表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/254

第128話 声

 ひたひたと足音を消しながら、岩盤を削って作られた巨大なスロープを下って行く。


(ここまでは見つからずに来れたけど、この奥の──穴の底の方からは無数のゴブリンの気配を感じる。上手くやり過ごせると良いんだけど……)


 この国に侵入する前に、既にコメントの表示はオフにしてある。コメントの明かりで侵入がバレるリスクを避けるためだ。

 そして私が現在進んでいる通路は、ゴブリンの国の更に下方へと続く螺旋状の一本道だ。

 国の中央に聳える王城の柱を中心に据え、その根元へ向かう時計回りの傾斜の壁には大小様々な長方形の穴が開けられており、その奥には個室を思わせるスペースが作られていた。

 ドアの無い入り口とガラスの嵌まっていない窓から、部屋の主が不在中の『部屋』の様子を覗き込めば、中には寝床らしき石造りのベッドや、訓練に使っているのか無数の傷が刻まれた石柱。傍らには訓練用なのか予備なのか、ゴブリンが使っていたのと同じ黒っぽい石で作られた棍棒や手槍を始めとした装備が散乱していた。


(特に価値のある物は落ちていないな……)


 周囲の気配に注意を払いながらそれらの装備も軽く物色してみたが、トレジャーらしき鉱石を使っている訳でも無く、部屋の壁面や床と同じ材質である事から、この国の拡張や部屋を掘る際に造られたのだと言う事も容易に想像が出来た。

 しかし白樹とは違って素材に価値がある訳でも無い為、精々ゴブリンの装備がどんなものか分かったくらいで収穫は0だ。

 その為それ以降は部屋の物色をする事も無く、ただひたすらに穴の底を目指していたのだが……


(──ん? 今の声は……)


 その時遠くの方から耳に届いたのは、ゴブリンの叫び声だった。

 奴らの言葉は私には分からないが、それでも何かしらの異常を伝えようと言う意思を感じる声の様子から、私は咄嗟に直ぐ近くにあった窓からゴブリンの部屋に飛び込み身を隠す。

 程なくして部屋の外から聞こえたのは、慌ただしい無数の足音とゴブリンの声。それが奥の方から近付いてきて、私が潜む部屋の前を通り過ぎ、立ち止まる事無くスロープを駆け上って行った。

 その中にはコマンダーらしき大型の個体も混じっており、中々の大事らしい事がわかる。


(上の方で一体何が……? 状況は気になるが、これは寧ろチャンスかもしれない)


 何せ、先ほどまで穴の底の方から感じていたゴブリンの気配が無くなっているのだ。

 恐らくだが、今の騒動でこの国にいる全てのゴブリン達がどこかへ集まったのだろう。最下部を目指す際の最大の障害が偶然にも解決したのだ。この機を逃す手は無い。


「──【エンチャント・ゲイル】」


 窓から念入りに外の様子を伺い、ゴブリン達の姿が無い事を確認した私は、グリーヴに風を纏わせてドアから慎重に身を乗り出す。そして──


(……よし! 今だ!)


 そのままスロープの外まで一息に跳躍し、穴の底へ向けて身を躍らせた。

 今までこの手を使わなかった理由は一つ。途中でゴブリンに見つかるリスクが高かったからだ。

 その危険性がなくなった以上、空中で跳躍出来る私にとってこれが最も手っ取り早い方法なのは言うまでもない。


(このまま穴の底まで……よし、着いた!)


 着地の寸前に二度ほど空中を蹴って勢いを殺し、可能な限り音を出さないように慎重に着地すると、周囲に広がっていた光景は……


(これは……何だろう? 大きな釜……かな……?)


 全てが石造りなこの国においてあまりにも異質な金属光沢を放つそれが、国の中央の柱の根元に鎮座していた。

 それもその周りには石で作られた様々な装飾が並べられ、この釜がどれ程彼等にとって重要なのかを象徴しているかのようだ。


(ゴブリンを含めた殆どの魔物は食事をしない……『捕食』をする魔物はいても、料理をする魔物なんて少なくとも私は知らない)


 どこか不気味な気配を放つ釜に警戒しつつ近付くと、その詳細な形状が分かって来た。

 地面に半分ほど埋まった羽釜のような形状のそれは、直径約5m。地下にどれほど埋まっているのかは分からないが、地表に見える部分の高さは約1m程か。現在の私の身長が160cm丁度なので、大体腰の辺りまでの高さだ。

 近付くほどに感じる妙な雰囲気に恐る恐る釜の中を覗き込むと……


(……空っぽ?)


 物々しい装飾に囲まれている割に、拍子抜けだな……──そんな感想を抱いた瞬間。


「リリィィィーーーーーーーーーーーン!!!」

「な……ッ!?」


 柱の陰から耳を劈くような高音が発せられた。

 素早く視線を向ければ、そこにいたのはやはりダンジョンホッパーだ。

 この場所や状況から考えて、偶然ここにいたと言う訳ではあるまい。十中八九これは──


()()()()……!)

「チィッ!」

「リリ゛……ッ!」


 距離が近かったこともあり直ぐに斬り捨てたものの、穴の上の方からゴブリン達の声と足音が忽ち近付いてきているのが分かる。

 いや、足音と言うには大きいし、何より音がやや断続的だ。スロープの縁から飛び降りて、負傷が治ればまた飛び降りてと繰り返しているのだ。


(このままでは直ぐにここに来る……!)


 考えている時間は無い。

 私はこの場で取れる選択肢を脳裏に思い描き……


(……──っ!?)


 そして咄嗟に腕輪に指を添え、口を開いた。


「──【ムーブ・オン "マーク"】!」


 腕輪の転送機能でゴブリンの国を後にした。




「……はぁ……」


 完全にミスったなと反省のため息を一つして、私はドローンのコメント表示機能をオンにする。


「すみません、最後の最後に油断しました……」


〔ドンマイ〕

〔今日の探索振り出しかぁ〕

〔まぁゴブリンの国の場所一つ分かったのは収穫かも〕

〔絶景も見つかったし!〕


 リスナー達の温かいコメントに慰められながら、周囲の光景を見回す。

 目の前には巨大なシンクホールのように地面がそのまま沈みこんだような大穴がぽっかりとその口を開けており、周囲は穴の底も含めて白樹の木立が広がっている。

 これはこれで一つの絶景と言える物ではあるのだが、私達にとっては新鮮味はない。

 それもその筈、ここは今日の私の配信開始場所だからだ。


(配信開始から【マーキング】の座標更新してなかったからなぁ……)


 ここは前回の配信でキリよく中々の絶景を見つけた為に配信をここで終了し、そして今回の配信開始時にこの穴の底を軽く探索してから大穴の外に戻って本格的な探索が始まった。

 大穴の底は特にこれと言って特別な物は何もなく、生息する魔物もロケットボアと言う突進力に優れたイノシシのような魔物や、タイタンベアと言う巨体とシンプルな膂力が武器のクマのような魔物と言った、この辺りではごく普通に見かける魔物しか生息していなかった。

 つまりこの穴を探索する意味も無く、完全に配信開始時に逆戻りしてしまったという訳なのだ。


〔何で逃げたの?〕

〔ヴィオレットちゃんなら勝てたと思うけど…〕


「あー……そうですね、ちょっとコレは私の説明だけだと多分納得できないと思うんですが──」


 確かにコメントの言う通り、あの場所で戦う事を選べば私はほぼ間違いなく勝利を収めただろう。

 だが、私がそれをしなかったのには理由があった。きっと配信越しには理解できない感覚だとは思うのだが、敢えて言葉でそれを説明するとしたら──


「なんと言うか……『待ってる』気がしたんですよ。──あの釜が、あの場所で戦いが起こるのを」


〔?〕

〔どういう事や?〕

〔アレってやっぱり普通の釜じゃないんか?〕

〔↑あんな所にある時点で普通の釜の訳が無いだろw〕


 まぁ、こんな反応が返って来るだろうなとは思っていた。

 私自身、今の説明が上手く言語化できたとは思っていない。あの瞬間感じたのはもっと、もっと異質で、悍ましい直感だった。そして、それと同時に……


(『命を寄越せ』……そんな声が聞こえた気がしたんだけど……やっぱり、リスナーの皆には聞こえてはいなかったか)


 正体不明の釜に、正体不明の声……そんなもの、異世界ではいくらでも見てきた私だが、今回の物はその中でも一際不気味だった。何故ならあの時の声が発していたのが──


(『日本語』……に、聞こえた……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 命を要求する大釜ですか…しかも日本語ボイス(?)付き。ふと脳裏に『地獄の錬金釜』という謎ワードが受信されたんですが、そんな感じのヤバい品ですと言われても納得しそうな遭遇シチュエー…
大釜というとすこぶる曰く付きの代物しかないのですよね。ろくなもんじゃなさそうだ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ