第112話 大型コラボ配信⑰
投稿が遅れてしまいすみません!
地面から溢れ出した炎が忽ちその身長を伸ばし、私の居た高度を悠々と抜き去って行く。
魔力を帯びたその熱を背に感じながら、私は心の底から思う。
(──危なかった……! 一瞬でも回避が遅れていれば、もろに食らっていた……!)
噴出した火柱が私の身体を捉える直前、私は咄嗟にバク宙の要領で空気を蹴り、背中を炎に掠められながらも直撃だけはギリギリ避ける事が出来ていた。
髪の先の方は焼けてしまったが、このくらいは軽傷だろう。その気になれば【変身魔法】でどうとでもなる。
それよりも今は、この好機を逃さない事が大切だ。
(この炎の柱がゴブリンキングの視界から私の姿を隠している今が撤退のチャンス!)
すかさず腕輪に指を添え、腕輪の機能を発動しようとしたその瞬間……炎の柱がゆらりと不自然に動いた。そして──
「ウオオォッ!!」
「な……っ!?」
火柱を突き破るようにして現れたゴブリンキングの腕が、私へと伸ばされる。
反射的にサイドステップの要領で蹴りを放ち、発生した突風で上手い事身体をズラせたので何とか捕まらずには済んだが……
「ォオオオッ!」
私を捕まえそこなったゴブリンキングは、尚も諦めずに樹を蹴って私を追って来た。
「ち……ッ!」
(まさか、ゴブリンキングの執念がここまでとは……!)
どうやら要塞から追い出しただけで済ませるつもりは無いらしい。
空中戦では踏ん張りがきかない為、やむなく要塞の真下の地面に足をつけて正対する。
繰り出されたゴブリンキングの拳をレイピアの一閃で迎え撃つが、ゴブリンキングは拳が切りつけられようとお構いなしに距離を詰めて来る。
(くっ! マズい……この距離は、近すぎる!)
武器にはそれぞれ最も戦いやすい距離がある。
その中では私の扱うレイピアは、十分近距離向きに分類される物の一つではあるが……今の私とゴブリンキングの距離は、近距離よりも更に近い『至近距離』だ。
下手にレイピアを振るおうとすれば腕を直接捕られる距離であり、一閃に威力を乗せられない死の間合い。
一方でゴブリンキングは徒手空拳だ。奴にとっても戦いやすい距離ではないだろうが、それ以上に私の攻撃を封殺できるこの距離を意地でもキープしようとするだろう。
「──【ラッシュピアッサー】!」
「ッ! グ、オオッ!」
スキルを発動し、手数を増やす事で距離を取ろうとするが、ゴブリンキングも負けじとこちらの攻撃を素手で捌いてくる。
流石にスキルのアシストを受けた私の攻撃に完全にはついてこれていないようだが、急所への攻撃だけは的確に拳や掌で逸らし、その隙にもう片方の拳を放ってきたり、突きを放った腕を掴もうとしてくるから全く油断ならない。
「──ギャアッ、ギャアァッ!」
頭上の──要塞の方からゴブリンの声が聞こえる。
チラリと目を向けると、足場の縁から身を乗り出したゴブリンが、そこにぶら下げられていた袋を足場に繋いでいるロープを、棍棒の側面に並んだ突起物を用いて切ろうとしているのが見えた。
(なんだ……アレは何をやっている……!?)
少なくとも私にとって有利になるような事ではないだろう。
交戦の傍ら観察すると、あの袋の中には何やらもぞもぞと蠢く物が入っているようだが……
「クク……! ガアァーーッ!!」
「ッ!」
口元に一瞬ニヤリと笑みを浮かべたゴブリンキングの攻撃が激しくなる。
先程までよりも明らかに苛烈なラッシュは、自然と私の脚を後方へと運ばせ……私の身体は少しずつ、しかし真っすぐに今にも切り離されそうな袋の真下に動かされていく。
(──っ! まさか……いや、そうとしか考えられない! あの袋の中身は……!)
広場でダイバー達が引っ掛かった罠が疑問だった。
木箱から溢れ出した大量のレッドスライム……あれほどの数の魔物を、一体どう用意したのだろうかと。
答えは明確だ。事前に大量に捕まえて置き、逃げられないように保管していたのだ。
つまり、あの蠢く袋の正体は……
「く……──【エンチャント・ヒート】!」
襲来するであろう脅威に備え、レイピアに炎を宿す。
その直後、『ブチッ』と言う小さな音と共に切り離された袋は、『ドシャリ』と私の背後に落下する。そこから溢れ出したのは、予想通り赤く半透明な粘液の魔物──
(やはり、レッドスライムか!)
正面にゴブリンキング、そして背後にレッドスライム……この挟み撃ちが狙いだったのだ。
早いところどちらかだけでも対処しなければ不味いのだが、ゴブリンキングは簡単に倒せる魔物ではなく、またレッドスライムの対処の為にゴブリンキングに背を向けるのもマズい。と、なれば……
「ぅ、おおぉっ!!」
「グ……ッ!?」
ゴブリンキングに対してこちらから距離を詰め、蹴りを交えた乱撃で強引にラッシュ攻撃を仕掛ける。
蹴りで巻き起こる突風と、レイピアが巻き起こす炎が絡まり、ゴブリンキングの身体を焼いていく。しかし、じりじりと押してはいるものの決定的な隙は晒してくれない。
それどころか、防戦気味になりながら奴は──
「『遍く揺蕩いし母なる水よ』」
「ッ……!」
(詠唱! ……いや、この魔法は……!)
破られそうな膠着に焦ったのか、ゴブリンキングは魔法を発動しようと呪文を唱え始めた。
一瞬、魔法の行使をどう止めようかと考えかけたが……私はこれがチャンスなのだと直ぐに気付いた。
「『集い 凍て付き 礫となれ』」
(やはり……! と、なれば!)
私はゴブリンキングのガードの上から強烈な蹴りを浴びせ、発生した突風を活かして背後から迫って来ていたレッドスライムに切りかかる。
「ハァッ!」
「──ッッ!!」
炎を纏ったレイピアの一撃がレッドスライムの身体を蒸発させ、レッドスライムが怯んだ隙を突いてバックステップ。ゴブリンキングからもレッドスライムからも距離を開ける事に成功する。
そして、満を持して腕輪へと指を添え──
「『氷の散弾』!」
その直後、呪文の詠唱を終えたゴブリンキングが再び距離を詰めてこちらへと魔力を湛えた掌を向けて来たが……
(かかった!)
「──……?」
ゴブリンキングの魔法は発動しない。
呪文の詠唱から看破していたが、ゴブリンキングが使おうとしていたのは水魔法だ。それも、相応の水分量を必要とするタイプの。
そう……あの時、あの場に居なかったゴブリンキングは知らなかったのだ。この周辺の空気中には、もう水が無い事に。
(百合原咲に感謝だな……)
結果論ではあるが、彼女の魔法──【ガイザーカノン】のおかげで、ゴブリンキングの虚を突く事が出来たのだ。
不思議そうに自身の手を見つめるゴブリンキング。その困惑の隙を突き、私は腕輪の機能を発動させる言葉を紡いだ。
「──【ムーブ・オン ”渋谷ダンジョン”】!」
そして腕輪から溢れ出した魔力が私を包み……私は渋谷ダンジョンの下層からの脱出に成功したのだった。
◇
『……取り逃したか』
「──ッ!」
口惜しくも目の前で何処かへと去った敵への怒りを、我へと飛び掛かって来た粘液の魔物へとぶつける。
我が拳を受けた液状の身体は無数の飛沫となって散り、地面に沁み込むようにして消えた。
(知性を持たぬ故、力の差も理解できんか……やはり、罠として使うのが丁度いいな)
再利用するつもりのストックが一つ減ってしまったが、森を探せばまた見つかるだろうと気を取り直す。
そして我が国へと跳び、帰還した我を民達が歓声と共に出迎えた。
『王! 流石!』
『流石!』
『王! 王!』
拙い言葉で我を讃える民へ手を振り応えながら、我が宮殿へ帰還の傍ら同行する副官たちに報告を求める。
『被害は』
『は!司令官が1、曹長が14、兵が1219です!』
『崩落した通路の応急処置が完了! 引き続き、修復を進めさせております!』
『分かった……散った者達の核を可能な限り集めよ』
『はっ、直ちに!』
副官の一人が我の指示を遂行すべく、その場を後にする。
そちらへは視線を向けず、引き続き報告を促すべくまた別の副官へ視線を向ける。
その後もいくつかの報告に対して、指示を出しながら歩を進める事しばらく。我が民達の居住区を抜けた先、国の中央に構えた我が純白の宮殿へとたどり着いた。
『──隣国の連中のその後は』
『は、王自らが敵軍の将軍を打ち取ってくださったおかげで、早々に撤退を開始! 現在は沈黙を保っております! その後はご指示の通り、追撃はせず防衛に徹しております!』
『うむ。……我はしばし思索に耽る。下がって良いぞ』
『ははぁっ!』
最後の報告を受け、我は宮殿へと帰還を果たす。
そして我に傅く部下達を払い、玉座に腰掛けて一人思案にふける。
(『黒き角を持つ敵』……今までこの周辺にあのような存在はいなかった筈だ。奴はどこから現れた……?)
奴は隣国の連中が攻めてきたと同時に現れた……最初は隣国の別動隊かと思って部下に対処を委ねたが、この結果を見るに我が判断に誤りがあったのは確実。
加えて、あの敵の持つ武器……あの材質は、隣国の者が扱う武器とも異なる。これまで我らが認識していなかった、全くの新手の敵と考えるのが妥当だ。
(……先に逃げた他の個体はともかく、最後に戦ったあの個体は脅威だ)
『黒き角を持つ敵』……奴以外の『角持たぬ敵』の中にあって、奴だけが異質。あの角は恐らく、あの集団のリーダーの証か……
(奴らがどこから来たのか……少し調べさせるとしよう)
想定よりも大分長くなってしまいましたが、次回で大型コラボ配信は終了です




