第161話 戦争後の雑談①
「──あら、帰ってたのね。チヨ」
「うん。ついさっきね!」
渋谷ダンジョンの奥深く。『自宅』のドアを開けたユキは、いつもより帰りの遅かった同居人の姿を発見すると声をかけた。
「今日は随分遅くまで見回りしてたのね?」
「まーね! ホラ、最近ゴブリンがやけに活発だったじゃん? ちょっと気になってさ、ついでにその辺の奴狩ってたりしたんだ~」
あっけらかんと『魔物を狩ってきた』と答えるチヨに、『はぁ……』とため息を吐きながらユキが釘を刺す。
「相変わらずのバトルジャンキーね……つまみ食いもほどほどにしなさいよ?」
「もうしないって。かなり強くなってたけど、それでも楽しくない相手だったし」
『楽しければつまみ食いするのか……』とでも言いたげなユキの視線を受けながら、チヨはストレッチするように体を動かし、やがてユキに向けて尋ねた。
「……何か消化不良だしさ、ちょっと組手しない? 本気でさ」
「嫌よ。私は貴方程戦闘が好きな訳じゃないもの。他の奴に頼みなさい」
「んー……分かった! ちょっと片っ端から戦ってくるねー!」
そう言って開けた窓の外へと翼を広げて飛び立つチヨを見送りながら、ユキは『はぁ……』と再びため息を吐く。
「本気の貴女の相手が務まるのなんて、もう一握りしかいないじゃないの……」
しかも、彼女の組手の申し込みは本来かなり強引だ。
ユキ相手だとそうではないが、他の悪魔相手だとかなりしつこく食い下がる。何なら弱みを握ってでも何度も戦おうとする事さえあるのだ。
『──ぅぎゃああーーーーーッ!!』
街の何処かから大きな音と共に悲鳴が上がる。
どうやら早速始まったらしいな、と考えながら、ユキは板ガラスの嵌まった格子窓をパタンと閉めた。
いくらチヨが『本気』とは言っても、あくまで組手は組手。互いに致命傷は避ける前提なので死にはしないだろうが、それでも攻撃を受ければ痛い事には変わりない。
純粋な戦闘力で言えば他の悪魔とどっこいどっこいなユキが、彼女のとの組手を避けるのも当然と言えた。
「同情するわ……チヨに目を付けられた悪魔には」
とは言え他人は他人だ。自分に被害が及ばなければ何処まで行っても対岸の火事。
直ぐに窓の外から微かに届く悲鳴に興味を無くしたユキは部屋に置かれた椅子に腰かけ、いつぞやのスマホが置かれた机の傍で、本棚から取り出した娯楽小説の世界に浸るのだった。
◇
「──皆さん、ごきげんよう! 今日も私の雑談配信に来ていただき、ありがとうございます!」
〔ごきげんよう~!〕
〔ごきげんよう!〕
〔日曜日のアーカイブから来ました!〕
ゴブリンキングとの戦争を終えた三日後。
水曜日の雑談配信で、私は早速その影響を実感していた。
(同接数もチャンネル登録者数も滅茶苦茶増えてる! やっぱりあれで他の県のリスナーがいっぱい入って来たのかな……)
日本中から実力者を集めただけあってやはりあの戦争の話題性は高く、数時間にわたる戦いの間はSNSのトレンドにも上がり続けていたらしい。
そのおかげなのだろう。日曜日以前でも三百万人以上の登録者が居た私のチャンネルだが、今確認するとその数が更に倍以上に増えていた。
「いや~……配信前にも思ってましたが、登録者数も同接数も凄く増えてますね。流石にちょっと緊張します」
雑談配信で最初から数十万人に見られていると思うと、いくら最近大勢に囲まれる事に慣れて来た私でも少し落ち着かない気分だ。
〔何をいまさらw〕
〔ゴブリンキング戦の時の同接数は今の五倍はあったんだよなぁw〕
〔あれはマジで日本中のダイバーリスナーが見てたと思うわw〕
〔カメラ壊された所為でかなり減っちゃったけどなー〕
「そんなに居たんですか!?」
聞けばどうやら、ゴブリンキングの竜巻の魔法でカメラを壊されて配信が強制中断された時、『今ので負けた』と勘違いした初見のリスナーの大半が離れてしまったのだとか。
一方で私の配信を普段から見てくれているリスナーにとってはカメラの破壊は日常茶飯事と言う事で、配信再開時に直ぐ枠を見つけてくれたようだ。
「流石私のリスナーですね……いや、別に好きでカメラ壊してる訳じゃないんですけどね?」
原因の大半はチヨだしな。
と言うか、クリムや春葉アトとの戦いでは魔法の使用を控えているから彼女達のカメラは無事なのに、なんで私の時だけ……
〔そんなにカメラ壊すんだ…〕
〔どおりでやけにリスナーが落ち着いてると思ったw〕
「私が下層に行くと高確率でチヨって言う悪魔に絡まれるんですけど、彼女の魔法でほぼ毎回カメラを壊されちゃうんですよね……なので普段から大量のドローンカメラを腕輪に入れてるんです」
と、初見のリスナー達に向けて軽く説明していると、一つのコメントが目に入った。
〔そう言えばゴブリンキングの国に向かってる時珍しくチヨ来なかったな〕
「……確かにそうですね。いつもなら私が跳んでると『お~い!』って飛んできそうなものですが……」
あの時は一刻も早くゴブリンキングを倒そうと必死だったから考えもしなかったが、言われてみれば彼女が襲って来なかったのはかなり気になる。たまたま都合が合わなかったとかだろうか。
(だったら毎回そうであって欲しいけど……まぁ、無理だろうな……)
「んー……考えても仕方ありません。運が良かったんでしょう、きっと」
〔せやな〕
〔今度会った時に聞いてみよう〕
〔答えが出るのは土曜日かぁ〕
「絡まれる前提ですか……」
そんな感じでオープニングトークを済ませている内に同接数の増加も安定し始めたので、この辺りでリスナー達の関心も高いだろうと思っていた話題をこちらから切り出す。
「さて、皆さんもそろそろ気になっていると思いますので、私が戦ったゴブリンキングについて話していきましょうか」
〔待ってた!〕
〔どうやって倒したの!?〕
〔ゴブリンキングもヴィオレットちゃんも滅茶苦茶強かった!〕
案の定、今回私の配信に来てくれたリスナーの興味の中心は、配信の中断によって不明のままとなっていた私達の戦いについてのようだ。私が話題を出しただけでコメントの食いつきが凄い。
しかし当然ながら本当の事を話す訳には行かない為、私は予め皆に話す為の内容を考えて来ていた。
「多分配信が途切れたのは竜巻の魔法を受けた辺りですよね? なのでそこから話すんですけど──」
今回リスナー達に話す内容の内、偽装するべきは『自前の翼で空を飛び、ゴブリンキングの虚を突いた』と言う一点だ。
とはいえ配信の中断のおかげでこの辺はどうとでもなる。
ゴブリンキングの攻撃に合わせて使用した【エア・レイド】と【エンチャント・ゲイル】の組み合わせでギリギリ背後を取る事に成功したという事にして、最終的にはあの結晶の湖の畔に【エンチャント・フリーズ】で固定したという決着に繋げる。
これだけだと何かゴブリンキングの実力が随分グレードダウンしてしまうので、その辺はゴブリンキングが実際に使った自身の腕へのエンチャントや、【千刺万孔】を使ってその猛攻を凌いだ話を強調して伝える事で補った。
そして最後の【エンチャント】に関してはぼかす形で、アーカイブにも残らなかった戦いを補完する。
〔千刺万孔使ってやっと凌げるってマジか…〕
〔あれなかったら負けてたんやな…〕
〔って言うか腕にエンチャントとか出来たんだな〕
〔元々脚にエンチャントしてたし出来ない道理はないか〕
〔ヴィオレットちゃんは腕にエンチャントってしないけど出来なかったりするの?〕
「腕に直接のエンチャントですか……多分ですけど、普通に私もその属性の影響受けちゃいますね。実際あの時のゴブリンキングの腕って常に切り傷が作られては再生していましたし、人間の身体でそれをやったら腕が一瞬でボロボロになりますよ」
〔ひえっ〕
〔ゴブリンキングの再生力ありきかぁ〕
〔ガントレットとか手袋とか使えば再現できる?〕
「あー……確かに、先端が爪のように鋭いガントレットであれば同じ事は出来そうですね。ただ、それだと剣の扱いに影響でそうですし、【千刺万孔】を使う事を考えると私は今のスタイルの方が向いてそうです」
〔ゴブリンキングの魔石見てみたい!〕
「あ、そう言えば戦った後も色々あった所為で、まだ皆さんには見せられていませんでしたね」
コメントのおかげで思い出したが、確かに私が配信を再開したのはゴブリンキングから魔石を回収した後だった。
その為、今のところ彼の魔石を見た事があるのは私だけなのだ。
丁度それについても話そうと思っていた事があったので、私は早速腕輪からその魔石を取り出し、良く見えるように机の上にコトンと置く。
「──【ストレージ】。……これがその時に入手した『ゴブリンキングの魔石』です」
それは掌に乗る程の、彼の実力から考えれば小さな魔石だ。……しかし、そこから感じる魔力やオーラは、私や『俺』がこれまで見て来たあらゆる魔石の輝きが霞む程の物。
形状は正八面体をやや細長くしたもので、既にカットされて形を整えられたような綺麗な菱形のシルエットが特徴的だ。
その色はルビーを思わせる深い紅色であり、透き通ったそれは魔石でありながら最高級の宝石以上に人を魅了する美しい輝きを放っている。
〔これ魔石なの…?〕
〔綺麗〕
〔最高級のルビーとかじゃないんかこれ…〕
〔ゴブリン同士の戦争でゴブリンキングが拾ってたのと全然違うじゃん!?〕
私もこの魔石を見つけた時は目を疑った。
しかしこの魔石が発する風格と魔力からは確かにこの手で討ったゴブリンキングと同じ気配を感じた為、間違いない。これは魔石なのだ。
「私が思うに……あのゴブリンキングはもうゴブリンキングの枠に収まる存在ではなかったんでしょうね。きっと更に一つ上の段階に到達していたんだと思います」
大釜によって種の限界さえも超えた結果、魔石の形が完全に変質したのだろうと言うのが私の辿り着いた結論だ。
きっと本来ならばこの部屋に収まりきらないサイズだっただろう魔石が手に収まるサイズまで凝縮された結果、ここまでの美しさと存在感を放つようになったのだろう。
〔なるほどな〕
〔文字通り別格だったか〕
〔この魔石換金したらとんでもない値段になるぞ!〕
そして、こんな魔石を見れば当然出て来るだろうと予想していた換金の話がコメントから上がる。
ここ最近は戦争に参加したダイバー達が、当日できなかった戦利品の換金で話題を作っていたからな……ゴブリンジェネラルの魔石がかなり良い値段で換金されたり、入手した白樹を素材に装備を新調すると言った話題もよく見かけた。
だから同じく戦利品であるこのゴブリンキングの魔石に関しても、値段の予想がちらほらとコメントに見られるようになったのも自然な流れだろう。だが──
「あ、コレは言っておこうと思っていたんですが、私この魔石は換金するつもりないんですよね」
生憎と私自身にこの魔石を手放す気が無い為、その旨はこの場で宣言しておこうと思っていたのだ。
〔そうなん?〕
〔一生遊んで暮らせそうだけど…〕
「なんと言うか、この達成感を手放したくないというか……」
魔石は換金するもの……そう言う認識でいるリスナーやダイバーは珍しくない。
しかし、実際に強敵として認めた相手を倒し、その魔石を手にした時、『それ以上』の価値を見出す者も居るのだ。
〔あー…わかる〕
〔確かに魔石ってある種のトロフィーみたいなところあるもんなぁ〕
〔ダンジョンの主とかの魔石は取っておくダイバーも多いしな〕
「はい。……それに折角見た目もこの通り美しい訳ですし、このままアクセサリーにでも加工して貰おうかなと思ってます」
イメージとしてはイヤーカフだろうか。
この魔石の頂点に金具を取りつけ、片耳に付けるのだ。黒が基調の私のドレスアーマー姿にこの深紅の輝きは、きっと映えるだろう。
〔これって加工するなら宝石店で良いのか?〕
〔ダンジョン由来だからなぁ…案外オーダーメイドの装備を作ってくれるL.E.Oとかの方が良いかも〕
「あ、それでしたらデュプリケーターの修理依頼を出すついでにお願いしておけば良かったですね……」
確かにこれを宝石店の機材で無事に加工できるかは分からないので、任せるとしたらL.E.Oだろう。
折れたデュプリケーターを預けた月曜日についでに渡しておくべきだったかと思ったが、しかしそうするとこの配信で魔石のお披露目も出来なかった辺り、中々タイミングと言うのは難しい物だ。
〔アクセサリーにするのに異論はないけど、それはそれとして換金したらいくらになるのかは気になるなぁ…〕
〔↑分かる。査定だけして換金しないとかって出来ないのかな〕
〔↑一応出来た筈。受付で査定だけ頼めばしてくれるし、その後換金したければしてくれる〕
「へぇ~、そうなんですね。うーん……そう言う事なら、今度の土曜日の探索開始前にでも査定だけして貰いましょうか」
当然どれ程の値段が付けられようと換金はしないが、リスナーもかなり気になっているようだし査定だけして貰おう。
アクセサリーとして身に着けるのは後回しになってしまうが、少し待つくらいであれば良いだろう。
〔おお!〕
〔値段楽しみ!〕
〔次回の配信は遅刻できないな〕
結果論だが次の配信の良い宣伝にもなったのではないだろうか。
コメントの盛り上がりに、この判断は間違っていなかったと確信する。
戦争をきっかけに今回増えたリスナーだが、どうやら今のところ私の『強さ』に惹かれている人が大多数のようなので、こうして次の探索配信へのフックを作ってチャンネルに引き留めておかなければ。
(……さて、ゴブリンキング関係についてはこのくらいで良いかな?)
そろそろ最近渋谷ダンジョン界隈を賑わせている、下層の変化についての話題に移るとしよう。
思った以上に長くなった雑談回。次回に続きます。




