第169話 L.E.Oにて
「──それでは……この後L.E.Oの方にゴブリンキングの魔石の加工をお願いしに行くので、少し早めですが今日の配信はここまでです! また明日も見に来てくださいねー! ごきげんよう~!」
〔ごきげんよー!〕
〔ごき~!〕
〔ごきげんよう!〕
〔ごきげんよー!〕
チヨとの戦いに敗れ、武者修行と称して片っ端から魔物に喧嘩を売る内容となった土曜日の配信後。
腕輪の機能でロビーに帰り、乱獲した魔物達の魔石を換金した私は、宣言通り早速その足でL.E.Oへと向かって歩き始めた。
(──はぁ……)
黄昏時、茜色と紫色の入り混じる空の下。
夕日に照らされた都会を歩きながら、私は内心でため息を吐く。
仕事を終えて駅へと向かうスーツ姿のサラリーマン達の中、一人だけドレスアーマー姿の子供と言うのはさぞかし目立つだろう。
ダイバーと言う存在が周知されているこの世界では特別物珍しいという訳ではないが、やはりどうしても配信で映える為の装飾が溢れる衣装だ。どうしたって人目は引く。
(まぁ……仕方ないか。ちょっと面倒だけど、自分で対処した方が確実だしな……)
目的地へ向けて歩き続ける私には、様々な視線が向けられていた。
私の事を知っている人の好意的な視線や、着る高級車と呼ばれるドレスアーマーに向けられる好奇の視線。こんな時間に一人で都会を歩く子供を心配する視線に、何となく目を引く格好を一瞥しただけの視線。そして……
(……やっぱり、いくら人の視線に慣れたと言っても直ぐに分かるな。──悪意の視線と言うものは)
ねっとりと絡みつくような、不快な視線もまた、私の後方から絶えず注がれていた。
「──えっ、一日?」
「はい。金具の形状に拘りが無ければですが」
「その金具って、耳に引っ掛けたりする部分の事ですよね? そこのデザインに拘りは無いですけど……」
L.E.Oの受付にてゴブリンキングの魔石の加工を依頼した私は、受付女性の言葉に驚愕した。正直もう少し時間がかかると思っていたのだ。
「でしたら……明日の朝には受け取りに来ていただければ、ご期待に添えられると思います」
「わかりました、ではお願いします」
私がその予定で大丈夫だと伝えると、女性は受付にある端末をカタカタと操作しながら続ける。
「はい、承りました。こちら魔石の方の成型加工はお求めでないでしょうか?」
「加工……この魔石、普通の魔石と比べてかなり硬いんですけど、成形できるんですか?」
ゴブリンキングの魔石は、本来もっと巨大な物をギュッと圧縮したような魔力と硬度を誇っている。
それの加工ともなると相当難しいのではないか、と素人考えに心配したのだが──
「最新の設備でどんな魔石も飴細工のように加工が可能となっておりますので、余程複雑な形状でなければ可能ですよ」
聞けば元々魔法使いジョブが扱う杖に魔石を固定する際に使う物だが、形状に拘りを持つダイバーも多く、加工には慣れているらしい。
私はそれを聞いて少し考え、腕輪に指を添えた。
「──【ストレージ】。……この剣をデフォルメした感じに仕上げられますか?」
取り出したのはゴブリンキングの剣だ。
独特の輝きと風格を放つレイピアだが、そのデザインはローレルレイピア程複雑ではない。デザインの模倣だけであれば、比較的容易い部類だろうと考えられた。
「……はい。可能です。ご注文のアクセサリーですが、いざと言う時に使う武器としての品質をお求めでしたら、刃も備えられますが……」
「いえ、そこまでの本格的な刃は必要無いです。ただ、先端は鋭くしてください」
即座に私の意図を汲んでくれた辺り、アクセサリーにそう言う機能を求めるダイバーは多いのかもしれない。一種のロマンでもある為、気持ちは良く分かる。
注文の内容を記入しているのだろう。端末を再びカタカタと操作した女性は、やがてこちらに向き直ると告げた。
「それでは、デザインの資料用としてこちらのレイピアの写真を数枚程撮らせて頂いてもよろしいでしょうか。撮影後直ぐにお返しいたしますので」
「あ、はい。お願いします」
見たところ女性はダイバー経験がある訳ではなさそうなので、細剣とは言え金属の塊である武器を持つのは不安だろうと近くにいた男性警備員に手渡す。
すると彼は大切そうにゴブリンキングの剣を受け取ると、そのまま奥の部屋に消えていった。
「それでは今回のご注文の代金ですが……──こちらとなります」
「あ……えっと、後払いでも大丈夫ですか?」
「はい、問題ありませんよ。それでは受け取り当日、こちらの受付でお支払いください」
提示された金額を見て、今この場に『俺』がいない事を思い出す。
加工だけの注文とは言え100万円近くの代金は自分の口座を持っていない私には、その場でポンと支払えない金額だ。
おずおずと切り出した私の質問に受付の女性がにこりと頷き、了承してくれた事に心底ほっとする。と、その時だった。
「──ちょっと良いか?」
「? 貴方は……?」
奥の部屋から撮影を終えたのだろう、ゴブリンキングの剣を手に一人の男性が声をかけて来た。
つなぎ姿と言う高級感溢れたL.E.Oの雰囲気には若干のミスマッチを感じる服装と、いかにも職人と言った顔立ちをしたその男性は、私にゴブリンキングの剣を手渡しながら渋い表情で告げた。
「あー……っと、お客さん。アンタ、……じゃなくて、貴女……?」
「あ、話しやすい口調で大丈夫ですよ」
「……すまんな、先代から受け継いでずっとこの口調だからよ。今更矯正も出来なくてな。──って、んなこたぁどうでも良いか」
そう言って白髪の混じった頭をかきながら、男性は続ける。
「アンタ、この剣がとんでもねぇ代物だって分かってて手渡したのか?」
「はい。多分、トレジャー武器ですよね?」
「馬鹿野郎、コイツぁ──」
私の返答に対して呆れたように口を開いた男性だったが、そこに受付の女性が焦ったように割り込んで来た。
「ちょ、ちょっと!? 口調は仕方ないにしても、お得意様に向かって『馬鹿野郎』ってのは流石に聞き捨てなりませんよ!?」
「う、わ、悪かったって……! お客さんも、すまん。つい、な。忘れてくれ!」
「いえいえ! 大丈夫ですから、続けてください!」
等と言うやり取りを挟みながらも、男性の話を掻い摘むとこういう事らしい。
例のゴブリンキングの剣は紛う事なき『魔剣』……それも、最上位クラスの物だそうだ。
生憎と秘めた能力は腕の立つ職人である彼の眼にも計り知れないらしいが、値段を付けるなら最低でも数百億円になるとか。……魔剣なのは何となく分かっていたけど、そこまでの物とは予想できなかったな。
そんな代物を資料用の撮影の為とはいえ、一介の警備員にポンと手渡すとは何事かとわざわざ忠告に来てくれたらしい。
「可哀そうによ。あの警備員、コイツの価値知って腰抜かしちまった。ありゃ、今日は使いもんにならねぇぞ……」
「う……すみません」
そうか、この人がゴブリンキングの剣を返しに来てくれたのは、そもそも警備員の人が動けなくなってしまったからか……彼には本当に悪い事をしたな、と反省する。
と言うか、この人凄いな。そんな剣を持ってずかずかと平気そうに歩いて来たぞ……
「まぁ、そう言う事だからよ。次からこう言う時は自分で持ってきてくれ。──あぁ、後もう一つ」
来た時と同じように大股で奥の部屋に戻ろうとする男性。と、その直前にこちらを振り返り、私が手に持っているゴブリンキングの剣を指差して一言だけ告げると奥の部屋へ去って行った。
「その剣、早いとこ所有者登録済ませとけよ?」
「え、しょっ、所有者登録してないんですか!!?」
「あぁー……そう言えば、すっかり失念してましたね……」
『数百億ですよ!?』と驚く受付の女性にあははと笑いながら、ゴブリンキングの剣を腕輪に収納して考える。
(そう言えばこの剣にもちゃんと名前を付けてあげないとな。いつまでもゴブリンキングの剣って呼ぶのも……まぁ、なんか悪くない感じもするけども)
ゲームとかじゃあ結構あるからなぁ……『○○の剣』って名前。
あのゴブリンキングの名前ともども、今度の雑談配信でリスナーに相談してみようかな。
と、今後の配信の内容の事を考えながら、ここでの予定を済ませた私はゴブリンキングの魔石を預け、一先ずL.E.Oを後にするのだった。
(とりあえずこの後は一旦家に帰って、出直すとしよう。今夜は忙しくなりそうだ……)




