11.踏み入るべき、だったのか。
リコさんの家は、王都の中心を少しだけ外れた場所にある。
ボクはそこへ向かって真っすぐに走り、そして――。
「ライル……?」
「す、すみません。急に押しかけてしまって……」
「……いえ、別に気にしなくて良いけど」
急ぎドアをノックすると、これから眠りに就こうとしていたのだろう。リコさんは寝巻姿で、ボクのことを迎え入れた。しかし悠長に語っている暇はない。
部屋の中心にある椅子に座るように促され、腰掛けると同時にボクは事情を話した。
最初は首を傾げていたリコさんだが、途中から複雑な表情になる。
そして、ホットミルクを口にしてから言った。
「アタシに、戻ってきてほしい……?」
「はい、そうです。藪から棒で失礼なのは、重々承知の上で!」
「………………」
そこで一気に、部屋の空気が重くなったように思う。
彼女の周囲で起きた一連の出来事はもちろん、簡単に拭い去ることはできない。だとしても、このままでは何が起きるか分からなかった。
だから、ボクは必死に説得を試みようとする。
しかしそんなこちらに、彼女は微かに声を震わせながら語ったのだ。
「……ライルは、兄さんの声を聞いたんだよね?」
「え、は……はい!」
酷く心痛な面持ちで。
「あの兄さんが、そんなことを言うはずがない」――と。
◆
ボクは街の中心にある広場で、どこか空虚な思いで空を見上げていた。
それというのも、リコさんの語った話を思い出していたから。彼女はボクがすべてを知っているということを察し、重い口を開いてくれた。だけど、
「…………遺書の内容、か」
あえて無感情に、淡々と語られた内容は凄惨なもの。
ボクの想像の遥か上をいくような、耳にするだけで辛い話だった。
――あの日、リュードさんの遺体を最初に発見したのはリコさんだった。
首を吊り冷たくなった彼を前に尻餅をついた少女の足元には、彼の血で書かれた『呪い』があったという。それは比喩でも、なんでもない。
生まれてから死ぬまで起きたこと。
死霊術師という一族に生まれ、後悔や憎しみに堪えなかったこと。
そして何より、リコさんの心を凍り付かせたのは、彼女に宛てられた言葉。
『どうして自分が、リコの代わりにならなければならないのか。妹さえいなければ、自分はもっと自由に生きられたはずなのに。どうして、自分は誰にも助けてもらえないのだろうか』――と。
それは、いつも笑顔で彼女を守っていたリュードさんの抱えていた闇。
もしくは本音、ともいえるのだろうか。
「そんなのって、あんまりだよな……」
まだ少女だったリコさんは、血で書かれたそれを見てしまった。
きっと、彼女の心の傷は相当に深いだろう。それこそ、ボクみたいな部外者が簡単に口を挟んではいけないような。あるいは、声をかけられる人なんていないのかもしれない。
そう、思わざるを得なかった。
だから気持ちが沈む。
「今回は、踏み込み過ぎたのかな……?」
そして、そんな後悔が口を突いて出る。
そんな時だった。
「なにやってんだ、ライル。こんなところで?」
「え……ジャック、さん……?」
なにやら、買い出しでもしていたのだろうか。
大荷物を抱えたリンドさんの仲間の一人――戦士のジャックさんが姿を現わしたのは。




