取引の行方
顔が熱い。昇った太陽は窓越しに朝を告げ、瞑った目蓋に光を落とす。
遮った手の中で僅かに開いた二つの瞳。
霞んだ視界で外を見詰める……朝だ、起きねば。
アーケの城下町では職人が多く、工芸が盛んなため高級な宿の窓にはガラスが使われていると聞くが、ここダルアの街の宿では格子状の窓枠に、木の扉をつける形態となっており閉じた状態では真っ暗なはずだ。
たしか窓の扉は閉めて寝たはずなんだが、テンガかぺぺが開けたのだろう。
見渡すとベッドに二人の姿は無く、部屋がやけに広く感じる。
ボーっとドアを眺めていると「バタバタ」と小走りする複数の足音が聞こえ、ドアの前で立ち止まる。
ガチャっと扉が開き顔を覗かせたのはテンガとぺぺの二人だった。
「積み荷がやられました」
やられた? あー、そうか盗られちゃったか。治安悪いよなぁ。
寝起きの頭が徐々に覚醒してくる。
「積み荷だけか、馬車と牛は無事か?」
二人が頷いた後、ベッドに腰掛けて水差しから入れたコップの水を飲む。
確認しに行きます? それとも先に飯でも食べますかと聞いてくる二人に、別のそれともなら良かったのにと考えながら「見に行こう」と告げ、立ち上がる。
馬車に見張りなんぞ付けてないからな。盗み放題だろう。
積んであるのはダミーの箱で、商品は全てカードにしてある。
馬小屋に入ると複数の馬車と荷台があり、護衛の者達と目が合う。
当然商人達は荷物の警備に交代で見張りを立て、窃盗に備える。
護衛達の横を抜け、自分の馬車に近づくとまずは牛の様子を確認。特に怪我などない事に安堵の息をつくと、体を撫ぜた後積み荷の確認を行う。
木箱の数が明らかに少ない。残ってる木箱もひっくり返され、中に詰めていた石が散乱している。
この有様では、他人の馬車とはいえ他の護衛が窃盗に気付かない何て事はないだろう。
馬小屋にいた護衛達に話を聞いてみると「知らねえ」「交代前の事なら分からんね」「手前の荷物は手前で守るもんだ」などと返事が返ってくる。
ふーん、なるほどね。まあ朝飯でも食べに行きますか。
食堂でパンに齧り付いてるとグランカーが話しかけてきた。
「馬車を荒らされたって聞いたぞ、積み荷は大丈夫なのか?」
「……まあな、別の所に隠してあるから商品に問題はない」
彼は既に朝食は食べ終わっていたようだが、椅子を勧めるとエール片手に雑談に付き合ってくれる。
世間話をしつつ食事を済ますと、片付けと商品を取りにいくから取引を昼からにするよう頼み、馬車を引いて街に繰り出す事にした。
グランカーの表情からは彼が窃盗に関わっているかどうかは分からなかった。
積み荷を片付け、馬車を引いて商業区へ向かう。
大通りに馬車をとめ、テンガを残して商店を巡る。ガラス細工、銀細工、染料の価格、デザインを頭に詰め込んでいく。
倉庫、広場などに馬車をとめ、休憩しつつ宿に帰る事にした。
馬小屋から十数メートル離れた場所の宿屋の敷地内の広場に馬車をとめ積み荷を運び出す。
今から商品の取引を行う。
お互いの前には商品を詰めた木箱が複数積まれており、護衛達が背後に並び立ち周囲とこちらを警戒する。
ぺぺとテンガは俺の背後を守るのでは無く、お互いの姿が確認できるよう三角形の位置に立つ。
グランカーは少し眉を上げただけで何かを言ってくる事は無かった。
街中で堂々と強盗してくるとは思えないが、不穏な動きがあったと合図があればモンスターを一斉に召喚する事も辞さない。
ドライフルーツの入った木箱からグランカーが一掴み取り出す。
まずは俺が味見した後、護衛が食べ、彼が食べる。
何の問題もない。
次にガラス細工を一つずつ確認していく。
「なあグランカー、あんた同じ宿に泊まってたよな。怪しい奴を見たとか護衛から聞いてないか?」
「いや聞いてねえな」
あ、ここヒビが入っている。――横に除ける。
「盗んだ奴に心当たりないか?」
「……ねえな。そもそも盗まれたのか?」
このコップは持ち手が取れてるな。――横に除ける。
「商品の出所を気にする商会は多いのか?」
「……いねえなそんな奴。物さえまともなら気にしねぇよ。領主や貴族が関わった品なら別だがな」
こいつは気泡が入り過ぎてる。そのうち割れちまうな。――横に除ける。
やはり壊れ物だけあって破損した物が一定数含まれる。それを見越してだろう、相場から考えても積み荷の数は多い。
取引自体に不信な点は見当たらないな。今の所は。
こうやって全ての商品を検品した後、嫌そうな顔をしているグランカーと最終的な取引交渉を纏める。
結果はやはりガラス細工、銀細工、染料全量とこちらの商品全てで落ち着いた。
あわよくば陶磁器もいけるか? と思ったが、相手側としては譲歩すると盗もうとしたと自白する様なものだ、引くわけにはいかないのだろう。
全くの第三者が盗もうとした可能性もあるが、これから取引を行う相手の積み荷が盗まれるのを、みすみす見逃すはずもなく、やはり何らかの関与を疑うのは当然と言えよう。
グランカーは明日の早朝からアーケに向けて出発するそうだ。
今回の取引は有意義だったと思う。
こちらは輸送での破損を考えなくていいため、数量的に有利な取引だっただけでなく、商会のみならず行商人同士の取引という新たな選択肢の存在に気付かされた事は大きい。
「商品は全て積み終わったよ。後おねがい」
「わかった、今行く」
ぺぺの呼びかけに思考を一時中断して馬車の荷台にむかう。
積み荷の商品を全てカードにし、午前中に購入した木箱に石ころを入れて積むともう夕方になっていた。




