第231話 地の果てまで響く怒り
投稿が遅れてしまいすみません!
次回はいつも通り投稿できるはず……!
オーマ=ヴィオレットが渋谷ダンジョンに姿を現さなくなって数日。
渋谷ダンジョンの下層以降を探索するダイバー達の配信には、ある変化が起きていた。
「──おお、ようやく森を抜けました! そして、ここからは登山ですか……」
そう言ってクリムが麓から見仰ぐその山は、深層へ続く境界を火口に持つ下層の最奥だ。
下層での戦いを経て深層へと挑むに足る実力を身につけたと確信したクリムは、今回いよいよ深層へと挑もうという段階に来ていた。
〔とうとう挑むか…!〕
〔クリムちゃんなら大丈夫!〕
〔悪魔なんだから余裕だろwwww〕
彼女の成長と躍進を純粋に祝福し、応援するコメントの中に、悪意のある言葉が混じる。
ここ最近では下層以降の探索を行うダイバー──特にオーマ=ヴィオレットと親交の深いダイバーの配信に、こう言った心無いコメントが投稿される事は珍しくもない。
こういうコメントへの対応はダイバー毎に違うのだが、クリムの場合……
「はいはい、またですか」
〔即ブロw〕
〔相変わらずの速度だぁw〕
甲冑の下から取り出したスマホを片手で操作し、直ぐに該当するコメントを投稿したアカウントをブロックしてしまった。
そして再び甲冑の下にスマホをしまうと、再び目の前に聳える山に向き合う。
「それにしても……高いですね~……何百メートルくらいあるんでしょうか」
標高だけで判断すれば登山家が挑むような山と比べると大した事のない山に思えるが、地上で見る山とは比較にならない程不安定な足場や、不自然な断崖。所々から突き出した針山のような結晶は、登山用の器具を持たない人間が挑むにはあまりに険しいようにも見える。
〔近くで見るとかなり険しいな〕
〔5、600mくらいかな…多分〕
〔ヴィオレットちゃんとかティガーはサクサク登ってたけどやっぱ熟練ダイバーって凄いな…〕
ハイキングに登るような山とは異なり、全く整備されていないこの岩山を、これから彼女は身一つで登頂するのだ。
クリムはふんと気合を入れ、嘗てヴィオレットが登った時に付けた目印を頼りに山の攻略にかかった。
(──ヴィオレットさん、私待ってますからね。貴女が帰って来る時を──私が今よりもまだまだ強くなって……今度こそ、貴女の背を守りながら戦える時を……!)
全ては憧れた姿に追い付くために。
◇
クリムの登山開始からやや時間は前後するが、ここでもオーマ=ヴィオレットと親交の深いダイバー達が下層での配信を開始していた。
「──えー……もう何度目になるかは分かりませんが、ここでもう一度ハッキリさせておきたいと思います!!」
その場に居る全員の代表としてあいさつ代わりの宣言を始めたのは、渋谷ダンジョンに於いてオーマ=ヴィオレットに次ぐ実力者として名高いダイバー『春葉アト』。
そしてその後ろに並ぶ女性ダイバー達は、彼女が率いるクラン『ラウンズ』の面々だった。
彼女達の表情は皆中々に険しいものとなっており、配信越しにも威圧感を感じる程の気迫を放っていた。
そう。今の彼女達は珍しい事に、非常に不機嫌なのだ。というのも──
「数日前! オーマ=ヴィオレットちゃんの配信にコメントした『百合原咲』は! ここに居る百合原咲本人ではありません!! 偽物です!!」
「アーカイブで確認しましたが、そのコメントが投稿された時、私達は『ラウンズ・サーガ』のリアイベに全員で参加してました!」
「これ!! イベント限定グッズです!!」
「ここに写真もあります!!」
「こっちは会場でのみ押せるスタンプラリーのスタンプです!! 見ろ!! お前らも推せ!!」
彼女達は口々に仲間である百合原咲の潔白を訴えながら、ついでに布教するように次々にグッズを取り出しては配信でアピールを繰り返している。
その気迫は凄まじく、荒らしコメントを投稿する目的で配信を覗いた『オーマ=ヴィオレットアンチ』どころか、普段から彼女達を応援しているリスナー達すらも怯む程だった。
〔ブチギレやん〕
〔そらそうやろ…〕
〔折角のイベントを楽しむ雰囲気をボコボコに破壊されたからな…〕
そう、彼女達が不機嫌な理由はまさにこれだった。
「私達は! 私達が楽しみにしていたリアイベ期間中に、あのような騒ぎを起こした犯人を決して許しません!!」
「地獄の底まで追い詰める」
「命が終わる瞬間まで後悔させ続けてやる」
「お前の事だぞ! ──『ユキ』ィ!!!」
〔えっ〕
〔えっあれユキなの!?〕
〔SNSで言ってたで。ずっと前に失くした咲ちゃんのスマホをユキが持ってたってのと、後はアトちゃんの直感で判断した結果ユキが犯人で決まりらしい〕
〔えぇ…〕
〔まぁアトちゃんが言うならそうか〕
ダンジョンの深層に彼女達の怒号が響き渡る。
本来無数の魔物が闊歩するダンジョン内でこのような大声を発すれば、忽ち魔物の群れに囲まれそうなものだが、不思議と彼女達の周りには魔物の気配は無い。
……いや、配信画面の後方で彼女達から全力で遠ざかって行くアークミノタウロスの背中が見えた。
恐れているのだ。魔物の方が、彼女達から放たれる殺気に怯み、逃げ出している。
そんな魔物の存在を知ってか知らずか、春葉アトは更に声を張り上げて怒りを吐き出した。
「よって私達『ラウンズ』はここに宣言するッ!! 私達も深層に向かい、必ずユキを討つッ!! 『ラウンズ・サーガ』初のワールドツアーを台無しにされたこの恨み!!! ヴィオレットちゃんを仲間の名を騙って傷つけられた怒り!!! そして汚された私達の名誉を雪ぐため!!! ──出陣ッ!!!!!」
「「「「「「「「ウオオオオォォォォォォォーーーーーーーッッ!!!!」」」」」」」」
聖騎士が斧槍を掲げると、『ラウンズ』の仲間達も各々の武器をリーダーに倣う様に掲げる。
そして……女性ダイバー達の雄叫びが深層を揺らした。
◇
『お前の事だぞ! ──『ユキ』ィ!!!』
「ひぃっ……!?」
同時刻。手元のスマホを暇潰しに眺めていたユキは、座っている椅子から転げ落ちそうなほどビビった。
最初は人間の混乱をニヤニヤと愉悦混じりに眺めていたところに、まさかの名指しで殺害予告されたのだ。手から滑り落ちそうになったスマホを慌ててキャッチし、齧りつくように画面に映る面々を見る。
(──なんで!? 絶対にバレない筈じゃなかったの!?)
何故か自分がした事もバレている。しかも『直感』とか言う訳の分からない理由で。
ユキの頭の中は完全にパニックになっていた。
『よって私達「ラウンズ」はここに宣言するッ!! 私達も深層に向かい、必ずユキを討つッ!! 「ラウンズ・サーガ」初のワールドツアーを台無しにされたこの恨み!!! ヴィオレットちゃんを仲間の名を騙って傷つけられた怒り!!! そして汚された私達の名誉を雪ぐため!!! ──出陣ッ!!!!!』
『『『『『『『『ウオオオオォォォォォォォーーーーーーーッッ!!!!』』』』』』』』
「……ッ!」
驚愕と恐怖にパクパクと声も出せず、ただただ信じられないといった目で配信画面を見るユキ。
もう彼女の額は冷や汗でびっしょりだ。
(ど、どうするのよ……! あの真ん中に立ってる奴、前にチヨと互角に戦ってた奴じゃないの!? 他はともかく、アイツに勝てる訳ないじゃないの!?)
少なくともチヨには勝てない確信があるユキは、彼女と数十分とはいえ互角に戦える春葉アトをチヨと同様の化け物と見做していたのだ。
(──いえ……まだよ。そう! あの方が言っていたじゃない! 計画はもう最終段階に入ったのよ! 何も心配いらないわ……もう直ぐ『鍵』は私達の下にやって来るのだから……!)
ユキが例のコメントを投稿するように言われた時、彼女は悪魔のリーダーである『あの方』からこのコメントの意図について聞かされていた。
そして、チヨも知らない作戦のキーポイントが何なのかを知らされたのだ。
「ふ、ふふ……そう、そうよ……作戦が成功すれば……『魔王』が目覚めれば、私達の勝ちなんだから……! 気にする事はないわ、あんな人間達なんて……!」
言い聞かせるようにそう呟く。
自分達の勝利は揺るがないのだと。何も恐れることは無いのだと。
……でも暫く彼女達の配信は見ないでおこうかなと。




