第164話 面倒ごと
私が先週の戦争で最後に座標を登録したのは、ゴブリンキングの国と洞窟を結ぶ直線上から少し外れたところにある、ゴブリンキングの国が見える丘の上だった。
洞窟に向かうゴブリンの行列から身を隠せる事から選んだ大きな岩の影に転送された私は、周囲に魔物の姿が無い事を確認するとドローンカメラに向かって告げる。
「さて、早速探索開始──の前に……実は先に一カ所だけ、様子を見に行こうと思っています」
〔お?〕
〔どこ行くの?〕
「結晶の洞窟にあるゴブリンの国です。あそこにも例の大釜があったので、早い内に破壊しておこうかと思いまして」
前回森のゴブリンキングの国にあった祭器を破壊した際に受けた洗脳の影響なのか、あの時は完全に記憶から消えていたのだが、大釜の祭器はもう一つあったのだ。
放置しておいても碌な事にはなるまい。何か良くない事が起こる前に破壊しておいた方が良いだろう。
〔洗脳されるって言ってたけど大丈夫?〕
〔なんか不安…〕
「前回の感覚からして多分近付かなければ大丈夫なので、遠くから岩でもなんでも【投擲】して破壊しますよ。丁度あそこの大釜は地下深くにあるので、遠距離から狙うにはうってつけですし」
〔なるほど!〕
〔確かにそれなら大丈夫そう〕
と、最初の目的地をリスナーに伝えた後、私は上空を移動しながら下層の様子を観察する。
眼下には先週までと比べても明らかに増えたダイバー達が魔物と戦ったり、白樹の収穫をしたりと各々の探索をしている様子が伺えた。
「色んな県から有力なダイバーが集まっているだけあって、下層の人口も増えましたね……」
この調子で人口が増えていけば『次のダンジョンの成長よりも先に最奥部を見つける』と言う私の目論見も、いよいよ現実味を帯びて来るだろう。
〔でもやっぱり一番強いのはヴィオレットちゃんだなぁ〕
〔空も飛べるしエンチャントって思ってたより便利みたいね〕
〔切り抜き色々見てきました!カーテシーして!〕
「それについては忘れて下さいねー」
新しく増えたのはダイバーだけではなく、リスナーもだ。
登録者も水曜日の配信からさらに増えており、どこかコメントの雰囲気も違って見える。
今はまだ違和感もあるが……まぁ、いずれこの感じにも慣れて来るだろう。
等と考えている内、目的地が見えて来た。
結晶の洞窟へと続く通路は上空から見れば巨大な岩場がひび割れ、その隙間から結晶の光が筋となって漏れ出している。
〔ここ上空から見ても神秘的なんだな…〕
「ですね~。前回来た時は地上ルートだったから気付きませんでした」
〔普通は上空ルートなんてのが無いんよ…〕
リスナーとやりとりを交わしていると、ここに初めて来た時の感動を思い出す。
ここで一度地上に降りて、あの時を振り返りながら結晶の通路を歩くのも悪くないが、今は大釜の破壊が最優先だ。このまま上空から直接結晶の洞窟があるホールまで行こう。
「っと、先客が居たみたいですね……」
乱反射する光に包まれた神々しいホールには、既に数人のダイバーが集まっていた。
ここの存在は私が配信で絶景として拡散してしまったからな……下層を探索するダイバーが増えた事で、ここを目的にやって来る者も増えたという訳だ。
「──あっ、オーマ=ヴィオレット……!?」
「えっ、本物……!?」
「マジ……!?」
私がホールの入り口付近に降り立つと、近くでドローンカメラを操作していたダイバー達が反応して振り返る。
彼等の顔に見覚えが無い事から考えると、どうやら渋谷のダイバーという訳でもなさそうだ。
渋谷ダンジョンに他県のダイバーが集まってきている事や、自身の知名度の高さを実感しながら、私は彼等に問いかけた。
「……見たところ、ダンス動画の撮影中でしょうか?」
「ええ。最近ここで撮ったダンス動画が流行ってて……もしかして、ヴィオレットさんもダンスですか?」
「い、いえ、私はダンスの方はあまり……」
前に一度ここで軽く踊っただけで散々な評価だったからな……
アレから特にダンスの練習をした訳でも無いし、今やってもまた『暗黒盆踊り』と呼ばれるだけだろう。
私は彼等の撮影中の動画に入らないよう、声量を抑えて彼等に事情を伝える。
「──という訳で、洞窟の奥に用事があるんですよね」
「なるほど……すみません。今の動画はついさっき撮り始めたばかりなので、もう少し待って貰えますか……?」
「勿論良いですよ。待つついでに参考にさせて貰いますね」
どのみち数分程度後回しになったところで何が変わる訳でもないだろう。申し訳なさそうに頭を下げる彼等に笑顔で答え、私はステージのようになっている広間に目を向ける。
踊っているのは女性ダイバーの五人組だ。彼等のクランメンバーなのか、年齢は近いように見える。
……まぁ、ダイバーの年齢を外見で判断するのは限界があるのだが、雰囲気からしてもそう的外れな推測ではない筈だ。しかし──
(これが流行りのダンスか……)
なんかパッと見た感じだと私でも踊れそうな振り付けだ。いや、まぁ流石に人間に運動神経で劣る事はそうそうないのだが、それを抜きにしても覚えやすくハードルの低い振り付けであるように思えた。
案外こういう『真似しやすさ』も流行を作る要素の一つなのだろう。自分にも出来そうだからこそ『やってみよう』と思わせる効果がある。
……そう言う点では私とは対極の売り方なのかもしれないな。
(……こう……かな?)
〔急にもぞもぞしてどうした?〕
〔くね…くね…〕
〔大丈夫?トイレ我慢してる?〕
「何でもないですよ……!」
どうしてちょっと真似しようとしただけでここまで言われるんだ。そんなに違うのか。
近くにいる撮影中のダイバーに視線を向けると、ノータイムで目を逸らされた。……そんなにか。そんなになのか。
(どうやら私には本格的にダンスのセンスと言うものが無いらしいな……)
そんなこんなで動画撮影の舞台裏を観察する事数分。
踊り終えた女性ダイバー達が手を振りながら駆け寄って来た。
「あのっ、オーマ=ヴィオレットさんですよね!?」
「いつも配信見てます! 握手してください!」
「えっ、あ、はい。良いですよ」
私のファンなのだろうか。手を差し出すと次々に手を握られ、その度に女性ダイバー達の歓声が上がる。
こういう機会は今までにも何度かあったが、人に求められている気がして私としても正直悪くない気分だ。
彼女達のキラキラとした目で見つめられると、私も出来る限り彼女達の要望に応えたくなってしまうな。
「あの! よろしければなんですが……この後一緒に踊りませんか!?」
「あ、それは無理です……」
「えぇーっ!?」
流石に散々な評価のダンスで混ざろうものなら放送事故一直線だ。
私のリスナーもコメントで〔やめとけやめとけ!こいつはダンスのセンスが悪いんだ!〕と制止しており、そのコメントを見た女性ダイバー達も何かを思い出したようにハッとした後、凄く気まずそうな表情になった。そんなにか。そんなにだったか。
「──という訳で、洞窟の最深部の調査だけしていこうと思ってまして……」
「そうだったんですね。お待たせしてしまって、すみません!」
「あ、いいえ。急ぐ予定でも無いですし大丈夫ですよ」
女性ダイバー達はこの後更に何曲か踊っていく予定らしかったが、私が事情を話すと快く順番を譲ってくれた。どちらにせよ撮影した動画の確認作業があるらしく、私が洞窟に入るまで待ってくれるそうだ。
「──【マーキング】。では、行ってきますね~!」
腕輪に現在の座標を登録すれば、帰りは彼女達の撮影に割り込む事も無くなる。
【マーキング】を済ませた私は早速洞窟を塞ぐ結晶をズラし、暗く長いスロープをランプで照らしながら最奥へと駆け出した。
随分と久しぶりに感じる結晶の王国跡地は静まり返っており、ゴブリンの残党が一体もいない事が直ぐに分かった。
〔凄い寂しい雰囲気だな…〕
〔こんなにがらんとするもんなんだなぁ〕
「戦争に負けた時点でこの国のゴブリン達は全員森のゴブリンの国へ向かったでしょうからね……もぬけの殻になるのもおかしな話ではありませんよ」
コメントとやりとりを交わしながら、国の中心である宮殿の周囲に掘られた穴の底を覗き込む。
本来薄暗い筈の洞窟だが、このゴブリンの国は所々街灯のように加工された結晶が突き出している為一定の明るさは確保されており、ここからでも身を乗り出せば何とか最深部の様子を確認する事が出来るのだが──
(? おかしいな……確か、あの石造りの装飾の中心に置かれていたと思うんだが……)
大釜を祀るように配置された彫刻には見覚えがあるのだが、そこに金属光沢を放つ祭器の姿だけが見当たらない。
……胸騒ぎがする。
「──【エンチャント・ゲイル】!」
〔ヴィオレットちゃん!?〕
〔遠くから破壊するって話じゃ…〕
グリーヴに風を纏わせ、最深部へとダイブする私を制するコメントが目に入るが、今はそれどころではないかもしれないのだ。
再び洗脳の攻撃に晒されないとも限らないが、今回は直接近くで確認しなければ正確な判断ができそうにない。
「──やはり……ここにあったはずの大釜が無くなっています……」
最深部に辿り着き、石の装飾の中心へと歩み寄る。
そこには『何か』が収まっていたのが分かる半球状の窪みだけがあり、その直径は私が見た祭器とほぼ同じ……ここから考えられる可能性は『既に誰かの手によって祭器が破壊されていた後』か、或いは──
「何者かが祭器を持ち出した可能性があります……!」
〔嘘やろ!?〕
〔流石に不味くないか〕
〔ここのゴブリン達が出ていくときに持って行った可能性は?〕
「勿論その可能性もありますし、森のゴブリンキングが祭器の破壊を命じた可能性もあります。現存しているかどうかも怪しいですが……暫く下層では気が抜けませんね……」
あのゴブリンキングであれば、戦争で直接戦った結晶の国のゴブリンキングが祭器によって進化していた事はあの時点で分かっていた筈だ。
……いや、それ以前。戦争中にこっそりと部下のゴブリンを結晶の国に向かわせていた事から考えて、あの時点で祭器を狙っていた可能性は高い。進化の可能性を潰しておけば、結晶の国のゴブリンキングが逃げ延びたとしても逆転の芽は無くなってしまうのだから。
(そうだ。何も悪い可能性ばかりではないのだ。今は頭の片隅に留めておくだけで十分……兆しがあれば、その時に今度こそ祭器を破壊すれば良いだけなのだから……)
内心で自分にそう言い聞かせながら、念の為に結晶の国の調査を続ける。
以前は探索出来なかった宮殿や、もぬけの殻と化した家々……流石に一つ一つ細かく調べた訳ではないが、やはりどこにも祭器は見当たらなかった。
「……仕方ありません。目的の達成は叶いませんでしたが、ここに祭器が無いというのは分かりました。一歩前進したと思いましょう」
〔だね〕
〔持ち出したのがゴブリンなら良いんだが…〕
コメントの一つが目に入る。
きっとこのコメントの主であるリスナーも、私と同じことを考えているに違いない。
(──『急激に強くなったダイバー』……バカな事はしていないと思いたいが……)
「……これ以上考えていても埒が明かないですね。今は探索に戻るとしましょう。──【ムーブ・オン "マーク"】」
下層が広くとも、上手くすれば例のダイバーと話す機会もあるかもしれない。
その時にさりげなく注意すれば良い。……と言うか、それしか出来る事がないのだ。
今は疑惑にも満たない段階。下手に追求すれば私も晴れて『迷惑系』の仲間入りとなりかねない。
(面倒ごとにならないと良いけど……)
そう思いながら、腕輪の転送機能で結晶のホールへと戻って来た私の目に飛び込んできた光景は──
「うわぁ~! チヨちゃん、ダンス上手いね!」
「へっへ~ん! こんくらい何て事ないよ!」
「羽とか尻尾の動きすっご! ダイナミックな表現できて良いかも……」
「私達も大きめのアクセサリとか付けてみる? 自由には動かせなくても振り付けと遠心力で──」
……何やってんだろう。あの悪魔は。
「──あっ、ヴィオレットちゃぁ~~ん!」
「うわ、見つかった……」
女性ダイバー達と一緒に踊っていたチヨが、私を見つけるなり手をぶんぶん振って駆け寄って来る。
どうやら早速面倒ごとがやってきてしまったようだ。




