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第188話 ラーニング訓練

「──ハァッ!」

「そう! 今の感じです、ヴィオレットさん!」


 組手を終えたあの後。私はクリムからのアドバイスを受けながら、手首のスナップを使った独特の切り返しをレイピアの斬撃に落とし込む為の素振りを続けていた。


(なるほど。一度付けた勢いを殺さずに、そこに置き去りにする感覚……刃の角度を変えずにそれを実行するのは、確かに柔軟な関節が求められる負担の大きい動きはクリムならではの物だ。だけど、この動きならきっと──!)


 予め宣言はしていたが、やはり探索を進める訳でも魔物との戦闘をする訳でも無い地道な素振り。

 形になるまでの時間は十数分程ではあるが、退屈に感じるリスナーもそれなりに居たようで、同接はやや減ってしまった。

 今残っているリスナーの大半はきっと、私と同じようにクリムのアドバイスを自分の戦いに活かせないか注目するダイバー達だろう。

 そんな彼等に向けて成果を示す為、私はカメラに視線を送ると腕輪から一振りの細剣を取り出した。


「──お待たせしました。今からこの訓練の目的……成果をきっと、お見せします!」


〔アセンディアだ!〕

〔やっぱ配信越しでも他の剣と全然違うな…〕


 コメントの様子からリスナーの注目が集まった事を確認し、私はアセンディアに左手を添えて【エンチャント・ゲイル】を使用。アセンディアに旋風が纏わりつく。

 私の理論が正しければ、この状態でさっきの斬撃を成功させれば……


「……──ハァッ!」


 裂帛の気合と共に、居合の様な構えから閃光の様な鋭い切り上げを放つ。そして、剣先が最高速に至った瞬間、先程掴んだ感覚のまま手首のスナップを利かせ、引き戻す様な動きで()()()()()()()()()()。すると──


〔おお!〕

〔飛んだ!〕

〔飛ぶ斬撃!〕


 唸る風が薄く、薄く研ぎ澄まされ、生み出された真空の刃が私の正面へ向けて真っ直ぐに飛んで行った。……成功だ。

 成功だが──


(っ、思ったよりも射程が短い……! それに、チヨに対して決定打になる様な威力でもない……!)


 真空の刃の射程は精々数m。しかも、距離が遠くなるほどに斬撃の威力が散って行くのが目に見えてわかる。クリムの【クレセント・アフターグロウ】との間にあるこの威力の差が、スキルとして成立しているかしていないかの違いなのだろう。

 更に言うと、かなりの精密さを要求される技術である為、チヨとの激しい戦闘中に軽々しく使える技でないのも問題だ。

 これではチヨに通用しない。と、なれば──


(私も、クリムと同じようなスキルの発現を狙うか……?)


 時間はかかるかもしれないが、新たな切り札を得られる可能性はある。

 クリムの様に一つのスキルとして習得できれば、十分チヨにも通用し得る威力になるだろう。

 懸念点は私自身のレベルアップによって弱体化してしまうかも知れない事だが、今の私で倒せる見込みがない以上はその程度のリスクは覚悟するべきだろう。


「まだ少し動きがぎこちないですね……少しだけ練習しても良いですか?」

「はい! ──あ、でも先にヴィオレットさんの察知技術のコツだけでも教えていただけますか?」

「っと、そうですね。アレに関してなんですが……」


 確かに私ばかりがコツを教わっている状況と言うのも不平等で良くないな。

 一度成功した以上ここからの練習は一人でも出来るし、先に原理と感覚を伝えておくとしよう。




「──魔力、ですか?」


〔魔力の感知とかなんか急にゲームみたいな事言いだしたなw〕

〔くっ、沈まれ…俺の中の闇の竜の魔力の破壊の衝動よ…!〕

〔↑「の」多過ぎやろw〕


 コメントから察するに、やっぱり一般的な人間は魔力を感知できないのがこちらの世界では一般常識らしい。

 一応魔法がある以上、それに使われるエネルギーがあるだろう事は疑っていないようだが、それを感じ取ると言うのはまだまだオカルトなのだろう。

 しかし、理屈で言えば魔力の感知は出来る筈なのだ。異世界の人間はそれが出来ていたし、それに──


(多分、春葉アトはそれを無意識にやってるんだよな……)


 彼女の探索配信を見ると、元々良かった『勘』がこと戦闘中はより鋭く研ぎ澄まされているように感じる。アレはきっと魔物の攻撃の『意』を、魔力の動きから無意識に読み取っているのだろう。

 だから私は眉唾なコメントの空気に対してひるまず、自信満々に説明を続ける。


「はい、魔力の感知です。多分魔法を使わない人には分からない感覚だと思いますが……『鋼糸蜘蛛の焔魔槍』を長い間愛用しているクリムさんなら、きっと直ぐに分かる筈です。とりあえず、腕輪から取り出してください。その方が説明もしやすいので」

「『鋼糸蜘蛛の焔魔槍』をですか? ……分かりました。──【ストレージ】!」


 普段素直なクリムもまだ私の説明に半信半疑と言う様子だったので、とりあえず説明の為に彼女の愛槍を取り出して貰う。


「では、全力の一撃を魔物に叩き込む時の握り方を意識してみてください」 

「? はい──こうですか?」


 そう言ってクリムが焔魔槍を構えたその時、その穂先がパっと赤熱し、一瞬火の粉が舞った。


「今、僅かにでも腕から槍に向かってなんて言うか……何かが流れていく感覚はありませんでしたか?」

「えっ……? えっと……もう一度やってみますね!」

「はい、手首の辺りが一番わかりやすいと思います」

「分かりました! やってみます!」


 こういう時、完全には信じられていないなりに素直に聞いてくれるのがクリムの良いところだ。

 そんな真っ直ぐな彼女なら、いつかきっと──


「──あっ! 確かに今何か感じました!」


〔!?〕

〔マ?〕


(いや、流石に早いな……?)


 まさかアドバイスして直ぐ感覚を掴むとは思わなかった。

 せめて取っ掛かりを掴むのに十分くらいはかかると思っていたのだが……


「本当ですか? 流石に早すぎるような……」

「本当ですって! ホラ! ホラ!」


 そう言って、何度も穂先を赤熱させたり戻したりを繰り返すクリム。

 もしかしたら空気を読んで同調してくれているだけかもしれないと思った私は、それならばと自分の腕輪からある物を取り出した。それは……


「──水風船?」

「はい。今から中の水に【エンチャント・ゲイル】をかけます。一旦見ていてくださいね──【エンチャント・ゲイル】」


 そして私は【エンチャント・ゲイル】を掛けた水風船で、軽くお手玉をして見せる。


「このように、一切空気が入っていない水風船なので、この状態ではいくら振っても刺激を与えても何の効果も示さず判別は出来ませんが……」


 パッと見た感じでは水風船の挙動はただの水風船と変わりない。風を起こすには空気が必須であり、今の水の周囲には一切の空気が無い状態だからだ。

 だが、「しかし──」と言いながら遠くの地面に向けて放り投げた水風船が破裂した途端──


「っ、ぅわっ!?」

「このように、破裂した時に一気に中の水が外の空気に作用して周囲に突風を起こします。これを()()()()()としましょう」


 巻き起こる突風に混じる細かい水飛沫が、私達の所にまで届く。

 派手ではあるが威力は無い為に戦闘には使えないが、こう言う場合にはそれが都合がいい。

 私は続けて腕輪から合計10個の水風船を取り出すと、クリムに告げた。


「今からこの10個の水風船の中の一つだけ、中の水に先程と同じ【エンチャント・ゲイル】を付与します。チャンスは一回。それで見つけてみてください。見つける為に軽く触れるくらいは良しとしましょう」

「! はい、多分大丈夫です!」

「では一旦後ろを見ていてくださいね。念の為にドローンカメラも……はい、そうです。では、──【エンチャント・ゲイル】!」


 自分のドローンカメラもそっぽを向かせ、私以外の誰にもどの水風船が正解か分からない状態。

 タネも仕掛けも無いが、魔力の感知が出来ていれば違いは分かる筈だ。


「良いですよ、クリムさん! さぁ、正解の水風船が分かったら遠くに投げてみてください!」

「はい!」


 そして私は水風船から一歩離れ、彼女が水風船を選ぶのを見守る事に。


〔当然っちゃ当然だけど全然分からんw〕

〔色とか柄は違うけど、どれも普通の水風船に見えるな……〕


 まぁ、リスナーには分からないだろう。私も配信越しだと分からない自信があるし。

 しかし、やがてクリムは確信めいた表情でその内の一つを掴み取ると──


「これです!」


 そう言って遠くの地面へ向けて投擲した。その結果は──


「──お見事です。まさか本当に軽いアドバイス一つで魔力感知のコツを掴んでしまうとは……」

「えへへ……ヴィオレットさんの教え方と、焔魔槍のおかげです!」


〔マジか!〕

〔魔力って感知できるんだ…〕

〔これって魔法使い系ジョブなら分かる感覚なのか?〕

〔ドルイドワイ、未だにピンとこないw〕

〔↑草〕

〔今度試してみよ〕


 これが才能と言う奴なのか……

 流石にこの速度での習得は予想していなかったが、私も自分の訓練に集中できるので都合は良い。


「では、残った9つの水風船全てにも──【エンチャント・ゲイル】! これを離れた場所の魔力を感知する練習に利用してください。うっかり割らないようにだけは気を付けて下さいね。突風が吹くだけなので危険はありませんが、びしょ濡れになってしまうので」

「ありがとうございます!」


 そうお礼を言って焔魔槍を腕輪に収納したクリムは、9つの水風船を両手で抱えて私から離れるべく駆けだした。私の練習の邪魔にならないようにと言う配慮だろう。

 遠ざかる背中を見送った私は、その配慮に感謝しつつ自分の訓練の為に彼女に背を向けてアセンディアを構え──


「──あっ」

「え?」


 背後から聞こえた声に振り向いた瞬間……


「うっひゃああぁぁっ!!?」


 連鎖して発生した突風によって撒き散らされた水によって、クリム共々全身をびしょ濡れにされるのだった。


「……気を付けてって言ったじゃないですか」

「す、すみません~!!」


〔草〕

〔爆速フラグ回収w〕


 確かに今にして思えば完全にフラグだったなぁ……

 とりあえず、練習の続きは服を乾かしてからにしよう。

 そう決めた私達は【エンチャント・ヒート】を施した水風船を割り、焚火代わりに温まりながら装備が乾くまで雑談配信をする事にしたのだった。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 なんというか、仲間の良い所をラーニングしよう…っていうのは『その人との絆』的なのが深まったみたいで良い印象を受けるのは自分だけですかね? ゲームだと好感度上がったキャラの後半のイ…
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