第130話 進化
ある日の水曜日。
まだ雑談配信の時刻まで余裕がある午後2時頃、私はリアルタイムでSNSを盛り上げている一つの配信を見ていた。
『──ご覧ください、この大迫力! 荒野を埋め尽くして余りあるゴブリン達の、壮絶な白兵戦です! 遠い昔の時代、我々人間の世界でも戦争の主流だった白兵戦がこの現代に──いえ、今正に! 我々の目の前で繰り広げられているのです!』
それはゴブリンの国同士がぶつかる戦争の様子を中継、実況しているダイバー『ジャーナ』の配信であり、かつてない規模の乱戦に、平日昼間にも拘らずコメントは大盛り上がりだった。
〔これ今までのゴブリン戦争で一番規模デカいんじゃね?〕
〔ジャーナも実況盛り上がってんなぁw〕
〔最新の下層マップによると、今ぶつかってるのが最後のゴブリン国なんだっけ〕
〔↑未確認の国が無ければこれが戦争見納めの可能性ある〕
〔これ配信に収められて本当に良かったな〕
〔ジャーナ持ってるわw〕
コメントでも言及された通り、今ぶつかっている二つの勢力は現在確認された中で最後まで生き残った国同士……それも何の偶然か、両方とも私が発見した国同士の戦争だった。
(『森の国』と『結晶の国』か……)
私が戦争でゴブリンキングが出払っていた結晶の国に侵入した数日後、あの時の戦争は結晶の国の勝利で終結したと言う情報がSNSを駆け巡った。
どうやら私が配信に載せた結晶のステージでひとバズりを狙った女性ダイバーが、たまたま討ち取ったゴブリンキングの魔石を運ぶ大軍を配信に収めた事でそれが発覚したようだ。
更にその後。勝利を収めた結晶の国から暫くして、そろそろほとぼりも冷めただろうと改めて結晶のステージでひとバズりしようとした女性ダイバーが、今度は結晶の国から遠征開始する大軍勢を配信に収めると言うミラクルを発揮。
そこで映像に収められた進軍の戦闘……ゴブリンキングの異様な姿は、またもSNSを賑わせた。
(あの映像の通りだ……──あのゴブリンキングは、私の知っているゴブリンキングじゃない……)
私が以前戦った森の国のゴブリンキングは、ゴブリンジェネラルよりもやや体格が小さく、しかし均整の取れた所謂『細マッチョ』体系の偉丈夫だった。
しかし現在結晶の国を率いるゴブリンキングは、ゴブリンジェネラルよりも体格が大きい。
恐らくここに来るまでに見つけたのだろう、どこかから引っこ抜いた白樹をそのまま棍棒のように振り回す姿は、無手の勝負を挑んできたあの時のゴブリンキングとどこまでも対照的だった。
◇
──時は約一週間前に遡る。
『王! 流石! めでたい!』
『万歳! 我らが王、万歳!』
戦争に勝利し、結晶の国へと凱旋したゴブリンキングを迎えたのは、出発した時より僅かに数を減らしたゴブリン達の喝采だった。
『……何があったか、報告せよ』
『はっ! 実は──』
戦争中の留守を任せていたゴブリンコマンダーからの報告を受けたゴブリンキングは、忽ち激昂した。
『我の留守を狙い、国を襲うとは何と卑怯な……! 何処の手の者か見当は付いているか!?』
『は……最後の襲撃後、敢えて泳がせた奴らの跡をつけ、凡その事は把握しております』
『……解った、貴様の判断を評価する。その連中に報復するのは当然として、今は先にこいつだ』
そう言って部下に運ばせている大きな魔石をゴブリンキングが目で示すと、その意図を察したゴブリンコマンダーは恭しく頭を下げる。
『! ──直ぐ、皆を集めます』
『うむ、我等は先に行く』
この場に居ない部下を集める為に下がったゴブリンコマンダーを見送る事もせず、ゴブリンキングは周囲の部下を率いて国の最深部へと続くスロープを悠々と降り始める。
途中に横切った居住用の部屋から時折り小さな歓声が上がると、そこに居たゴブリン達も一行の末尾に加わって行き……彼等が最深部の大釜の元に辿り着いた時には、部下を呼びに行ったゴブリンコマンダー達も追いつき、国中のゴブリンが集まっていた。
『王の核を』
『はっ!』
ゴブリンキングの指示によりその傍に敵国のゴブリンキングの魔石が置かれると、彼は大釜の前に立ち両腕を広げて語り掛ける。
『偉大なる我らが王の名の下に、小さき命の欠片達をここに捧げまする。大いなる意思の一部となれるよう、どうかお受け取り下さい』
続いて他のゴブリン達が大釜の傍へと集まり、戦場でかき集めて来た無数の魔石をザラザラと大釜の中へと注ぎ込んだ。
大釜の内側は大量の魔石で満たされ、最後にその上にゴブリンキングの魔石が置かれると、暫くして大釜の底に穴が開いたように魔石の嵩がみるみる内に減って行く。
その様子を喜悦を湛えた笑みで見つめていたゴブリンキングは、やがて大釜が再び空っぽになった事を確認すると、続いて自ら大釜の中にその身を沈める。
そして続く彼の言葉により、儀式は最後の段階へ移行した。
『捧げられし命の欠片よ、契約に従い今こそ器に満ち、我が身にその力を宿したまえ!』
次の瞬間、まるで先程の光景の逆再生をしているかのように、大釜の底から魔石と同じ輝きを放つ液体が突如として湧き始めた。
濃密な魔力を秘めた液体は大釜をなみなみと満たし、ゴブリンキングは頭までその液体に浸かる。
そうしている間にも大釜の底からは液体が湧き出し続けているが、しかしそれが大釜の外に溢れる事は無い。
溢れる筈だった液体は全て、ゴブリンキングの体内へと吸収されているのだ。
無数の魔石を溶かしたかのような液体は、その魔力と共に彼の全身に染み渡り……彼の核たる魔石をもその魔力で包み込む。
液体に浸る彼の表情が歓喜に歪む。
……やがて、大釜を満たしていた液体の嵩は徐々に減り始め、ゴブリンキングの姿が露わになった。
『フー……ッ』
ゆっくりと立ち上がったその身体は彼の部下の誰よりも大きな物へと変化し、華美な装飾のような凹凸が刻まれた角の王冠と、隆々とした筋肉は触れるだけで圧し潰されそうなプレッシャーを放っている。
変化は外見や単純な膂力に留まらず、彼の身体から発散される魔力はもはや、ゴブリンと言う種を超越した存在であると感じさせる神々しささえあった。
『お、おぉ……!』
『王……!』
『戦神だ! 王は神になられた!』
彼の睥睨を受けたゴブリン達は一様に平伏し、その存在を讃えた。
その光景と、自らの内に満ちる力に満足気な笑みを浮かべたゴブリンキングは、大釜に僅かに残った液体を足で吸い取ると、その外へと一歩踏み出した。
『支度をせよ』
『は……?』
『我の居ぬ間にこの国に土足で踏み込んだ、愚か者共を誅する支度だ』
『! ははぁっ!』
内から湧き上がる全能感が告げるまま、彼は更なる闘争を欲し、数分後には再びの遠征に赴いた。
目指す先は森の国……度重なる戦争と遠征ではあったが、彼はもう誰にも負ける気がしなかった。
彼の軍が森の国に到着したのは、それから一週間後だった。
彼一人であればもっと早くに到着できただろうが、彼の部下達の行軍速度は彼ほど速くない為、そちらに合わせた結果だ。
先の戦争で敵の国のゴブリン達をも傘下に取り込んだ彼の軍は恐ろしい規模に達し、荒野に広く展開したその姿は森の国を完全に包囲出来るのではと感じさせるほどだった。
当然、それ程の軍の接近に森の国の斥候が気付かぬ筈も無く、知らせは直ぐに森のゴブリンキングの耳に届いた。
(軍の規模の拡大に加えてこの気配……送り込んだ部隊が帰還しなかった事で予想は出来ていたが、どうやら奴らの祭器を破壊する計画は失敗に終わったか)
ため息混じりに立ち上がったゴブリンキングは、彼の宮殿前に集まるゴブリン達を激励するべく声を張り上げた。
『臆するな! いくら数が増えようと、奴らも貴様らと同じゴブリンに過ぎん! この国が誇る武器と設備、それに貴様らの経験を合わせれば対処は容易だ!』
『オォーッ!!』
ゴブリンキングの性質によって知性を高めているとはいえ、元来ゴブリンの思考は至極単純な物。彼の激励一つで恐怖や不安が吹っ飛んだ彼等は、手に持つ武器を掲げて勝鬨を上げる。
しかし数では向こうに軍配が上がる事実は覆せない。もしもあの大部隊が陽動で、別動隊に自分達の祭器を破壊されては堪らない。
そう考えたゴブリンキングは、ここで思い切った決断を下す。
『戦場はしばらく貴様らに預ける。……我はその間に祭器にて儀式を行い、力を得て戦場へ向かおう』
目には目を、王には王を、進化には進化を。
迫る脅威を撥ね退けるべく、彼もまた宮殿の奥に安置された祭器の元へ赴くのだった。
大釜(=祭器)は『捕食を行わない魔物でもレベルアップを可能にする道具』と考えていただければ大丈夫です。
当然、自然発生した物ではありません。




