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17.非常事態。

_(:3 」∠)_










「…………すぅ……」




 異様な喧騒に包まれる墓地の中で、リコは静かに呼吸を整える。

 この事態の治め方は、十分承知していた。自分だって墓守――死霊術師の家の娘なのだから。両親の仕事を間近で見てきたから、理解できていた。

 だから後は、覚悟だけ。

 彼女は静かに息を吐くと、真っすぐに墓地へと向かって歩みを進めた。







「……ライル、準備は良い?」

「はい。大丈夫です」

「分かった。それなら、私の後についてきて」




 ボクににそう声をかけて。

 リコさんは目を背けてきたものへ、向き合う。

 善良な霊が悪霊へと落ちる理由は多岐にわたるが、解決策は一つしかないという。それは彼らの心を癒すことであり、孤独ではないのだと安堵させることだった。


 貴方たちのことは、自分たちが憶えている。

 だから、どうか安心してほしい。


 リコさんはそう願いを込めて、荒れ狂う霊たちに向かって語り掛けた。

 ボクはそれをただ、見つめている。そして、思うのだ。




「すごく、綺麗だ」――と。




 祈りを捧げる彼女から湧き上がる魔力の輝き。

 柔らかな純白を感じさせるそれは、あっという間に墓地全体へと広がっていく。いまを生きている自分たちでさえ、そこにある優しさに心奪われた。

 その証拠に、後方に控えている他の人々もみな目を奪われている。

 これが死霊術師の役割であり、仕事なのだ。


 世間のイメージとは真逆。

 あまりにも高貴な光が、とにかく印象的だった。




「……ライル。もう少ししたら、墓石の修繕を――」




 そして、その温もりも収束し始めた時。

 リコさんは額に大粒の汗を浮かべながら、ボクにそう声をかけようとした。




 だが、次の瞬間だ。







「な……!?」

「え……!!」







 ――なにか得体の知れないものが、近付いている。

 そんな恐怖にも似た感情が、腹の奥底から湧き上がってきたのは。





「ライル! 今すぐ、逃げ――」





 そして、そんなリコさんの声が聞こえて。

 しかしボクが逃げるより先に、なにかが自分の身体に流れ込んできた。








「げほ、が……!?」




 直後、ボクは全身に激しい痛みを覚える。

 必死に歯を食いしばるが、とても立っていられない。視界が明滅して、周囲の声が次第に遠退いていく。その次に襲ってきたのは、計り知れない悲しみの感情だった。

 自分の思考とは無関係に、大粒の涙が溢れ出してくる。

 そうやっていると、脳裏に浮かんできたのは――。





『ライルは修繕師なんかに、させない……!!』

『シャッツ! 私は――』

『うるさい!! 仕事ばかりで家庭を壊したアンタの言葉なんか、聞いているだけで反吐が出る!!』





 お爺ちゃんと父が、口論をしている光景。

 そして、次に切り替わった先にあったのは――。





『お爺ちゃん……?』

『私は結局、間違えてばかりだったな』

『……え?』





 ――病床に伏せるお爺ちゃんの姿だった。


 この時のことは、よく憶えている。

 視力も聴力も落ちて、ボクのことを認識できなくなった彼は言ったのだ。とても悲しい声で、すべてを失ってしまったといった声色で。





『……あぁ、もしかしたら』





 祖父は、こう言葉を紡ぐ。






『この生涯に、意味などなかったのかもしれないな』――と。






 それが、お爺ちゃん――ローンドの最期の言葉だった。

 これまであまりに多くの人々の心を救って、多くの人から感謝の言葉や気持ちを受け取ってきた彼が残したのは、筆舌に尽くしがたいほどの後悔だけ。


 ボクはそんな彼の手を取って、思ったのだ。




「そんなはずがない」――と。




 お爺ちゃんのやってきたことが『無意味だった』なんて、そんなはずがない。

 だって、お爺ちゃんはボクにとってかけがえのない人。

 だからこそ、この終わり方が許せなかった。





 そう、だからこそ。

 ボクは祖父の想いを引き継いで、修繕師になったのだ……。












「ライルくん!」

「ライルさん!?」





 リンドやテーニャが、苦しみ気を失った青年のもとへ駆け寄る。

 そして、彼の顔を見て愕然とした。何故なら、




「こ、これは……!?」




 うなされるライルの顔には、血の気というものがなかったから。

 その姿は、まるで死人のそれだ。脈を確認すると、そちらもひどく弱まっている。それ以上は確かめるまでもない。間違いなく、ライルは死に瀕していた。

 しかし、いったい何が起きたのか。

 この場でそれを理解しているのはリコ、ただ一人だった。




「あ、あ……」




 彼女はライルに必死の呼びかけを行うリンドを見ながら、ひどく狼狽えていた。

 そして、がくりと両膝をついてこう漏らすのだ。




「やっぱり、私じゃ駄目なんだ……」――と。




 死霊術師の端くれである彼女には、分かったのだ。

 いまのライルには、自分の手に負えないレベルの悪霊が取り憑いている、ということが。そして、こう思うのだ。



 今までずっと逃げてきた自分では、力不足だった――と。



 自分は結局、なにもできない。

 なにも、為せない。あまりに無力で役に立たない、と。




「ごめん……! ごめん、なさい……!!」




 だから彼女はただ、謝ることしかできない。

 そう思った。だから口をついて、勝手にそんな言葉が出た。




 だが、その時だ。





「いい加減にしろ、リコ!!」






 ――パァンという、乾いた音が墓地に響き渡ったのは。





 


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