第233話 新たな敵
今回の内容に伴い、前話の最後の内容をちょっと調整しました!
本当に最後の数行をちょっと修正しただけなので、多分読み返す必要はないです。
ヴィオレットの正体が世界に知れ渡る事になった配信から、約一週間が経過したこの日。
深層の探索を再開していたティガーは、改めてヴィオレットが空けた大穴からあの悪魔が居た部屋の様子を伺っていたのだが……
(──なんや、あの悪魔……あん時居ったアイツとちゃうやんけ……!?)
彼女の視線の先に居たのは、ヴィオレットを認識阻害の術式で追い込んだ悪魔とは全く異なる姿の人影だった。
頭部から伸びる角、背中から生える翼と腰辺りから伸びる尻尾はこれまで見た他の悪魔と同じだが、よく見ればそれらの表面は黒いウロコに覆われている。
軍服の袖から覗く手も、最初に見た時は黒い手袋を嵌めているのかと思ったティガーだったが、よく観察すれば指の先まで黒いウロコにびっしりと覆われているのだと分かった。
悪魔は品の良い装飾が施された鞘に収まったサーベルを腰に下げており、左腕には円形のバックラーも装備している。その出で立ちはどこかリザードマンを思わせた。
〔武器と盾を持った悪魔初めて見た…〕
〔確かに今までチヨもユキも素手だったよな〕
〔一人か…?〕
(見たところ、敵はアイツだけか……前まで居ったミノタウロスどもは何処や? ボスが居らんなって解散したんか……?)
息を潜めて部屋の様子を観察するが、人影はその悪魔しか見当たらない。
しかし、死角にはまだ魔物が潜んでいるかも知れない。警戒したティガーが僅かに身を乗り出した時──キッと鋭い悪魔の視線が彼女へと向けられた。
「──ッ!」
(見つかった……!)
〔バレた!〕
〔気を付けて!〕
その時、軍服の帽子のつばに隠れて見えなかった悪魔の顔が明らかになった。
黒いウロコが僅かに残っているが、殆ど他の悪魔と変わらない端正な顔立ちをしている。
細い眉と鋭い視線。通った鼻筋と引き締められた薄い唇。見ようによっては男にも女にも見える中性的な顔立ちだ。
(やっぱり知らん顔や。悪魔……こんなんが、この先まだまだ出て来るっちゅう事か……)
ここで挑みかかるか、それとも退くか。ティガーの逡巡をよそに、悪魔は鞘からスラリと白刃を抜き放つと『ピッ』と虚空を斬るように振り抜く。
その刃が通過した後に、一筋の炎が尾を引いた。
それを見たティガーの表情が一瞬で引き攣る。
「なっ……!?」
(魔剣やとぉ……ッ!?)
〔炎の魔剣!?〕
〔トレジャー武器か!?〕
〔悪魔だから作ったのかも〕
〔そうかチヨみたいに作れるのか…〕
見た事もない悪魔の持つ、見た事もない魔剣……この時点でティガーは撤退を決意していた。
敵の実力を測りたい気持ちもあったが、それ以上に予測がつかないからだ。
脅威を脅威と判断し、然るべく対応が出来なければ上に行けないのがダイバーだ。その中でトップクラスのダイバーに至ったティガーが引き際を誤る事は無い。リスナー達も、ティガーならここは一時撤退を選択するだろうと想定していた。
しかし──
〔ティガーちゃん!?〕
〔戦うの!?〕
「──ッ!?」
次の瞬間、ティガーは穴に飛び込んでいた。
(──ッ、なんや!? 首になんか、巻き付いとる……ッ!)
目には見えないが、確かに肌に触れる湿っぽい感触。
透明なロープで引っ張られる様に、ティガーの身体は穴に引きずり込まれたのだ。
咄嗟に手に持った双雷牙でロープが伸びていそうな空間を斬りつけると、その瞬間首の拘束が緩む。
そして──
「グアァッ! 痛っへぇなァ!?」
そんな声が響いたと思えば、悪魔のすぐ隣の空間がゆらりと歪み、更にもう一人の悪魔が姿を現した。
〔もう一人悪魔が!?〕
〔隠れてたのか!〕
〔二人組!?〕
もう一体の悪魔と同じく軍服に身を包み、浅黒い肌をした女性の悪魔はハスキーな声で荒っぽくそう吐き捨てる。
ぼさぼさの髪を雑に伸ばした彼女の口からは長い舌が伸びており、途中で断ち切られている。ティガーの首に巻き付き、引っ張っていたのは彼女の舌だったようだ。
(!? もう一体おったんか……! しっかし、こいつらの特徴──)
悪化した状況に歯噛みしながら、冷静に着地して武器を構えるティガー。
両手の双雷牙がバチッと同時に音を立て、雷光を纏う。
そうして戦闘態勢を整えたティガーは、相対した二人の悪魔の特徴を観察して思う。
(……よぉ似とるな。リザードマンと、クロコレオンに……)
どちらも深層で戦った事のある魔物だが、二人の悪魔の特徴はそれを連想させるものだ。
特に透明化の能力と長い舌を持つ悪魔の方は、クロコレオンをそのまま悪魔にしたような印象さえ抱かせる。
そして以前この場所にいた悪魔の様子を思い出したティガーは、一つの可能性に思い至りながらも慎重に問いかけた。
「──あんたら二人がウチの相手っちゅう訳か。人間一人に悪魔二人がかりは、ちょい卑怯とちゃうか?」
「いいや、これで対等だ。こうして相対してみれば分かる……貴殿の実力は、我々にも十分届き得るとな」
リザードマンを思わせる鱗の悪魔がそう言って盾とサーベルを構えると、長舌の悪魔が姿勢を低くして独特の構えを取る。
〔なんか決闘みたいだ〕
〔武士道って感じ!〕
「ハッ……二対一で対等やと? そう言われて悪い気ィはせぇへんなァ……ただ──」
直後、ティガーはサイドステップで身を翻す。
すると先程まで彼女が立っていた地面が、透明な何かによって抉られた。
〔!?〕
〔攻撃!?〕
「──嘘はいかんなァ……二対一ちゃうやろ。ホンマはここになんぼおるんや?」
「フッ……」
「チィッ、警戒心の強いやつ……!」
突然の攻撃にリスナーは動揺していたが、ティガーは最初からこの可能性を想定していた。
以前ここにいた悪魔が大勢のミノタウロス種を待機させていたことから、彼女達も同じく魔物を手懐けているのではないかと。
だからこそ常に警戒し、こうして反応出来たのだ。──背後からの奇襲にも。
「やはり不意打ちの通用する相手ではなさそうだ。良いだろう……──出て来い、お前達」
鱗の悪魔がそう虚空に呼びかけると、部屋の至る所で空間が歪み、そこに潜んでいたクロコレオン達がその姿を現した。
〔うわ!ずっる!!〕
〔多すぎだろ!?〕
(ひぃ、ふぅ、みぃ……合計十五体か。──いや、コイツの言う事を信用するんは危険やな。とんだ大ウソつきやでホンマ……)
まるで一対一の決闘を申し出るような、紳士的な素振りからのこの不意打ちだ。ティガーの警戒心は膨れ上がっていた。
「ほォ……よぉけ集めたやないか。なるほどなぁ、これであんたらとウチは対等と……本気で言っとるんか?」
『甚振る気満々やないか』……そう言う意図を込めて放った問いかけ。
しかし、鱗の悪魔はかぶりを振ってそれを否定した。
「まさか。我々は貴殿をもっと評価しているとも。だから──」
そう言って鱗の悪魔がサーベルを掲げると、それを合図にクロコレオン達のワニのような口が大きく開かれる。すると……
「ギギッ……!」
「ギャカカッ!」
──その口の中から、さらにリザードマンが這い出て来た。
「な……ッ!?」
一体のクロコレオンから一体のリザードマン。合計十五体のリザードマンが現れ、鱗の悪魔を守るように戦陣を組む。
「──これで対等だ。さぁ、正々堂々と戦おうではないか」
鱗の悪魔の口元が、いやらしく弧を描いた。
〔ヤバい!〕
〔撤退!!〕
〔数の暴力が過ぎる!〕
「アホか……! 正々堂々の意味、辞書で引いてこいやボケェ……!」
一筋の冷や汗が頬を伝う。
リスナーの言う通り撤退したいのはティガーも同じだが、既にそれが簡単にできる状況ではない。
正面には悪魔二体と、それを守るリザードマンが十五体。そして周囲には更にクロコレオンが最低でも十五体。
腕輪に指を添えれば忽ちそれを隙と判断して、高速の舌が飛んでくるだろう。逃げるにしてもそのチャンスは自分で作らなければならないのだ。
ティガーは表情を引き攣らせながらも戦意を昂らせ、激しく放電する双雷牙を構えるのだった。




