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第96話 大型コラボ配信①

「ヴモォオオオォォッ!」


 両肩を突かれた怒りの咆哮を上げながら、槍持ちのアークミノタウロスが私の方へと迫ってくる。

 大柄な体格とその形相も相俟って、凄まじい迫力だ。

 しかし、その姿を冷静に分析すると奴の腕は全くと言っていい程持ち上がっておらず、かろうじて握っている槍もガリガリと地面を擦ってしまっている。

 まだ肩の腱を切られたダメージが回復しきっていないのだ。


(退けば回復の時間を与える事になる……だったら──!)

「迎え撃ちます!」


 奴の肩が回復していない今こそが絶好の攻め時だ。

 地面を強く蹴り、その際に僅かに魔力を流すと、私の身体は通常よりも速く、そしてより長い距離を踏み込める。

 これは【マジックステップ】と言うパッシブスキルの効果で、魔力を微量消費する事でサイドステップやバックステップ、踏み込みの速度・距離・精度を強化すると言う物だ。

 特に珍しいスキルでもなく、使っているダイバーさんも多いこのスキルだが、槍術を学ぶ過程で叩き込まれた足捌きを併用すれば──


「ヴルォオ!! ……オ?」


 カウンターに突き出されたアークミノタウロスが、一瞬で私の姿を見失う。

 彼は未だに気付いていないが、この時点で私はキョロキョロと周囲を見回すアークミノタウロスの背後へと回り込んでいた。


〔なんだ今の動き!?〕

〔踏み込みが曲がった!〕

〔リアルでバグったゲームみたいな挙動すんなwww〕

〔これがマジックステップで出来るってマジ?〕

〔今までもマジックステップでかく乱するダイバーはいたけど、クリムちゃんの動きは別格だな…〕

〔ずっと名前負けスキルと揶揄されていたスキルの隠された効果〕

〔ここまでやって本当の『マジック』ステップなんだな…〕


 大型コラボの影響か、ちらほらと私の配信に初めて来たリスナーさんの動揺するコメントが目に入る。

 私の戦い方に関する補足はいつも配信に来てくれるお馴染みのリスナーさん達に任せる事にして、今はこのアークミノタウロスの隙だらけの背中に向かって──


「──【フルスイング】!」

「グオォッ!?」


 赤熱した焔魔槍の穂先がスキルによって輝きを増し、アークミノタウロスの背に大きな横一文字を刻んだ。


〔オラッ!背中の傷!〕

〔剣士の恥ィ!!〕


(──行ける! 確かにミノタウロスより動きは速いし、体も硬いけど、見切れない動きじゃない!)


 喝采に盛り上がるコメントと、勢い良く発火するアークミノタウロスの姿に確かな手応えを感じつつも残心は欠かさない。

 中層で遭遇するミノタウロスであれば今の一撃で倒せるだろうが、この下層のアークミノタウロスは──


「──ヴァアッ!!」

「っ!」


 やはり姿や動きは似ていても、タフさや力強さはミノタウロスと比較にならない。

 見ればすっかり肩の傷も癒えたらしく、アークミノタウロスは振り向きざまに両手でしっかり握った巨大な槍を真横に振るって来た。

 予備動作からその行動を読んでいた私は、その場で深く屈み込む事でアークミノタウロスの薙ぎ払い攻撃を回避する。

 頭上を巨大な槍が通過した事で風が巻き起こり、私のポニーテールが靡く。

 大振りな薙ぎ払いによって生まれたこの隙に……


(──ッ! 違う! これは()()……!?)

「はっ!」


 アークミノタウロスの攻撃が終わっていない事を見抜き、屈みながらサイドステップ。

 直後、斜め上から素早く振り下ろされた槍の一撃が、再び頭上を掠めながら硬い地面を砕く。アークミノタウロスの膂力を証明する一撃だ。

 しかし、暴力の嵐はまだ終わらない。何とアークミノタウロスは切っ先が地面に埋まった槍を、そのまま強引に薙ぎ払いに使用した。


「な……ッ!?」


 硬い地面をバキバキと捲り上げながら迫る槍を信じられない思いで見つつ、跳躍で回避する。


〔あっぶな!〕

〔こんなん人間がやったら腕の筋繊維引きちぎれそう…〕


(なんて無茶な動き! もう対人の常識が通用しないんだ……!)


 地面に埋まっても攻撃が止まらないのであれば、アークミノタウロスの乱撃を回避するだけではジリ貧だ。

 今まで私の戦いを支えていた『対人戦の経験』と言う最大の武器……少し前に戦った巨大蜘蛛──あの後ヴィオレットさんによって『スパイダーマザー』と名付けられた──のような人体とは構造がかけ離れた魔物ならともかく、人間と似た特徴を多く持つ魔物にもそれが通用しないと言うのは、私にとって少なくない衝撃だ。


(──だけど、なんでだろう……)


 自然と口元が弧を描くのを感じる。

 跳躍した私の眼下を通過するアークミノタウロスの槍に、焔魔槍の石突から伸びるワイヤーを伸ばす。

 焔魔槍のワイヤーは私の意思と魔力で操作する事が出来、さらに蜘蛛の糸のような粘性を与える事が出来るのはこの数日の探索で検証済みだ。

 それにより槍の穂先に張り付いたワイヤーに引っ張られ、私の身体は大きく弧を描く軌道で高速で動く。そして、程よいタイミングでワイヤーの粘性を解除すれば──


(……今がこれまでで一番、最っ高に楽しい!)


〔また背後を取った!〕

〔アークミノタウロスを手玉に取ってるw〕

〔今何であんな動き出来たん!?〕

〔↑魔槍の機能やで〕


「──【ラッシュピアッサー】!」

「ヴォアァッ!?」


 灼熱の穂先がアークミノタウロスの背面に無数の傷を刻む。

 その際、腕や肩の筋肉にダメージを与えておく事を忘れない。これにより、アークミノタウロスの槍捌きは更に不安定になる筈だ。

 更に私は【マジックステップ】によるバックステップで距離を取り、駄目押しに高威力のスキルを発動する。


「──【クレセント・アフターグロウ】!」

「ブルッ……ォオ!?」


 袈裟斬りの軌道で放たれた燃える三日月が、振り向きざまのアークミノタウロスに迫る。

 彼は自身に迫る攻撃を槍で防ごうとする素振りは見せるが……その腕は、今しがた私が付けた傷が原因で思うようには上がらない。


「グオオァアッ!!」


 結果、防御は間に合わず、アークミノタウロスの身体に炎を纏う斬撃が食い込み、爆発。アークミノタウロスの絶叫が上がる。


「まだまだ! ──【クレセント・アフターグロウ】、【乾坤一擲】!」


 大ダメージに怯んだアークミノタウロスに追い打ちをかけるべく、二つのスキルを連続で発動。

 魔力の消費を疲労として実感しながらも、ここで決めると言う覚悟で畳みかける。

 柄が短くなった事で取り回しやすくなった焔魔槍を逆袈裟に振るい、放たれた【クレセント・アフターグロウ】に追従させるように、素早く照準を合わせた焔魔槍を投擲する。

 【投擲】スキルの共鳴を受けた焔魔槍の穂先が眩く輝き、纏う炎が長い尾を引く。


「──ッ!!」


 最期の瞬間……アークミノタウロスが上げたであろう断末魔さえもかき消して、下層を揺らした爆発が私の勝利を彩った。


「……」


 爆発の衝撃で飛ばされた焔魔槍。投擲の際にすかさず握っていたワイヤーを半ば無意識で引っ張り、手元に戻って来たそれを握りなおす。

 鼓動が激しく高鳴るのを感じる。

 はぁ、はぁと疲労と興奮に荒い息が漏れ……少しずつ自分の中に実感が湧いて来た。

 そして──


「や──……やったあぁーーーッ!! 勝ちました!! 勝ちましたよーーーッ!!!」


〔おおおおおおお!〕

〔うおおおお!勝った!!〕

〔マジか!!!!〕

〔ソロ討伐しおった!!〕

〔¥50,000 アークミノタウロスソロ討伐おめでとう!!〕

〔¥50,000 これが祝わずにいられるか!!!〕

〔クリムちゃんもう下層行けるじゃん!〕


「皆さん、ありがとうございます!! 私これからも頑張りますね!!」



 (おお……やはり勝ちましたか)


 歓喜と興奮にぴょんぴょんと跳ねるクリムを見守りながら、私は自分の予想が当たっていた事を再認識していた。

 これまで何度も感じていたが、クリムの槍捌きはまさに達人のそれだ。

 あの年齢でその域に到達している時点で、彼女にはその才能が備わっていたと言っても良い。

 その上、ダイバーになるまでに身に着けた技術にスキルを織り交ぜる事に抵抗が無い柔軟さと、実践にそれらを積極的に取り入れていく挑戦心も備えている。

 ……だから彼女の成長速度は、他のダイバーを容易に抜き去って行く程に速いのだ。


「──あっ、そうだ! こちらが早く終わったのなら、他の皆さんを手助けしないと!」

「はい、そこまでですよ」


 ふと思い出したように、今も交戦中の仲間の元へ駆けだそうとするクリム。

 私がそれを止めるべく彼女の前に立ちはだかると、彼女は表情をパっと華やがせた。


「あ、ヴィオレットさん! どうですか!? 見てくれてましたか私の戦い!」

「勿論見てましたよ。実にお見事でした」

「~~っ! えっへへぇ……!」


〔なんて声出してんだwww〕

〔嬉しいのは伝わるw〕

〔クリムちゃん、皆の事助けに行かなくていいの?w〕


「あっ、そうでした! えっと、ヴィオレットさん。私──」

「駄目ですよ。勿論」

「えっ」


 コメントに指摘されて未だに助けに入ろうとする彼女を、再度止める。

 そして『何故止めるのか』と言いたげにこちらを見つめるクリムに、思わず「はぁ……」とため息が漏れた。


(──まぁ、興奮して感覚がマヒしているのは仕方ないとして……コメントも、ちゃんと指摘してあげないと駄目だろうに……)


 才能があり、急速に力をつけて来ている彼女だが、若さ故に無茶をしがちだ。

 ここは監督責任のある立場として、しっかり指摘していこう。


「クリムさん、貴女『疲れている事を忘れている』でしょう? そんな状態で連戦するのは命取りですよ」

「へ……?」


 何を言っているのか分からないと言った表情のクリムの肩を掴み、軽く前後に揺らしてやると、今まで忘れていた疲労がぶり返したように彼女はその場にへたり込んでしまった。


「あ、あれ……? 私、こんなに疲れて……?」


〔クリムちゃん!?〕

〔マジか…危ない所だったんだな…〕

〔止めてくれてありがとうヴィオレットちゃん!〕


「短時間で魔力消費の激しいスキルを連発した反動ですよ。体力もそうですが、それよりも魔力の消費が主な原因ですので、自然回復だけではちょっと時間がかかりますね……」


 見たところ回復までには数十分ってところか。

 この後も配信は続くし、このままって訳には……


(あぁ、そうだ。()()があったか)


 ふと、ある物の存在を思い出した私は、彼女にそれを与えるべく腕輪に指を添える。そして……


「──【ストレージ】。はい、魔力の回復を早めるポーションです。これを飲んで、少し休んでいてください」

「えっ? あっ、ありがとうございます。後でお金を……」

「──ああ、料金は大丈夫ですよ。アークミノタウロス討伐の記念と言う事で」

「あ、ありがとうございます!」


 感激したように頬を赤らめ、私の差し出したポーションを大切そうに両手で受け取るクリム。

 このポーションは定価で一本数万円する物だそうだが、これくらいはプレゼントして良いだろう。結末は予想していた通りだったとしても、彼女は労われて然るべき活躍をして見せたのだ。それに──


(それに、元々最前線の支給品の一つで、タダだったしな……これ)


 まぁ、これは流石に彼女の感動に水を差さない為にも胸に秘めておくけれど。

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― 新着の感想 ―
(……今がこれまでで一番、最っ高に楽しい!) 〔また背後を取った!〕 〔アークミノタウロスを手玉に取ってるw〕 〔今何であんな動き出来たん!?〕 〔↑魔槍の機能やで〕 最高にHiGHになってるのも…
更新お疲れ様です。 天ミノさん、その常識外の可動含めてかなりの強豪だったのに…まさか一人で討伐出来るまでになるとはなぁクリムちゃん。あんたも せいちょう したもんだ(聖○伝説Ⅰ並感 それでは今日は…
ソロ討伐おめでとう。今回みたいな機会でもないと出来ないだろうし。これからどんどん伸びそうですね。
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