第163話 戦利品の査定
「皆さん、ごきげんよう! 今日も私の探索配信に来てくださり、ありがとうございます!」
土曜日の13時丁度、私は渋谷ダンジョンのロビーにて探索配信開始の挨拶をしていた。
〔ごきげんよう!〕
〔ごき~!〕
〔今日はロビーから開始なんだ?〕
「雑談配信でもお伝えしましたが、今回は先週のゴブリン達との戦いで得た物の換金等もやってから本格的な探索に入る予定です! ゴブリンキングの魔石に関しては換金するつもりは無いんですが、査定だけはして貰うって感じですね~」
おそらく水曜日の雑談配信を見ていなかったのだろう。珍しい開始に疑問を持つリスナー達の為に、ここで改めて説明する。
そうこうしている内に同接数の上昇も安定し始め、待たせるのも悪いかと先に換金予定の魔石や戦利品だけ先に換金して貰う事にする。
配信でリスナー達にもそう伝えてから受付へと歩を進めると、周囲にいたダイバーや警備員達の一部の視線が私を追っているのを感じた。どうやら例のゴブリンキングの魔石にどれ程の値段が付くのか気になっているようだ。
「……え、えっと……こちらはダンジョン協会の受付です。今回はどのようなご相談でしょうか……?」
緊張を隠しきれない受付の女性の前に立った私は、先ずは換金を希望する魔石達を腕輪から取り出してはジャラジャラと専用のケースへと投入していく。
あの戦争で私達が戦った魔物はゴブリンキングの影響で強化されていた物の、その殆どはただのゴブリンだ。割に合わない話だが、当然魔石も一つ200円の超安物が殆どで、他の参加者達の中には換金の際に不満の声を漏らす者も居たようだ。
「──っと、一旦これで換金は全部でお願いします」
「あ、はい。少々お待ちくださいね」
『ゴブリンキングの魔石はこの後で』と説明した後はすっかり緊張も解れた女性職員は、受付に備え付けられたレジの様な機械をカタカタと操作し、程なくして換金額の査定を出してくれた。
「今回換金いただく魔石、合計1725個の換金額ですが……こちらの査定額になります」
「700万円ちょっとですか。まぁ、大半がゴブリンですからねー……」
〔やっぱり割に合わねぇ…〕
〔ゴブリンジェネラルの魔石は普通に高いけど他がなぁ…〕
特に今回は白樹の回収もしていなかったからな。純粋な魔石だけならそんな物だろう。
配信で見たところ魅國やウェーブダイバースが換金した巨大レッドスライムの魔石は一つ500万の価値が付いたらしく、今のところ一番の査定額が出ているようだ。
ゴブリンが持っていた白樹装備の換金で稼いだダイバーも多いらしく、今のところはゴブリンキングと言う大物を請け負った私が貧乏くじを引いたような形になってはいるのだが……
「──では、今回のメイン。行きましょうか」
〔待ってた!〕
〔間に合った!!〕
〔ゴブリンキングの魔石!!〕
ドローンカメラを意識しながら、ちょっと勿体つけて腕輪に指を添える。そして──
「──【ストレージ】! ……こちらは換金せず、査定だけよろしくお願いしますね」
「は、はい……! これが、本物の……!」
腕輪から取り出したのは、掌に乗るサイズの深紅の魔石……水曜日の配信でも見せたゴブリンキングの魔石だ。
『本物の』と言っている辺り、この受付の女性も配信を見てくれていたのかもしれない。
小さく一言『キレイ……』と漏らしつつも慎重にゴブリンキングの魔石を受け取り、検査用の機材にセットする。
その後、カタカタと機材を操作する音がロビーに響く。
この場には配信前のダイバーも多いのだが、その誰もが固唾を飲んで受付の女性が査定額を算出する瞬間を待っているようだった。……正直、私も今更になって緊張して来たな。
「──えっ……!?」
「ど、どうしましたか……?」
やがて機材を操作する女性の手が止まり、その眼が端末の画面に釘付けになる。
何か問題が起きたのだろうかと妙に不安を覚え、少し身を乗り出して尋ねると……
「す、すみません。一応念の為にもう一度……」
そう言って再び端末を操作する女性。
何かの操作を間違えたと思っているのだろうか。今度は一つ一つの操作を慎重に行っているようで、最初よりも査定に時間がかかっていた。
そして二度目の検査も終了し、女性は緊張を隠しきれない表情で先ず告げた。
「え、えっと、検査の結果なのですが……先ず、この魔石はゴブリンキングの物と認められませんでした」
〔!?〕
〔は?〕
女性の言葉にコメントが加速するが、私はその事については予想の範囲内だった為冷静に答える。
「あぁ、やっぱり……『未確認の魔物』と言う事ですよね?」
「は、はい。過去のデータベースとの照合でゴブリンキングの物と魔力のパターンが一致せず、その為今回の査定額はその希少性や学術的価値を考慮した物になります。その結果、この魔石一つの査定額ですが……」
女性はごくりと喉を鳴らし、声を震わせながらその金額を口にした。
「──さっ、30億円になります……!」
「さ……っ!?」
渋谷ダンジョンのロビーがざわつく。
私も耳を疑ったが、こちらへ向けられた画面には間違いなく『¥3,073,115,000』の数字。……いや、端数で7千万かぁ。
〔30億!?〕
〔やっばああああああああああ!!!!!〕
〔魔石一つ30億とか聞いた事ないんだが!?〕
私もこっちの世界に来て大分経つ。
世情にもそこそこ詳しくなったし、ダンジョン周りの事情に関しては積極的に調べた為そこらの一般人よりはよっぽど事情通になったという自負もあるが……
(ゴブリンキングの魔石って本来は確か1,500万前後だぞ……!?)
そして当然30億なんて金額、ポンと払えるような物ではない。
予め換金はしないと告げていたが、受付の女性はそれでも恐る恐ると言った様子で告げて来た。
「あ、あの……こちらもし換金いただくご予定でしたら、また日を改めてという事になりますが……!」
実際こんな金額を提示されて、それでも心変わりしないと言い切れる人が果たしてどれくらいいるだろうか。
だからこうして改めて確認と言う形で話を切り出したのだろうが、私の返事は変わらない。
「──いいえ。やっぱりこの魔石は換金せず、このまま私が持とうと思います」
〔マジで換金しないのか〕
〔一生遊んで暮らしても使いきれないかもしれん金額なのに…〕
〔でも確かにヴィオレットちゃんくらい強いなら稼ぐのに困らんからなぁ〕
「そ、そうですか……で、では、こちらを……」
私が明確にそう答えると、女性職員は検査用の機材から取り出した魔石をどこか名残惜しそうに私の方へと差し出す。
私はそれを確かに受け取り、そして腕輪に収納したところで……
「それと、新発見の魔物と言う事でオーマ=ヴィオレットさんに命名の権利が発生しますが、何か案はございますか?」
魔石の収納を確認し、ホッとした女性がそう切り出してきた。
「名前……」
以前、下層でレイドバルチャーを確認した時にも同じようなやり取りをしたっけと思い出す。
あの時は異世界での通称をこちらの言語に変換しただけだったが、今回はそう言う訳にも行かない。
彼は本来捕食をしないゴブリンキングが、『祭器』と言うイレギュラーによってレベルアップした結果誕生した魔物だ。異世界にも当然同じ存在は居らず、私自身の意思で名を付ける事になるだろう。
(シンプルに『ゴブリンエンペラー』と答えても良いけど……)
「うーん……今日はこの後配信もありますし、少し時間を貰っても良いですか?」
「分かりました。ではまた日を改めてご連絡ください」
以前から何度か考えていた名前ではあったが……なんというか単純にキングの上と言う印象でつけるにしては、彼と言う存在は唯一性が強すぎると思ったのだ。
私と同じ魔法、似た武器と戦い方……同じ存在が二度と現れないだろう彼に付ける名としては『ゴブリンエンペラー』は味気ない。
「名前……何か良い感じのを考えてあげたいですね」
深く礼をする職員の女性に背を向け、考えながら受付の前を空ける為に少し歩く。
〔キングの上ならエンペラーで良いんじゃない?〕
〔それだと全面戦争の時に見たもう一つのゴブリンキングはどうなるんだ?〕
〔あーそうかよくよく考えれば二種類いたな…〕
コメントの方でも色々な案が出ているし、参考にさせて貰うのも良いかも知れない。
……まぁ、そちらは後で考えるとして、だ。
「さて、魔石に関しては後ほどL.E.Oさんにイヤーカフに加工して貰うとして……早速予定通り探索に向かうとしましょうか!」
今日はあくまで探索配信なのだ。いつまでもロビーのままでは配信タイトル詐欺になってしまう。
私自身の意識を切り替える為にもカメラに向けてそう宣言し、腕輪に手を添える。
〔なんでそんなにいつものテンションでいられるんだ…〕
〔この後30億の魔石をイヤーカフに加工してって頼まれるL.E.Oの心境を答えよ〕
〔L.E.O「逃げたい」〕
〔盗まれないように気を付けてね…〕
「私からアレを盗めるなら真っ当に稼いだ方が良いと思いますけどね……──【ムーブ・オン "マーク"】」
そして、私は渋谷ダンジョンのロビーから姿を消した。
転送先はダンジョン下層。ゴブリンキングとの決戦前に登録していた座標だ。




