第189話 オーラ
「──そろそろ装備も乾きましたかね。クリムさんの方はどうですか?」
「あ、そうですね! もう大丈夫そうです!」
【エンチャント・ヒート】を使った簡易式の焚火に当たりながら数分程雑談をしたところで、濡れていた装備も殆ど乾いた事に気付き立ち上がる。
不幸中の幸いか、元々あまり深くまで水が染みていなかった為に乾燥も早かったようだ。
〔コラボトーク新鮮だった!〕
〔雑談もう終わりかぁ〕
「すみません、今回の配信はあくまでこちらがメインなので……」
いつ魔物が現れても対応できるようにと常に傍に置いていたアセンディアを手に取って示すと、リスナー達も納得してくれた。
互いに自分の訓練に集中する為にクリムに再び【エンチャント・ゲイル】を施した水風船を手渡し、程よく距離を取る。
直ぐに魔力の感知を成功させた彼女であれば、後はアドバイスも無く自分の感性で魔力感知による索敵をもものにできるだろう。
私は私の目標を達成するべく、改めてアセンディアの刃に手を添え──
「──【エンチャント・ゲイル】!」
再び刃に風を纏わせる。
「ハァッ! ヤッ、ハァッ!」
〔おお!〕
〔連続で出せるんか!〕
そして居合の様な構えから風の刃を数度放つ。
次々と虚空へと放たれる飛翔する斬撃は、やはり数m程空を切り裂いたところで構成が解けるように散ってしまう。
慣れたからと言って射程が伸びると言う事もないようだ。
(──やっぱり、スキルとして発現するのを期待するしかないのか……──ん?)
射程を測る為に目で追っていた風の斬撃に目を凝らすと、小さな違和感があった。
若干歪んだ三日月型の刃が回転しながら飛翔するその周囲に、薄い魔力の層が出来ていたのだ。
やがて魔力の層は風の刃が霧散すると同時に、空気に溶けるように消えて行ったが……その魔力に見覚えがあった私は、思わず右手に握ったアセンディアの刀身へと目を落とす。
「まさか──」
〔ん?〕
〔どした?〕
半ば確信めいた予感に導かれるまま、私の左手がそこに添えられる。
「──【エンチャント・ゲイル】」
そして、エンチャントで風の魔力を付与した途端……風を纏う刀身の周囲に、更にもう一つの旋風が生まれた。
「! これは……!」
〔なんか風強くなったか?〕
〔エンチャントの重ね掛け!?〕
(いや、違う……これは──!)
刀身が纏う二重の旋風──普通のエンチャントでは不可能な芸当だ。
リスナーが知らないのは仕方ないが、既に属性がエンチャントされた物に対して更にエンチャントで属性を付与する場合、その前に付与されていた属性を上書きする形で付与される。二重のエンチャントで効果二倍、なんて事は本来出来ないのだ。
では何故、今回のアセンディアにはそれが出来たのか。その理由は──
(出来てしまった……──オーラにエンチャントが……!)
アセンディアは常に他の剣とは明らかに異なるオーラを発していた。
剣の周囲を僅かに覆う陽炎の様な『もや』がアセンディアが内包する魔力の影響だと言う事は分かっていたが、まさかエンチャントが施せるとは私自身も今の今まで考えもしなかった事だった。
「色々と気になる事はありますが、とにかく試してみますか……──ハァッ!!」
〔!〕
〔でっか!?〕
〔さっきと全然違うやん!?〕
再びアセンディアを振り抜くと、生み出されたのは先程の物よりもずっと大きく、存在感を放つ風の刃。
その勢いは衰える事無く、目測で10m以上飛翔し……やがて下層の薄闇の向こうへと消えた。
先程の物とは明らかに異なる斬撃から感じた威力は、十分チヨにもダメージを与え得るレベルだ。それに加えて……
「……ハァッ!」
今度は特に技術を意識せずに斬撃を放ってみると、先程より威力は落ちるものの同じような斬撃が生み出され、先程同様に闇へと消えていった。
そう。威力こそ落ちるものの、特別な技術を用いなくとも斬撃を飛ばす事が出来たのだ。
私は眼前に掲げたアセンディアを見ながら、自分でも信じられない現実に内心で動揺していた。
(こんな事があって良いのか……? だって、こんなの──あまりにも私に都合が良すぎる……)
たった今発覚したアセンディアのこの能力は、今まさに私が欲していた能力そのものだ。
オーラへの属性の付与なんて聞いた事もないし、そんな事が可能な剣がこのタイミングで私の手元にある事実……偶然で片付けて良い物なのか、まだ頭の中で整理できていないのだ。
(いや……確かにここまで都合が良いと却って不気味な物を感じるが、それでもこれを利用しない手は無い。今のところ私自身に何か影響があるようにも感じないし、何よりこれは間違いなくチヨに対抗する切り札になる……!)
この剣にまだ秘められた何かを感じながらも、私はそれを利用する事に決めた。
そうと決まれば、今するべきは立ち尽くす事ではない。この剣──アセンディアの真価を把握する事だ。
「──【エンチャント・ヒート】!」
〔炎!?〕
〔それも飛ばせるんか!?〕
「正直、私にも解りません。アセンディアの能力は私自身把握しきれていないので……なので、今確かめようって事です」
他の属性でも同様に斬撃を飛ばせれば、選択肢はぐんと広がる。
風だけでも遠距離攻撃による牽制が可能だが、もしも他の属性……特に、雷や凍結でも同様の事が出来れば、それはまさに切り札足りえる。そう考えたからこその実験だ。
──そして、結果から言えばそれは可能だった。
風以外にも炎、雷、闇、冷気……それぞれの性質を纏った斬撃が、アセンディアを振り抜く毎に三日月の形を得て飛翔していったのだ。
ただし凍結の属性だけはあまり相性が良くないのか、オーラに付与した場合でもそれほど遠くまでは飛ばせないようだったが……
(強力故に外部の影響を受けやすい性質だからなぁ……それにしたって、たった数mか。『奈落の腕』が発動してからでは使えそうにないな)
……だが、一先ず遠距離攻撃の当ては出来た。
これで『奈落の腕』を使われても一方的に負けると言う事は無い筈だ。
とはいえ……
(切り札が一つでは心もとないのがチヨだ……ここはもう一つの可能性の方も模索していこう)
「──【エンチャント・フリーズ】、【エンチャント・ヒート】!」
次に確認したのは、刀身とオーラで別の属性を纏えるかという実験。
結果は一目瞭然。炎を纏う凍結属性の剣は一発で成功した。
この事からアセンディアが纏うオーラは刀身の属性の影響を受けておらず、こうして別の属性を付与する事で二つの属性で同時に攻撃が可能な唯一の剣と言えそうだ。
属性による相性はありそうだが、それによる変化は魔物相手に振るって初めて検証出来ることなので、今は置いておこう。
重要なのは、この剣がオーラと刀身の二つの攻撃手段を兼ね備えていたと言う事実なのだから。
(これは、予想以上に凄い魔剣だ……少なくとも私にとって、確かに数百億の価値がある……!)
オーラにエンチャントが出来るだけでここまで戦術に幅が生まれるなんて思わなかった。
このままアセンディアの使い方をマスターしていけば、チヨを倒せる日も近いかも知れない……そう考えると、俄然やる気が湧いてくる。
「よし! もう一度──【エンチャント・ゲイル】!」
そう言って、再びオーラに属性を付与しようとした時だ。
(……? 属性が付与されない……?)
何か間違えたかと思いながらアセンディアの刀身を見た私は、一瞬自分の目を疑った。
「アセンディアのオーラが……──消えてる……!?」
……これは、やってしまったかもしれない。




