第129話 声が求める物
「──うーん……やっぱり聞こえないですね……」
「聞こえないって……大釜から聞こえたって言う、例の声か?」
配信を終えた後の自宅にて、私がスマホで動画を見ながら首を捻っていると、キッチンで夕食を作っていた『俺』が料理をテーブルに運びながら尋ねて来た。
私が見ていたのは、先程まで私自身がやっていた配信のアーカイブだ。
腕輪の転送機能でゴブリンの国から脱出する直前に聞こえた『命を寄越せ』と言う声……確かに日本語で発せられたその言葉が、もしかしたら微かにでも配信に載っていたのではないかと確かめるのが目的だったのだが……
「はい。念の為に配信のアーカイブを確認してみたんですが……気のせいだったんでしょうかね?」
「どうなんだろうな。俺も配信は見てたし、声も聞いてないが……お前の場合、俺よりあらゆる意味で感覚鋭いだろうし、俺は信じた方が良いと思うぞ? その感覚。あの場所に居ないと感じられない物もあるだろうしな」
「……そうですね。あの時の嫌な感覚は勘違いと思えませんし、私も自分の感覚は信じておこうと思います。相談に乗ってくれてありがとうございます、兄さん」
言語化も難しい感覚ではあったが、それがあった事はハッキリ覚えている。
配信越しにあの悍ましさが感じられないように、『俺』の言う『あの場所でしか感じられない物』は確実に存在するのだ。
自分でも半信半疑だったそれを肯定してくれた事に感謝しながら、私もスマホをその場において食卓に着いた。
「今日はたけのこですか。旬ですからね~」
「ああ、今年はちょっと値段も安いからな」
「中々直りませんね。ついつい値段を気にしてしまう貴方のその癖は……」
「貯金が増える分には良いだろ? お前も装備新調しようかって話してたし」
「それもそうですね。……それじゃ、いただきます」
「おう、いただきます」
ここに来たばかりの私が見れば少し驚くような光景かも知れないが、最近は私も『俺』と一緒にご飯を食べるようにしている。
私も『俺』も下層に潜るようになって金銭面の心配も必要なくなったし、何よりちゃんと食べると心が満たされる気がするし、実際調子が良くなった……気がする。
魔族にしてみれば異端な考え方だろうけど、私は少なくとも心は人間のつもりだし、習慣を人間らしくする事に抵抗は無かった。
……まぁ、最初に『今度から一緒に食べても良いですか』って聞く時はちょっと勇気が必要だったけどな。今まで一切食べてなかったし、ここに住む為の交渉の時も『食費が必要ない』って自己アピールした訳だし。
(でも、『俺』はあんまりその辺気にせず、あっさり受け入れてくれたのが地味に嬉しかったな)
そんな少し前のやり取りを振り返りつつご飯を食べ終えた私達は、それぞれ探索の反省点を話し合ったり、テレビやゲームなどで時間を潰したり……そして就寝の時間がやって来た。
と言っても、当然ながら私は睡眠の必要が無い為、眠るのは『俺』だけだ。ここに住むようになって長いけど、未だにベッドも一つだしな。
……ふむ。
「……今度から私も一緒に寝て良いですか?」
「ちょっと待て、それは色々と問題がある!」
「ふふっ、冗談ですよ。私は種族柄眠れないので、どうぞお気になさらず」
「ったく……」
悪戯心で囁いてみただけだったのだが、思いの外慌てた反応が返って来たのが面白くてつい笑みがこぼれた。
そんな私の様子を見てため息を吐き、ふてくされたようにこちらに背を向けて布団を被る『俺』だったが、やがてぼそっと呟くようにこちらに話しかけて来た。
「──もし、本当に寝たくなったんなら言えよ? もうベッドくらいいくらでも買える金はあるんだから、遠慮なんかするな」
「! ……そうですね。その時は遠慮せずに伝えます」
まぁ、改めて考えてみると、本来一人用だろう一室にベッド二つも置いたら一気に部屋が狭くなってしまうだろうし、余程でなければ頼む事も無いだろうけどな。
「……そろそろ明かり消すが、良いか?」
「ええ、大丈夫ですよ。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ……ふあぁ……」
就寝の挨拶の後、大きく欠伸をした『俺』は、ベッドの傍にあるリモコンで部屋の明かりを消した。
これで光源はカーテンの隙間から差し込む月明りのみとなったが、夜目の利く魔族には何の問題も無い。今日もまた、長い夜をスマホ一つで越す日課が始まるだけだ。
私は自分の周りに音と光を遮断する結界を魔法でこさえると、その中でSNSや新しく公開された動画やアーカイブを見始めた。
以前の大型コラボ中はコラボ相手の選別に費やしていた時間だったが、最近はもっぱら時間つぶしがメインとなっていた。
(ん……? ──あぁ、コレ最近増えた私のアンチのコメントか……)
ふと目に入ったのは、私を『偽善者』『差別主義者』と罵るような内容のコメントだ。
私も配信者としてエゴサーチは時たまするが、どうも大型コラボの後辺りからこう言ったコメントを見かけるようになった。
様々な所で囁かれている通り、恐らくは私がコラボを蹴ったダイバーやそのファン達が発端なのだろうが……
(ここに来たばかりの頃の私だったら、結構ショックを受けていたかもしれないな……こう言ったコメントにも)
勿論こう言った悪評を流されるのは今でも嫌ではあるが、今は以前ほど辛いとは思わなくなっていた。
私を応援してくれる人が大勢いるのだと言う安心感なのか、それとも人に触れられる機会が増えた事で自信が付いたからなのかは分からないけど……きっと良い傾向なのだろうと思う。
これからも慢心したり、傲慢にならないように注意すれば、きっと大丈夫。……今は心からそう思えた。
「──ふあぁ……。……んぅ?」
(……今のは、私の欠伸か……? 依然として眠気は来ないのに、欠伸は出るんだな……)
これも安心感から来るものなのかも知れないなと欠伸を噛み殺しながら、私は再びすっかり長い夜の友となった動画サイトの巡回に戻るのだった。
◇
──時間は少々遡り、オーマ=ヴィオレットが去った直後の結晶のゴブリンの国にて。
『消えた! 消えた!』
『黒い奴、いない!』
大釜の周辺に集まったゴブリン達は彼等の言語で口々にそう叫びながら、既にそこにはいない侵入者──オーマ=ヴィオレットの捜索を開始した。
『探せ!』
『儀式場に入られた! 盗まれた物無いか!?』
コマンダーの指示でオーマ=ヴィオレット以外にも消えた物が無いか、彼等が『儀式場』と呼ぶ周辺を徹底的に調べ始める。
やがて、一匹のゴブリンが地面に転がっていた小さな塊を拾い、コマンダーに届ける。
それは先程オーマ=ヴィオレットがここに来た際に鳴いて、ゴブリン達にその存在を伝えたダンジョンホッパーの魔石だった。
『警報虫の核か……他に見つかった物は?』
『無い! 無い! それだけ!』
『解った。おい、直ぐに代わりの警報虫を捕らえて来い!』
『解った! 解った!』
ダンジョンホッパーの魔石を部下のゴブリンから受け取ったコマンダーは傍にいたチーフにダンジョンホッパーの捕獲を命じると、自身は国の中央に聳える柱の根元へ歩み寄り大釜の前に立った。そして、主に敬意を表するようにその場に跪き──
『偉大なる我らが王の名の下に、小さき命の欠片達をここに捧げまする。大いなる意思の一部となれるよう、どうかお受け取り下さい』
そう願うように言葉を紡ぐと、手に持っていたダンジョンホッパーの物を含めた、複数の魔石を大釜へと投げ入れた。
カランカランと大釜の底を魔石が跳ねる音がしばらく響き、その音が消えるまで祈りを捧げるように瞑目していたコマンダーはやがて眼を開くと、周囲で同じように祈りを捧げていたゴブリン達を一喝する。
『──聞け! 此度、神聖なるこの場所を踏み荒らされたのは我ら全員の失敗である! あのような陽動に引っ掛かり、儀式場にみすみす侵入される等と言う失態は繰り返してはならん!』
『陽動』と口にすると同時、コマンダーは傍に控えていた部下が持っていた白い樹で出来た棍棒を翳し、陽動として姿を現した『侵入者の末路』を強調する。
それはオーマ=ヴィオレットがこの儀式場に侵入する直前、先遣隊の後を追ってこの国に侵入した森のゴブリンの持ち物だった。
彼等は武器の性能で遥かに劣っていたものの、数の暴力で森のゴブリンから武器を奪い取り、彼等の持ち込んだ武器で以て彼等を返り討ちにしていたのだ。
仲間の数は減らしてしまったものの、代わりに強力な武器を得たコマンダーは叫ぶ。
『気を緩めるな! 以後この国に侵入する者を、ただの一匹たりとも生かして返すな! 戦争から王が戻られるまで、何としても国と『この場所』を守り切るのだ!』
『『『『『オォーーーッ!!』』』』』
そして気合を入れなおしたゴブリン達は、それぞれの持ち場へと戻って行く。
最後に残ったコマンダーは自身の持ち場に戻る前に一度、大釜を覗き込むと、満足気に一つ頷いた後に儀式場を去った。
大釜の中にはもう、何も残っていなかった。
次回、また少し時間飛びます(数週間程)




