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第165話 仮面

「こんなところで会えるなんて、奇遇だね~!」

「そう言う貴女こそ、こんなところになんの用ですか? ダンスする為に来たという訳でもないでしょう?」


 能天気そうな表情で近寄って来たチヨだが、普段から頻繁に絡まれる私としては本当に『奇遇』なのか疑わしい所だ。……発信機とか付けられてないだろうな。

 まぁ、発信機云々は冗談だとしても、最低限の警戒は解かずに真意を探る。


「あー、さっきの? たまたまここの上空を通りがかったら丁度あの子たちが踊ってるのが見えてさ、ちょっと楽しそうだったから乱入したんだ~」

「は、はぁ……」


 まさかこの悪魔に戦い以外を楽しむ感覚があったとは……少々意外だったが、少なくとも一緒に踊っていた女性ダイバー達に何か被害が出ている訳でもなさそうなので、深く追求する必要も無いかと一先ず納得しておく。

 すると、今度はチヨの方が私の事について質問して来た。


「ヴィオレットちゃんこそ、ここに何か用?」

「……珍しいですね? 直ぐ戦おうとする貴女が私の事情を気にするなんて」

「んー……ちょっとね。まぁ、ヴィオレットちゃんなら大丈夫とは思うんだけどさ……」


 今までこんな質問をされた事も無く、問答無用で襲い掛かって来る事さえあったというのに……

 そんな思いからの軽い質問だったのだが、チヨから私の予想を超える言葉が返って来た。


「もし、この辺で『変な釜』を見かけても近付かないようにね」

「!」


 ……正直、頭のどこかで予感はしていた。

 あの大釜はダンジョンで自然に発生した物ではないと。さらに言えば、チヨ達悪魔に由来する物ではないのかと言う疑念さえ持っていたのだ。

 その悪魔から直接『祭器』を匂わせる言葉が飛び出した。

 アレがどういうものなのか、何の目的で存在しているのか……可能な限り情報が欲しい私は、少しでも情報を引き出すべく会話を続ける。


「『祭器』なら、洞窟の最奥から無くなっていましたよ。もしそこにあっても、私が直々に破壊していたでしょうけどね……」

「! ヴィオレットちゃん、祭器の事知ってたんだ!? 破壊かぁ……まぁ、破壊してくれるならあたしとしては助かるかな」

「? アレは貴女達悪魔が置いた物じゃないんですか?」

「ちょっと色々あるんだよね~……私にも、さ」


(……どういう事だ? 祭器の破壊がチヨにとって助けになる……?)


 少しでも情報を得ようとした結果、悪魔の狙いがより一層分からなくなってしまった。

 しかも、チヨの表情から嘘や誤魔化しの気配は無い。それどころか、寧ろ()()()()()()()()()()()()()()を僅かに明かしてくれたような雰囲気さえ感じられる。

 真っ直ぐに私を見る彼女の眼には、こちらの覚悟を測る様な真摯さがあった。


「──知りたい?」

「……っ」


 ゆっくり近づいて来たチヨに、至近距離で瞳を覗き込まれる。ただそれだけだというのに、妙に緊張してしまう。

 普段の振る舞いこそアレだが、やはり美人の眼には力があるのだと再確認させられた。


「──な~んて、ね。まだ秘密~!」

「なっ……」


 しかし、次の瞬間にはそんな謎のプレッシャーは霧散し、直ぐにいつもの調子に戻ってしまったチヨ。

 さっきまで踊っていたダンスを思わせるようにくるりと身体を回転させながら距離を取ると、改めて私に向き直る。その表情はまさに普段のチヨそのものだったが……


(……まるで、笑顔の仮面だな……)


 我ながら陳腐な表現だと思う。

 しかし先程の彼女を間近で見た私には、まさにそんな表現が今の彼女には相応しいと感じられた。

 それと同時に、彼女が今まで一切感じさせなかった素顔をチラリとでも覗かせたのは、私の何かが彼女の眼鏡に適ったのではないか……そんな予感がした。


「それじゃあ、面白くないお話はここまでにしてさ──折角会えたんだしそろそろ勝負しようよ! あたし達があったなら、やっぱり『コレ』でしょ?」


 そう言いながらファイティングポーズをとるチヨ。更に彼女はこちらを挑発するように……


「私と『お話』したかったら……あたしを倒してから、ね?」


 と、にやりと僅かに口角を上げた。

 ……気配が前までと違う。先程仮面を外したように、こちらでも本気を覗かせ始めたと言ったところか。


(──上等だ。私だって、以前までとは手札から違うのだ。少しでも隙を見せようものなら、この機会に()()まで持って行く!)


「……場所を変えましょう。戦いの余波でここの景色を破壊したくありませんから」

「オッケー! それじゃあ場所は貴女に任せるよ!」

「ありがとうございます。では、ついて来てください──【エンチャント・ゲイル】!」


 チヨの了承を受けた私は、結晶のホールや通路に影響が出ない場所まで移動するべく、風を纏わせたグリーヴで地を蹴るのだった。


「──な、なんかすごいの撮れちゃったね……」

「うん。チヨちゃんのダンスも……これってアップして良いのかな?」

「確認できなかったけど……ダンスの方は良いんじゃないか? チヨもノリノリだったし」




 ──上空を跳び続けて数十秒程。

 私の全速力に平然とついて来たチヨと共にやって来たのは、いつだったか晶窟のゴブリンキングが他のゴブリンキングと戦っていた平野だ。

 ゴブリンキングの魔法によって降った氷塊は既に溶けて久しいが、その戦いの痕跡は今も池や穴と言う形で残されている。

 ここなら先程の場所から十分に距離がある為、私達の戦いの影響が届く事はないだろう。

 私が平野に着地すると、チヨもまた一定の距離を空けて地に降り立った。

 腕輪からローレルレイピアと、つい先日修理を済ませて返って来たデュプリケーターを取り出し、チヨに向き直る。そして……


「行きますよ。──【エンチャント・ゲイル】、【エンチャント・フリーズ】、【千刺万孔】」


 最初から全力だ。

 左手のローレルレイピアに風を、右手のデュプリケーターに冷気を纏わせ、その両方に【千刺万孔】を発動して一気に距離を詰める。


「じゃあ、こっちも!」


 私がチヨを間合いに収める寸前、彼女の両手に風と雷が纏わりつく。風と雷のエンチャントだ。

 今までに使って来なかった戦法に、距離を詰める脚が止まりそうになるが──


(──動揺するな! 出来るのは当たり前だ! 前にも尻尾に雷を付与していたじゃないか!)


 寧ろ使って来なかった今までが手を抜かれていたのだ、と自分を奮い立たせる。

 『全力を出すまでもない』と侮られ、手加減され……追い詰められたようなフリまでして、『次こそは』と何度も戦いやすいよう感情を誘導までされていた。


(現にこちらは何度もレベルアップしていたのにも関わらず、実力の差が全く変わっていなかった! そして、そんなあからさまな事実に疑問さえ抱けなかった!)


 チヨは私相手にそれが出来る程、『格上』なのだ。出し惜しみなんてしていられない。


「──【ブリッツスラスト】!」

「ッ!」


 スキルの発動と同時に地を蹴り、攻撃のタイミングをズラす。

 虚を突いた筈のデュプリケーターでの一閃は、しかし風を纏ったチヨの左腕に弾かれてしまう。


(今のが間に合うのか……!)


 【ブリッツスラスト】の加速はグリーヴの【エンチャント・ゲイル】でアシストされているのにも関わらず、完璧なタイミングと対応だ。しかも……


(雷の右手での反撃……!)


 バチバチと帯電したチヨの右手による掌底が、私の腹部目がけて伸びてきている。


「く……!」


 左足で地を蹴ってサイドステップ。咄嗟の対応のせいで多少体勢は崩れてしまったが、何とか掌底を躱す事が出来──


「まだだよ」

「なっ……!」


 次の瞬間、一瞬で間合いを詰めて来たチヨの左の掌底が、私の腹部を的確に捉えた。


「あぐっ……!?」


 手首の捻りが風の魔力に伝わり、つむじ風となって私の身体を吹っ飛ばす。しかし、それと同時に──


「おっと……?」


 先程私のデュプリケーターを弾いていた左手は凍て付いており、彼女の膂力に耐え切れず砕け散った。

 悪魔であるチヨにとってこの程度の欠損はなんの痛痒にもならないだろうが、そのおかげか彼女からの追撃は無い。


「──【エア・レイド】……【エンチャント・サンダー】!」


 空中での高速移動の為に脚力を強化し、吹っ飛ばされた距離を詰めにかかる。

 それと共に、ローレルレイピアの属性を雷に切り替える。


「おお! 良いね、戦いの中で属性を使い分けるのは大事だよ!」

「言われなくとも……知っていますよ!」


 雷の性質を付与したローレルレイピアであれば、帯電するチヨの右手と接触しても私が感電する事は無い。

 実際の雷がどうかは知らないが、魔力の雷は同じく魔力の雷で干渉・相殺できるからだ。

 そして今の私にはデュプリケーターと言う、もう一つの攻撃手段がある。


「──【ラッシュピアッサー】!」


 二本のレイピアによる猛攻。加えて一突き毎に【千刺万孔】の効果で攻撃のコピーは増えていく。

 傷口が凍結し、左腕を再生できないチヨが捌き切れる数ではない筈……だった。




「いや……嘘、でしょう……?」

「んー……今のは惜しかったよ。ただ、ちょっと選択を間違えたね」


 チヨは無傷で立っていた。

 【千刺万孔】の攻撃を捌き切った……と言う訳ではない。ただ、単純に届かなかったのだ。


「今のは【ラッシュピアッサー】じゃなくて、【ブリッツスラスト】にするべきだったね。そうすれば、少なくとも今みたいに()()()()()()()()()()()躱される事は無かった」

「く……っ!」


 何も私だって棒立ちで攻撃していた訳じゃない。

 距離を取ろうとするチヨに追いつく為に脚は常に動かしていたし、【千刺万孔】に頼り切らず斬撃やフェイントも織り交ぜていた。

 時には【エア・レイド】を併用し、三次元的な攻撃だって仕掛けたというのに……その全てを距離を取られて躱されたのだ。

 こういう時はあの翼の便利さを痛感させられる。飛んだり急降下したり、普通であれば容易でない上下の回避を自在にするばかりか、地上でも羽搏きで後退の速度を高める事が出来る。姿勢制御も何のそのだ。

 確かにチヨの言う通り【ラッシュピアッサー】ではなく【ブリッツスラスト】を使っていれば、後退するチヨに追いつく事は出来ただろうが……正直、あの翼が自由に動く限り、それで仕留めきれたかは怪しい所だ。


「──さて、と……それじゃ今度は、あたしの番だね!」


 そう言ってチヨは風を纏わせた尻尾で凍て付いた自身の左腕を切断し、悪魔の再生能力で左腕を再生させると、こちらに向かって飛び掛かって来た。

 ……戦いはまだ、始まったばかりだ。

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― 新着の感想 ―
おっと、チヨとの会話はこっちだった、一気に書くからこうなる。結局戦うのは変わらないけど、随分手加減してくれてるのかな、それとも成長した?。
更新お疲れ様です。 やっぱりお付き合いならぬどつき愛な流れになるんですなぁ…。まぁ『仮面ライ○ー剣』の名場面の台詞を借りるなら、「俺とお前は、戦うことでしか解り合えない!」的な関係だから仕方ないです…
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