第127話 結晶の国
「──はぁ……」
地面に散らばる数個の小さな魔石と、持ち主を失った白樹装備を見下ろしながらため息を一つ。
勿論疲労からくる物などではない。彼等のあまりの愚かさに対する呆れと、欠けてしまった絶景への残念な気持ちが籠ったため息だった。
〔瞬殺にも程がある〕
〔気付いたら終わってたw〕
落ちている武器と魔石を一応の戦利品として回収し、私はゴブリンがズラした所為か輝きを失ってしまった結晶へと近づき、その表面を手で撫でる。
(あぁ、これ程の結晶から光が失われるなんて……何もこんな大きな物を壊さなくても良いじゃないか……)
目の前に立てば見上げる程に大きく、いつかのオベリスクには遠く及ばないものの十分立派な結晶だ。
これが輝きを放っていれば、きっとこの光景もより美しかっただろうに。
結晶はこの広場の丁度最奥の中央辺りの物で、いくつかの大きな結晶が並ぶ内の一つだった。この部分の輝きが欠けてしまった影響はきっと大きいだろう。
私は無念の思いを込めて、この結晶が本来あった場所へと視線を向け……──ふと気づいた。
「あれ……? あそこにあるのって、もしかして……」
〔洞窟!?〕
〔ホンマや〕
〔え、結晶の裏に隠されてたって事?〕
〔ゴブリンはこの洞窟を目指していたのか…〕
ゴブリンがズラした結晶の裏に口を開けていたのは、高さ3m、幅2m程の洞窟の入り口だった。
決して小さいとは言えないその入り口に、今の今まで気が付けなかった理由を考えた私は、ゴブリン達がズラした結晶を慎重に元の場所に戻す。すると──
「なるほど……周囲の結晶の光を取り込んで、屈折と反射で完全に溶け込んでいる訳ですか……」
洞窟を背に隠した結晶は忽ち自身を挟み込む結晶の輝きに染められ、周りの結晶と同じ光を放っているように見えた。
〔はぇ~…〕
〔これは初見では気づかんわ…〕
〔良く見たら少し光り方違うけどホント誤差レベルじゃん〕
〔って事はもしかして最初からこの結晶は光ってなかったのか〕
〔ゴブリン君達は冤罪だった…?〕
「どうやらそうだったみたいですね……ちょっと、彼等には悪い事しましたかね……?」
まぁそうは言っても最初からゴブリンは討伐する積もりだったので、それがちょっと早まっただけの話ではあるのだが。
しかし……結晶で洞窟が隠されていた事や、ゴブリンがこの場所を調べていた事実を考えると、どうやらこの洞窟の奥にある物が見えて来たな。
「それはそれとして……この結晶の裏にある洞窟を調べる前に、折角ですから記念撮影と行きましょうか。ドローンカメラを少し離して──っと……」
あの洞窟の中に進めば、後に引けなくなる可能性だってあるからな。
今の内にSNSへの投稿用写真や、次回のサムネ用のスクショを準備しておくとしよう。
「──どうですか?」
〔凄く良い!(小並感)〕
〔まるでアイドルのステージみたい!〕
〔めっちゃ盛れてる!〕
とりあえず軽くポーズして見たところ、やはりかなり良いスポットのようだ。
リスナーからの評判も非常に良く、気分が乗った私はいくつかリクエストに答えてポーズを取って行く。
〔ヴィオレットちゃんってアイドルダンスできる?〕
〔最近は学校でもダンス必修科目らしいし期待!〕
「だ、ダンスですか? あ、えっと……やってみますね!」
経験が無い事を素直に打ち明けようと思ったが、必修科目と言われてしまえばその言い訳も使えない。
最近チラリとテレビで見たアニメのオープニング映像を思い出しながら、記憶頼りにステップを踏むと──
〔OK、一旦止まろうか〕
〔暗 黒 盆 踊 り〕
〔君の輝き方はこれじゃないみたいだ〕
〔ティンと来ない〕
「く……っ! 悪かったですねダンス下手で!」
(仕方ないじゃん、ダンスする機会なんか今まで生きて来た千年間で一度も無かったんだから!)
その後、とりあえずダンスしてる風のポーズをコメントに教えて貰いながら何枚か撮影し、リスナー達も満足したところで撮影会は終了した。
(さて、と……)
「そろそろ、本番と行きましょうか……──【ストレージ】」
撮影の為に取り出していたスマホを腕輪に収納し、ドローンの位置も探索用の設定に戻す。
そして私は、再び洞窟を塞いでいる結晶の前に立ち……慎重に結晶をズラした。
〔やっぱり行くんか〕
〔慎重にね〕
〔ランプ要るんじゃない?〕
「っと、そうですね。──【ストレージ】」
コメントで思い出した私は、内部探索に備えて魔力式のランプを腰に取りつけると洞窟の前に立つ。
どうやら洞窟の内部は緩やかに地下へ続く傾斜になっているようで、広間の輝きで長く伸びた私の影の先が、その奥に黒々と溜まった闇に溶け込んでいた。
〔周りが明るいからか洞窟がやたら暗く感じるな…〕
〔下層の光景に慣れてるからかも〕
〔上層とかって実際これと同じくらい暗い筈だもんな〕
等と話すコメント達に短く相槌を打ちながら、私は慎重にスロープを降りていく。
私の目が暗闇もある程度見通せるからわかる事だが、どうやらこの傾斜は時計回りに緩やかな弧を描いているようで、全体的な形状としては直径が極端に大きな螺旋階段のようになっているようだ。
一体どれ程の距離を歩いただろうか、やがてスロープの先から微かに光が漏れているのが見えた。
「アレは……」
光はスロープの行き止まりを右に曲がった通路の先から漏れているようだ。
ゴブリンの待ち伏せを警戒しつつ、身を乗り出して様子を伺うと……
「わぁ……」
〔うわこれってまさか…〕
〔正直予想はしてたけどやっぱりか〕
〔こんなところにあったんだな…〕
(『ゴブリンキングの国』……これで見つけたのは二つ目ですね……)
洞窟の壁をくりぬいて造られた無数の家のような構造物、均された地面。それらを照らし出しているのは、壁や地面の至る所から生えた無数の結晶だ。
流石に結晶の広間のように昼間のような眩さは無い物の、現代の夜の街並み程度には明るく、ここに続く通路とは打って変わってランプが全く必要無い。
ここのゴブリン達は結晶を地面や壁面から取り外すと輝きを失う事を知っているのか、結晶の周辺だけは拡張される事無く残されており、地面や壁が盛り上がった先に結晶が生えているその様子が、却って独特なデザインの街灯のように風景の一部として溶け込んでいた。
そんな巨大な空間の地面は、鉱山のように真下へ螺旋状に掘り進む事で今も拡張され続けており、すり鉢状になった穴の中央に柱のように立つ細長い足場の上には、結晶に覆われた一際豪華な建造物が鎮座している。
その姿はまさに地下帝国の城とでも呼べる様相を呈しており、ここの主人がいかに力を持った存在かをアピールしているようだ。だが──
「もぬけの殻……いえ、少し気配は感じますが、あまり多くのゴブリンは残っていないようですね……」
ランプの灯りを消して、結晶の国とさえ呼べる街並みに一歩足を踏み入れる。
やはりここは戦争状態の国の片方なのだろう。王がゴブリンの軍勢を率いて出払っている為、今は僅かな数しか残されていないようだ。
〔どうするの?〕
〔残ってるの全滅させて何か良い物無いか探すとか?〕
〔全滅させる手間に見合う物あるかな…〕
「どうでしょうねー……使っている装備もただのその辺の岩盤を材料にしているようですし、森のゴブリンと違って装備自体に価値は無いんじゃないでしょうか……」
正直に言って戦利品目当ての場合、これ以上探索する旨味は無いと言っていい。
勿論鉱石トレジャーが見つかるかもしれないと言う可能性はある物の、それなら多分先にゴブリンが見つけているだろうし、その場合も自分たちの武器に使う等して加工された後だろう。
だとすれば当然ここにはなく、持ち主が戦争に持って行っている可能性の方が高い。
「んー……まぁ、一応探索だけはしてみますか。ゴブリンの国の情報を探っておくのは、後々役に立つ事もあるかもしれませんし……正直、ちょっと知的好奇心がくすぐられているんですよね」
〔わかる〕
〔正直あの中央の城?とかめっちゃ気になります…〕
〔割と街として機能してそうな雰囲気の所為かちょっとした観光気分になるよなぁw〕
「ですよね、ですよね? 所々にある結晶もなんかファンタジー世界の街灯みたいで、異世界に来たような風情があります」
(まぁ、私の場合は本当に異世界から来ている訳なんだが……)
とは言え、こんな光景は向こうでも見た事が無い訳で……結晶の広間に続いてこの不思議な空間を目の当たりにした所為か、正直かなりワクワクして来ている自覚はある。
出来る限り留守番中のゴブリンと遭遇しないように注意しながら、可能な限り情報をいただくとしよう。




