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第187話 求める技術

 カン、カッ、カンッ、と真剣とはやや異なる剣戟の音が響く。

 クリムの攻撃を剣の腹で捌き、隙を突いて放った反撃はしかし、槍の柄を巧みに使った防御で彼女には届かない。

 二刀流の私に対して槍一本で立ち回れるほどに、彼女の技量は卓越していた。


「──ッ!」


 特に、こちらが僅かにでも隙を見せた際の、彼女の反応速度は素晴らしいの一言に尽きる。

 彼女の手元でくるりとバトンの様に回転した槍の切っ先がほんの僅かな無駄も無く、私の胸へピタリとその照準を合わせられ──そして、矢のように速く放たれるのだ。


「く……ッ!」


 流石チヨが認めるだけはある。

 こうして直接戦った彼女の槍は、こちらに僅かでも油断があればその間隙をすかさず穿つだろう。

 刃の部分が黒いゴムでできた訓練用の槍だと言うのに、その迫力はアークミノタウロスの槍など足元にも及ばない鋭さだった。


(っ、消えた!?)


 反撃の槍を回避した一瞬──僅かにクリムから視線を離したそのほんの一瞬で、彼女の姿が眼前から掻き消える。


(──【マジックステップ】か!)


 僅かな魔力の残滓からその正体を看破すると同時に、背後に彼女の気配を感じ取る。

 こちらの意識が槍に向いた一瞬で背後に回り込むその技巧は、まさに『マジック』と呼べる物だった。だが──


「な……っ!?」


 両手に持った二本の剣を手元でくるりと翻し、クリムに背を向けたまま片方で防御を、もう片方でそのまま彼女の胴体を狙ったカウンターを放つ。

 背後で僅かに息を飲むクリムの声が聞こえ、彼女の攻撃が止まる。

 そのまま槍でこちらの反撃を弾いたのだろう。やや不安定な姿勢と握り方で放った私の剣は右手からすっぽ抜け、上空へと弾き飛ばされてしまった。

 しかし、彼女の攻撃を止める事には成功し、私は余裕をもって彼女に正対する事が出来た。


「まさか今の攻撃に反撃を返してくるとは……流石です!」

「貴女こそ、私の視線が外れた一瞬を逃さない見事な観察眼と反応速度でした。正直危ない所でしたよ──っと……」


 上空から降って来た剣を、一瞥もせずに右手でキャッチ。

 そのまま二本の剣を油断なく構える。


「……やっぱり視線を外してはくれませんか」

「僅かでも注意を逸らしたら、また消えられてしまいますからね」


 私が剣のキャッチの為に視線を上に向けていれば、彼女は再び【マジックステップ】を使って私の背後に回り込んでいただろう。

 それを卑怯とは思わない。組手ではあるが真剣勝負。隙を見せる方が悪いのだから。


 その後も私達は何度も武器を交わし、隙を突いては躱され、反撃を防ぎ、一進一退のやり取りが続いた。

 互いの動きは一合ごとに研ぎ澄まされていき、私はこの時点で既に今回のコラボの意義を手応えとして感じていた。


「ッ! そこ!」


 クリムの突きを受け流すと同時に低い姿勢で彼女の懐に潜り込んだ私は、両手の剣で彼女の胴へと切りかかる。


「! ──させませんッ!」


 しかしクリムの反応速度も凄まじく、【マジックステップ】を使った足捌きで槍を中心に身体全体を大きく回転させ、私の背後に回り込んでくる。

 そして回転の勢いそのままに背後から振るわれる薙ぎ払いを、私は更に彼女の背後に回り込まんとバック宙の要領で跳躍して回避するが──


「──読んでいましたよ!」

「っ!」


 私の直ぐ下を通り過ぎるクリムの目が、その瞬間私を鋭く捉えていた。

 そして彼女の薙ぎ払いは、急激に上空の私を狙ってその軌道を変化させ──




「……参りました! ──やっぱり強いですね、ヴィオレットさん!」


 クリムの背後に回り込んだ私の剣が彼女の首にそっと添えられた事で、クリムは潔く降参した。


「いえ、私もギリギリでしたよ。ですが……最後まで【エンチャント・ゲイル】の移動を温存していたのが効きましたね」


 あの瞬間、彼女の槍は『ここで決める』と言う意思が伝わって来るほどの全力で振るわれていた。

 それを理解した私は、ここで初めて空中を蹴って彼女の背後に回り込んだのだ。

 ただでさえ通常の対人戦では目の当たりにする事がない『空中での緩急』。それをここまで温存し、彼女がその動きに慣れる前に決着に持ち込んだ私の作戦勝ちと言ったところか。


(まぁ、二度目は通用しないだろうけど……)


 作戦勝ちと言えば聞こえは良いが、実際のところ初見殺しに近いものがあるからな。

 次はクリムも私の空中機動を意識から外す事はないだろうし、もしかしたら今度は私が一本取られてしまうかも知れないな……


「──と、まぁ今回の組手では私の勝ちでしたが、皆さんどうでした? お楽しみいただけていれば幸いなのですが……」


〔凄かった!〕

〔やっぱり最強はヴィオレットちゃん!〕

〔見ごたえヤバかった!〕


 ……うん。反響も悪くない感じだし、一安心か。

 今回はアニメで言う修行回のような物だから、リスナーを退屈させない為には普段と違った工夫が必要になる。

 特に折角のコラボで修行回なんてやっている以上、つまらない配信なんてしたらクリムや彼女のファンにも悪いしな。


「えへへ、応援してくれてありがとうございます! 私もヴィオレットさんに追いつけるように頑張りますね!」


 クリムの雰囲気から察するに、どうやら向こうの配信も良い感じに盛り上がりを見せているようだ。

 一先ずここまでは問題ないとして……私の目的はここからだ。

 チヨの『奈落の腕』の攻略法として目を付けているクリムのスキル、【クレセント・アフターグロウ】。彼女があのスキルを発現させるに至った技巧の習得が私の本命だ。


(一応、今の組手でその取っ掛かりは掴めた……気はする)


 彼女が時折使っていた手首のスナップによる、槍の穂先を使った細かい切り返し。あの瞬間、刃の周囲で空気がうねる様な気流が出来ていた。

 恐らくはそれを炎を纏う性質を持つ『鋼糸蜘蛛の焔魔槍』で使用する事で、纏った炎を飛ばす事に成功したのだろう。

 あの技術を私も身につける事が出来れば、理論上は私もエンチャントで似た事が出来る筈だ。


「──あの、クリムさん。相談なのですが……」




「……なるほど、確かに『なんか炎が飛ぶなー』ってやってたらいつの間にか【クレセント・アフターグロウ】を使えるようになってました!」

「そ、そんな雑な発想で発現してたんですね。あのスキル……」


 経緯はともかく、私としては同じような技を使えるようになれればそれでいい。

 是非ともクリムが最初に炎を飛ばす事に成功した技術を私も身につけたいのだと願い出ると、彼女は満面の笑みで頷いた。


「はい! それくらいなら全然良いですよ!」

「……あの、自分で言っておいてなんですが、本当に良いんですか? 結構奥義じみた事してるんですよ? 貴女……」


 ここまで素直に要望を聞いて貰ってばかりだと、流石に申し訳なくなってくる。

 確かに私はこれまで彼女の事を色々と助けて来た自負もあるが、それにしたってもうちょっと渋っても良いと思うのだが。

 そんな疑問を投げかけると、クリムは少し考え込み……やがて一つの条件を提示した。


「それなら交換条件を出しましょう! 私も一つ教えて欲しい技術があったんです!」

「なるほど、それなら平等ですね。勿論良いですが……そんな特別な事、私してましたっけ?」

「はい! 私が背後に回り込んだ時、正確に防御と反撃を熟していたじゃないですか。アレって、私の狙いと位置を背を向けたまま把握していたって事ですよね? 正直、どうやったのか戦ってる間もずっと気になってて……是非、教えてください!」

「あ、あぁ~……なるほど。アレですか……」


 なるほど、確かにクリムに私が教えられる技術として思いつくのはアレくらいかも知れない。

 ただ、アレは所謂『魔力の感知』の応用だ。クリムの攻撃によって発生する魔力の流れを感じ取り、攻撃の狙いとクリムの位置を知覚する技術。

 異世界の人間ならともかく、こちらの人間に魔力の感知が出来るのか分からないのがな……


(──いや、出来るかどうかは試してみなければ分からないか)


 もしも訓練次第でこちらの人間も異世界の人間同様に魔力の感知が出来るようになれば、悪魔との戦いで間違いなく頼もしい戦力になるだろう。

 私一人でチヨ達の本拠地に攻め入るより、仲間がいた方が良いに決まっている。……ここは可能性に賭けてみよう。


「……分かりました。ただ、これは技術以前に感覚の問題もありますので、同じ事が出来るようになる保証はありません。それでもよろしければ……」

「はい! ぜひ!」


 ニコニコと純粋な笑顔を浮かべるクリムに、私も可能な限り彼女の力になろうと決意を固める。

 そして、組手の疲れを癒すべく数分間の休憩を挟んだ後、コラボ配信は次の企画に入った。


「──では、やっていきますよ! 『相手の技術ラーニング訓練』の開始です!」

「お……、おぉーっ!」


〔ネーミングセンスェ…〕

〔『アセンディア』を閃いたのはやっぱり奇跡だったか…〕


 うるさいな。考える時間も無かったんだから大目に見ろよ。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 ホントに初登場の頃と比較したら、文字通り桁違いに強くなりましたなぁクリムちゃん…。 自分より格上の存在と戦い続けて強くなる…なんか孫○空みたいですね。あれ?そうなると初登場時から…
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