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第234話 邂逅

「──ありがとうございました~」


 買い物を終えてコンビニを出ると、八月の熱波が身を包む。

 空調の効いた店内に居たのはそれほど長くなかったが、早くもあのひんやりとした空気が恋しく感じられた。

 コンビニで買った飲み物をショルダーバッグに入れた私は、そのまま繁華街の歩道を歩く。

 カツカツと軽快な音を鳴らす靴も、今私が来ている服も母さんが選んでくれたもので、普段のUMIQLO製の『私服としても通用する防具』ではなく完全にただの女性服だ。

 そんなに無防備な服装だからか、ついつい普段よりも周囲を警戒してしまう。


(渋谷程じゃないにしても、やっぱり繁華街は人が多いな……)


 それとなく周りを見回せば、夏休みだからだろうか。こんなに暑い日差しの中だというのに、大学生くらいの男女がそれなりの人数歩いている。

 中には私を見ている目線もいくつかあり、私の足はついついそんな視線から身を隠す様に遠ざかってしまう。

 ……分かってはいるのだ。彼等は今の私の姿に目を引かれただけで、オーマ=ヴィオレットを見つけたから視線を向けた訳ではない。

 しかし、どうしても──


(この感覚……振り出しに戻ってしまったな)


 慣れたと思っていた。克服したとさえ、思いかけていた。

 配信と言う形で多くの目に姿を晒し、直接顔を会わせた訳ではなかったものの、オーマ=ヴィオレットとして幾度となく言葉を交わした。

 そうしてやり取りを躱している内に信頼を築けたと……築けると思っていたのに──それがたった一つのコメントでここまで壊れてしまうとは思わなかった。


 ──〔ずっと私達を騙してたんだね。裏切り者〕


 あのコメントを思い出すだけで、この炎天下の中でさえぞわっと鳥肌が立つ程の寒気に包まれる。

 私だってあれが百合原咲本人が投稿したコメントではない事は、『俺』から聞かされたから知っている。

 しかし、どうしても考えてしまうのだ──『同じように考えた人が()()()()()()()』と。

 私を信じてくれるリスナーもいるのだろう。だけど……


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……)


 これではいけないと分かっている。配信を再開し、弁明の一つもしなければ、良くないイメージばかりが広がってしまうだろう。

 しかし、昨日配信を再開する為にドローンカメラの前でいつもの挨拶の練習をした時の事だ。


『みっ、皆さんごきげんよう……っ! お、オーマ……──ッ! …………』


 録画されていた私の姿は、それはもう散々なありさまだった。

 声は震え、表情は引き攣り、顔色は真っ青だ。デビュー初日のダイバーでもここまで酷くはない。

 あんな姿を世界に晒せば、折角私を信じてくれているリスナーさえも不安にさせるだけだ。

 今日、こうして街に出て来たのも、また人目に慣れる所から始める為だった。


「お姉さん、今暇? ちょっと俺と──」

「ひっ……!」


 しかし、こうして唐突に声をかけられただけで過剰に反応してしまう。

 ……今の私はオーマ=ヴィオレットではないというのに。


「えっ、ちょ……そんなにビビらなくても……!」

「あ……す、すみません。あの、私、用事があるので……」


 ナンパして来た大学生くらいの男性にそう謝ると、私は『そんなに俺怖いか……?』と凹んだ様子の声を背に聞きながら、足早にその場を離れた。

 彼には悪い事をしたと思うが、かと言ってあれ以上話してもお互い得はしないだろう。

 今の私と話しても楽しくないだろうしな……


(……──いや、ダメだ! こんな考え方をしている内は、いくら人目に姿を晒しても慣れる訳がない!)


 今は一言二言でも良いから、ちょっとした会話が出来るようにならなくては。

 ……次に声をかけられたら、もう少し上手く話せるように気をつけよう。

 そんな受け身な決意を胸に街を歩く。行く当ては決めていない。しいて言えば、人目に慣れる事が目的である為、ある程度賑やかな場所を歩いている程度だ。

 しかし、実際今の時代は先程のようなナンパをする男性も少ないらしく、アニメや漫画で見るようなイベントもそうそう起こらない。先程の男性は中々のレアイベントだったのだ。

 『惜しい事をしたな』と今更ながらに後悔している私だったが、しかしそんな私に再び声がかけられた。


「──すみません。道を聞きたいんですが、良いですか?」


 今度は女性の声だ。

 道案内をきっかけに始まるナンパもあるようだが、同性であればそんな可能性も少ないだろう。


「あ、はい。いいですよ……!」


 やはり緊張に鼓動が早鐘を打つが、平静を装って振り返る。

 私に声をかけて来たのは、真っ直ぐ伸ばした艶のある黒髪が目を引く綺麗な女性だった。

 見たところ大学生くらいに見えるその女性は、ニコニコとした表情のまま続けた。


「良かった! それじゃあちょっとついてきて貰えますか?」

「え、でも……」


 そう言って私の手を取り、両手で握る女性……そこで妙な事に気が付いた。

 女性は私に道案内を求めて声をかけた筈だ。しかし、彼女の手にはスマホはおろか地図もなく、困ったような表情もしていない。


(……まさか、これもナンパだったのだろうか?)


 そんな可能性が一瞬チラついた。

 女性はそのまま私の手を引き、強引に何処かへ連れて行こうとする。

 力任せに振り払う事も出来るだろうが、しかしそれで女性にけがをさせてしまっても問題だ。

 連れていかれた先で何かあったとしても、その気になればどうとでも出来ると考えた私は、諦めて彼女の案内に従って歩を進める事にした。


「……あの、これって私が案内されてますよね……?」

「いいから、いいから。もう少しです!」


 一応言葉でそれとなく抵抗はしてみるが、女性はそう言って手を離そうともしてくれない。

 やがて女性はとある路地裏に私を連れ込むと、そこでこちらに振り返った。……どうやら、ここが彼女の目的地だったようだ。

 周囲を見回しても人気は一切なく、そこまで距離がある訳じゃない筈の街の喧騒が妙に遠く感じる。

 エアコンの室外機とゴミ箱が無機質に並ぶ薄暗いこの場所が、本当に先程の繁華街にあったのかと思えるほど、先程まで居た場所とは雰囲気が違う場所だった。


(……こんな所に連れ込んで、何が目的なんだろう)


 一応他に誰か隠れていないか警戒はしているが、そう言う気配もない。

 私が彼女の真意を測りかねていると、女性は私の手を握ったまま耳元に口を寄せ、囁くようにこう言った。


「これで一対一で話せるわね──オーマ=ヴィオレットちゃん」

「──ッ!」


 咄嗟に手を振りほどこうとしたが、女性の力が私の想定を遥かに超えて強く、叶わない。

 ここにきて目の前の女性がただものではない事が分かったが、それにしても解せないのは私の正体がバレている事だ。

 『オーマ=ヴィオレットが姿を偽れる』という事実は配信で明らかになったものの、どんな姿に化けているかなんて普通は分からないし、そもそもここは私が普段歩いていた渋谷ですらない。

 私の変身魔法を見破れるレベルの魔力感知ができるとして、どうしてここで網を張れたのか……嫌な予感に背筋が凍る。


「そう怖がらなくてもいいじゃない。だって私達は……」

「! 貴女は、まさか──!」


 信じられない邂逅に息を飲む。

 目の前で私の手を握ったまま、女性の姿が変わっていく。身長や体格は変わらないが、肌からは忽ち血色が失われ、青白く染まる。

 側頭部から伸びた角はヤギの角の様にぐるりと捻れ、切っ先は天に向けて伸びた。黒くゴムのような光沢を持った強靭な尻尾が腰の辺りからずるりと生えて地面を擦り、背中から広がる一対の翼が一度羽ばたけば、バサリと被膜が音を立てた。

 そして現れた、にやりと笑みを浮かべたその顔は──


「──仲間なんだから」


 魔族の姿の私と瓜二つだった。

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