく続く可視不可視混在する舌の集中攻撃を避けながら、電撃迸る双雷牙の斬撃でクロコレオンを感電させる。

 手傷を追わせながら動きも封じとるから、当然クロコレオンの攻撃頻度も落ちて来た。これなら包囲を突破するんはそれ程難しい事やない。

 ただ……


(リザードマン達の防御陣形がちょい面倒か……)


 クロコレオンの包囲を抜けても、悪魔に切りかかる為にはリザードマンも立ちはだかっとる。

 リザードマン自体は今更苦戦する相手でもないが……問題はそいつらの相手しとる間に悪魔がどう動くか読めんことや。

 これまでの悪魔はどいつも奥の手を隠し持っていた。

 チヨは『重力魔法』、ユキは『凍結と転送魔法』、前にここに居った悪魔は『認識阻害の呪い』……どれももろに食らえば一発でこっちが追い詰められるような、厄介極まりない攻撃や。

 それらに匹敵するような攻撃を、あの悪魔達はまだ見せとらん。流石にあの『炎の魔剣』だけが奥の手っちゅう訳でもないやろしなぁ……


(──まぁ、やりようはあるか。撤退するにしても、せめて奴の奥の手ェ見極めてからの方がええしなァ……!)


「すぅ……ふぅ……──行くでェ……ッ!」

「む……ッ!?」


 感電によって周囲のクロコレオンの動きが一斉に止まった瞬間、姿勢をより低くして脚に力を貯める。そして……


(──【マジックステップ】!)


 そのスキルを意識し、地を蹴り駆け出す。

 【マジックステップ】の使い手として最近有名なのはクリムや。あの卓越した足捌きによって生まれる予測不能な動きは、正直ガサツなウチには真似できへん。

 せやけど、【マジックステップ】の本来の効果は魔力による足捌きの強化や。使い手によって、その動きも当然変わる。


「──邪魔やァッ!!」

「ギャガガッ!?」


 クロコレオンの隙間を縫ってジグザグに駆けたウチの身体は、次の瞬間にはリザードマン達に肉薄しとった。

 動揺で仰け反った先頭のリザードマンの胴体を浅く切りつけると、感電により身体が硬直する。

 仰け反った姿勢で固まったリザードマンの身体を駆けあがり、首を折る程の力を込めて前方へ跳躍すると……ウチの身体は十五体のリザードマンによる防御陣形を易々と跳び越え、鱗の悪魔へと接近していく。


「さぁッ! お望み通り、正々堂々と戦おやないかァ!!」

「……ッ!」


 鱗の悪魔の表情が引き締められ、炎を纏うサーベルとバックラーが構えられる。

 ──そして、大きく広げられた翼がバサリと音を立てて羽ばたいた。


(来るか……ッ!?)


 ぶつかる視線と視線。感じる激突の気配に備え、双雷牙を振りかぶる。


 ……せやけど、この時のウチは完全に失念しとった。

 この目の前の悪魔は、『とんだ()()()()()』やっちゅう事を──

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