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第191話 連戦

 炎を宿した槍の穂先が、残光の尾を引いて空中に無数の弧を描く。

 その赤い曲線の隙間を舞う様に潜り抜け、時にその両腕や尻尾を駆使してクリムの槍を捌きながら間を詰めたチヨは、近接格闘戦の距離に持ち込んだ瞬間に鋭い蹴りを繰り出す。しかし──


「流石に【マジックステップ】の扱いが巧いですね……! 的確にチヨの狙いを見切ってます」


〔すげぇ!〕

〔クリムちゃん良いぞ!〕


 変幻自在の足捌きと魔力感知による先読みによってチヨの攻撃を躱したクリムは、再び槍の間合いにまで二人の距離を空けて攻撃を再開する。

 魔法を封じたチヨの間合いは、槍を用いて戦うクリムよりも遥かに近い。こうして適切な距離を空けている内はチヨの攻撃がクリムに届く事はなく、そこにクリムの勝機が生まれる。

 逆に言えば近接格闘の距離を維持されると却ってクリムにとって間合いが近過ぎる為、一転不利になるのだが……今のクリムには、チヨの魔力の流れから次の一手を見抜く技術が備わっている。


〔チヨの攻撃が当たらねぇw〕

〔これが魔力を感じ取れるメリットなの?〕


「はい。完全に信用しきって良い感覚ではありませんが、それでもかなり大きな情報源ですよ」


〔本格的にクランメンバーの魔法使いに協力して貰おうかな…〕


 攻撃される箇所が分かって居れば、それを捌き距離を空けるのは比較的容易な事だ。

 勿論これまでもクリムは肉眼で攻撃の予兆を見切って戦ってはいたが、それでは死角──例えば、チヨの体の陰から伸びて来る尻尾の攻撃等にはどうしても対処が遅れてしまう。

 しかし、そう言った死角からの攻撃にも魔力の感知があれば対応が可能なのだ。

 ……まぁブラックバットの様な魔力が小さすぎる魔物に対しては、逆に感知が難しくて通用しない技術ではあるのだが、チヨほどの魔力を放っていれば感知に何の問題も無い。

 そうして攻撃と回避を交互に繰り返すその様子はまるで予め打合せされていた剣の舞のようであり、この光景がこの後も延々と続けられるかのように思えた。

 ──だが、やはりまだ魔力の扱いに関してはチヨの方が遥かに上だった。


「っ! やはり、見抜きましたか……」


〔クリムちゃんどうした!?〕

〔急に押され始めたぞ!?〕


 配信越しのリスナー達には今のチヨがやっている事は伝わらないと思うので、私は状況の解説をするために口を開いた。


「──フェイントです。チヨは魔力の動きと実際の攻撃をちぐはぐにする事で、クリムさんの見切りを逆に利用して攻撃を当てているんです」


〔!?〕

〔そんな事できるんか!?〕

〔思えば魔力の感知が出来るヴィオレットちゃんにもこれまで普通に攻撃当てて来てる訳だしな…〕


 そう。数百のゴブリンに囲まれようと対処できる私が、チヨに対して攻撃を普通に受ける主な理由がこれだ。

 彼女ほど魔力の扱いに長けた物であれば、この程度のフェイントを織り交ぜるのは容易い。

 一応フェイントの代償として攻撃の威力は落ちるが、そもそもフェイントとは本命を当てる為の技術。無数のフェイントに隠された本命を見抜けなければ──


「!」


〔あ!〕

〔あー!〕


 本命に見せかけた手刀を躱す為に地面を蹴った直後、クリムの足はチヨの尻尾で払われて体勢を崩してしまった。

 転倒こそ防いだもののその隙はあまりにも大きく、眼前にて寸止めされたチヨの拳が決定打。

 クリムが諦めたように構えを解いた事で、今回の組手もまたチヨの勝利で決着したようだ。


「降参したようですね。フェイント初見にしては十二分に健闘したと言えるでしょう。……では、そろそろ行きますか」


 遠目からその様子を伺っていた私は、同じく組手の決着を見届けたリスナー達にそう言って、組手を終えた二人の元へと歩いて近付いて行った。




「──はぁ~……」

「……珍しいですね。クリムさんがそこまで落ち込むなんて」


 私の姿を確認したクリムは、分かりやすくため息を吐く。

 彼女のアーカイブを確認した限りでは、これまでチヨに負ける度に『鍛えなおそう』と意気込む事はあれど、ここまで落ち込む事は無かったはずだ。


「だって折角ヴィオレットさんに技術を教えて貰って、今度こそカッコいい所を見せられると思ったのに……」

「十分立派だったと思いますよ。チヨ相手にあそこまで戦えるダイバーは何人も居ません」

「そうそう! 自信持ってよ! ()()()()()()、かなり強いよ!」

「一言余計ですよね、貴女も……」


〔これ煽ってね?w〕

〔ナチュラルに見下すなぁ〕

〔一応ユキは撃退してんだけどな。数人がかりだったけど〕

〔まぁ実際チヨには勝ててないからな…〕


 とは言え、クリムの実力が高いのは間違いない。

 実際チヨがフェイントを入れ始める前は、クリムの方が押している場面も多かった。

 何か一つ違えば、十分にクリムの攻撃はチヨに届き得たのだ。


(──ん? 待てよ……?)


 と、そこまで考えて一つ気が付いた。

 チヨは自身に攻撃を当てる事を人間側の勝利条件とし、彼女に勝てば武器を魔法武器に作り替えると言う賞品を提示している。

 しかし、クリムの武器は元々魔槍だ。この場合、賞品についてはどうなるのだろう。

 気になった私は早速、チヨにこの事について尋ねる事にした。


「……因みになんですが、貴女がクリムさんから攻撃を受けた場合、彼女の槍──鋼糸蜘蛛の焔魔槍はどうするつもりなんですか? 魔槍をまた魔槍に作り直すんですか?」


〔確かに〕

〔魔魔槍になるのか…〕


 私の認識だと少なくともそれはエンチャントでは出来ない芸当だ。

 既に属性を持っている鋼糸蜘蛛の焔魔槍を作り直せるのなら、彼女が魔法武器を作るプロセスはエンチャントと全くの無関係と言う事になるのだが……

 そんな私の問いかけにハッとした表情を見せたチヨ。

 ……まさか、忘れていたのだろうか。


「あ、そうだまだ言ってなかったかも。──クリムちゃん。貴女のその槍はあたしが作れる魔法武器よりも上位だから、あたしに攻撃当ててもその槍を作り直してあげる事は出来ないんだけど、それでも良い?」


〔えぇ…〕

〔今の今まで気付いてなかったって事…?〕


 どうやら忘れていたらしい。

 いや、戦う事が至上の楽しみとする彼女の事だ。もしかしたら意図的にその事実を隠していた可能性もあるか。


「……はい。私は元々、貴女を超える事が目的ですから!」


〔カッコイイ!〕

〔良いぞクリムちゃん!〕

〔やったれ!〕


 一方で実質賞品が無いと言われたクリムだが……どうやら彼女はその事について既に察していたのか、特にショックを受ける事もなく──寧ろ自分の目的を再確認するように気合を入れなおしていた。

 そんな彼女の言葉にテンションがあがったチヨはクリムに抱き着き、彼女の頭を撫でまわす。


「わゎっ、ちょ……っ!?」

「あはっ! も~本当に良い娘だなぁ、クリムちゃん! その調子で頑張ってね! 応援してる!」

「貴女ってもしかしてナチュラルに人を煽る性質でもあるんですか?」


〔キマシ…?〕

〔てぇてぇ…〕

〔何故にいちいち煽るのかw〕


 彼女の言動が意図的なのか無意識なのは置いておくとして……どうやら概ね私の予想通り、やはり彼女の方法では焔魔槍を作り直す事は出来ないようだ。

 やはりエンチャントと何らかの方法を組み合わせて、武器を強引にレベルアップさせているようなのだが……


(チヨから武器を作り直して貰ったダイバーのアーカイブで確認したが、パッと見た感じではチヨは直接武器に属性付きの魔力を流し込んでいるように見えた。直接目にする事が出来れば、そのメカニズムくらいは分かるかもしれない……)


 もしも私にも真似できる方法であるのなら、いざと言う時に使えそうなのだが……

 まぁ、見れなかったものは仕方がない。私がチヨに勝った時にでも直接拝むとしよう。


「では二人の組手も終わった事ですし、そろそろ私達はこれで……」

「──じゃあ次は貴女の番だね! ヴィオレットちゃん!」

「……やっぱりやりますか?」

「勿論!」


〔草〕

〔逃げようとしてて草〕

〔クリムちゃんの意気込みを見習ってもろてw〕


 くそ、誤魔化せなかったか。

 クリムとの戦いに満足した様子だったのでもしかしたらと僅かにとは言え期待していたのだが、チヨの本能はまだ静まってくれないらしい。

 思いの外クリムとの戦いでの消耗もしていないようだし、ここは相手するしかないだろうな。


「分かりました。……因みに私相手にハンデとかは……」

「無し! 全力でやろう!」

「ですよねー……」


〔そらそうよw〕

〔何を今更w〕


 心なしか、チヨの眼がクリムと組手する前よりもギラついている気がする。『絶対に逃がさない!』とでも言いたげな気迫だ。

 ここで腕輪の機能で逃げる事も出来るけど、そうなると次回の探索で面倒な事になりそうだし……仕方ないか。


「──まぁそう言う事なので、クリムさんは一旦ロビーに避難しておいてください。近くで『奈落の腕』を使われたら、貴女も巻き込まれかねません」

「! 解りました!」


 アセンディアが回復待ちの今、チヨに対する切り札は無い状態だ。

 ならばせめて、今回はチヨとの戦いの中で()()()()()を構築する事に専念し、糧とする事にしよう。

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