第140話 人鬼戦争⑤
「──【パワースラッシュ】! 【ストレージ】! ……ふぅっ、残りは!?」
「……いや、居ない! 今ので最後だ!」
「! そうか、やっとか……!」
今しがた倒した個体が最後のゴブリンだった事を確認したソーマは、一先ずの安心から小さくため息を漏らした。
(……いや、気を抜くのは早い! まだ俺達の前には……!)
緩みそうになる気を再び引き締めて、ソーマは正面の巨大なレッドスライムに向き直る。
幅5mはある洞窟を塞ぐように佇む巨体からは、時折触腕の様な粘液の塊が勢い良く飛び出し、自重を支えきれずに地面に落ちては本体へ戻っていく。
あれ程の巨体ともなると全身を動かすのが億劫なのか、そうやって彼等を捕食しようとしているのだ。
ゴブリン達との戦いの最中にもそうやって幾度となく捕食を試み、新たに数体のゴブリンが捕食されたりもしていた。
「──ッ、【パワースラッシュ】!」
そして、今正に自身を喰らおうと伸ばされた粘液を回避したソーマは、反撃としてその触腕を半ばで切り落とす。
「ソーマ、ナイス! ──【ファイアーボール】!」
本体からの接続を絶たれ、地面にどちゃりと落ちた粘液にダイバーの一人が【ファイアーボール】を放つと、粘液はまるで悶えるようにボコボコと蒸発し……やがて消滅した。
これもレッドスライムの体積を減らす為のプロセスであり、ここまでの戦いで彼等が培ったノウハウの一つだった。
「サンキュー、ビート!」
「良いって事よ。ただ……やっぱり減ってる気がしねぇよなぁ……」
「ああ、何とか核に攻撃を当てなきゃならないんだがな……」
ゴブリン達を殲滅した事で、いよいよダイバー達が本格的に向き合う事になったレッドスライム。
レッドスライムに限らずスライムの動き自体は鈍く、奇襲さえ回避してしまえば攻撃を躱すのは比較的容易な部類だ。だが、その体内を核が泳ぐ際の動きは非常に機敏であり、例え目視で位置が分かったとしても捉えるのは簡単ではない。
そんな核がこの山のような巨体の中の何処かにあるのだ。今のままでは到底攻撃を当てるなど不可能。
だからこそ、この巨体を少しずつでも削って行かなければならないのだ。
「ヴィオレットーー! こっちのゴブリンは片付けたぞーー! そっちはどうだぁーーッ!?」
「すみません! まだ少しかかります! ですが、ゴブリンや魔石の捕食は十分防げますので、始めちゃってください!!」
「わかったーー!!」
洞窟の天井付近。レッドスライムの巨体が届いていない隙間に向けて声を張り、状況の報告をしあう二人。
ヴィオレット側の状況を簡単に把握したダイバー達は互いに頷き合うと、前衛と後衛に分かれて陣形を整える。そして──
「──【ファイアーボール】!」
「──【ファイアーボール】!」
「──【プラズマ・レイ】!」
「──【フレア・ガトリング】!」
「──【プロミネンス】!」
「──【バーン・ウェーブ】!」
炎魔法を扱えるジョブのダイバー達が一斉に魔法を放ち、レッドスライムを攻撃する。
「──ッ!!」
それに反応したレッドスライムはダイバー達に向けて粘液の触腕を伸ばすが、それに対して動いたのは前衛に布陣されたダイバー達だ。
「──【シールドバッシュ】!」
「──【パワースラッシュ】!」
「──【クレセント・アフターグロウ】!」
触腕の前に立ちはだかり、盾を構える者。スキルの力も借りて触腕を切り裂く者。手の届かない高所からの攻撃にカウンターを撃ち込む者。
それぞれが被害を食い止めるための最善を見極め、経験に裏打ちされた判断力で対応していく。
「まだまだ!」
その中でもクリムの攻撃は特に苛烈だった。
レッドスライムが迎撃に放った触腕を【マジックステップ】による予測不能な軌道で掻い潜り、焔魔槍で焼き切りながら距離を詰める。
「──【ラッシュピアッサー】!」
そして至近距離からの連続突きによりレッドスライムの注意を引きつけると、再び【マジックステップ】による回避で距離を取る。彼女はこうしてレッドスライムの体積を削ると同時に、そのヘイトを引きつける事で後衛に攻撃が向かう頻度を減らしていた。
その分彼女に向かってくる触腕の攻撃も苛烈になっていくのだが……
(……よし! ワイヤーの操作もかなり慣れて来た!)
彼女には自身の四肢の他にも、『もう一つの手足』と呼べる程に扱い慣れた焔魔槍のワイヤーがある。
地面や壁面、更には天井に伸ばしたワイヤーは蜘蛛糸の縦糸と横糸の性質を彼女の意思で自在に切り替えられる優れものだ。
へばり付けたワイヤーを操作すれば着地のタイミングをずらしたり、空中で動きを変えたりと言った人間離れした動きも可能となり、【マジックステップ】も織り交ぜたその動きは彼女に向かう触腕が二桁に迫っても捉えきれていなかった。
「うわ、あの武器便利そう……」
「あれが前に噂になってた鋼糸蜘蛛の焔魔槍か……ヴィオレットのエンチャントで進化したんだっけ?」
「一応その時に倒した蜘蛛が原因って説もあるらしいぞ? 実際、他に確認された例もないユニーク個体だったとか」
「マジかよ。渋谷ダンジョン夢あるなぁ……」
今回渋谷以外から参戦し、クリムの戦いを初めて見たダイバー達がその戦いっぷりに感心や羨望の声を漏らしていると、彼等のクランを率いるリーダーが一喝した。
「お前等、戦闘中だぞ! 私語は慎め!」
「すんません、リーダー!」
「そうは言ってもリーダー。あの子のおかげでこっちに来る攻撃かなり減ってますし、現状出来る事が少ないんすよ」
「それはそうだが、あの子もいつまでもあの動きが出来るとは限らんだろう。いざと言う時直ぐにフォローに入れるよう、心構えくらいしておけ」
手持無沙汰になってしまった際に場を繋ごうとしてしまうのは、ダイバーを含む配信者としての職業病に近い。
それを理解しているリーダーも彼等を必要以上には責めず、軽い注意にとどめた。
事実として、クリムに殺到する触腕の数は増える一方で、彼女が攻撃に転じる隙も減ってきている。
「クリム! 危なくなったら直ぐに腕輪で撤退しろよ!」
「はい! まだ大丈夫です!」
クリムの動きを完全に予測できる者は今この場には殆どいない。それはつまり、彼女のアシストが出来る仲間も限られると言う事だ。
下手に近付けば彼女の回避を阻害する事になりかねず、足を引っ張らない為にも彼女を助けに入れない。
しかもスライムの攻撃を受けてしまえば、最悪口が塞がれて即座の撤退が出来ないのだ。スライムの攻撃が激しくなるほど、彼女を見守るダイバー達の緊張もまた高まっていく一方。そんな時、一人のダイバーの声が響いた。
「今、こちらのゴブリンの掃討も完了しました! これから援護に入ります!!」
「! ヴィオレットさん……!」
◇
レッドスライムの向こう側から聞こえる声や、魔力の感じからしてクリムがかなり危ない役目を買っているようだ。
ゴブリンの掃討も終わった事だし、早くこちらからもアクションを起こさなければ。
「……で? 援護に入る言うても、実際どうするんや? ウチ等の武器やとかなり近付かなあかんで?」
「それに関しては私に考えがあります。──【ストレージ】」
自身の双剣を示しながら尋ねて来たティガーに、腕輪から取り出したアイテムを見せる。
「なんやこれ。カラーボールか?」
「はい。防犯用の奴ですね。中に液体が入ってます」
前回下層のダンジョンワーム戦で使い切って以来、使う機会がすっかりなくなっていたカラーボールだが、ダンジョンの探索では何が起こるか分からない為、それからも買い足して腕輪に貯蔵しておいたのだ。
私はカラーボールを手に疑問符を浮かべるティガーに、使い方を説明する。
「──という訳で、これを即席のナパームにして奴の身体の内側で炸裂させます」
「えっぐいこと考えるなぁ自分!?」
自信満々に告げた策だったのだが、何故かティガーはドン引きしていた。解せぬ。




