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10.届いた手紙と想い。

次回、第8章完結。

遅くなった申し訳ないっす(´;ω;`)副鼻腔炎しんどい。










「ねぇ、父さん? 母さんって、どんな人だったの?」

「どうしたアルミン。そんなに改まって」

「いや、なんとなくね」




 ――ノアの息子、アルミンは生まれながらに身体が弱かった。

 しかし、そのような境遇に恨み言一つ吐かない。それどころか時々に、屋敷の外に抜け出しては街の子供たちと遊んで帰ってきていた。その後は決まって体調を崩すのだが、反省しているのかは分からない。

 それでも、ノアはそんなアルミンがとかく大切だった。

 そんな息子がふと、訊いてきたのだ。


 自分の母親は、どのような人物だったのか、と。

 彼の問いかけは何の変哲もない。だが母について訊ねたのは、初めてだった。



「……そうだな。お前の母親は――」



 アルミンの疑問に、ノアは静かに語り始める。

 本当に、心が穏やかになっていった。亡き妻の話をすると、懐かしい気持ちになる。胸の奥に熱が宿るようで、活力に満ちていくのだ。

 そんな父親の姿を見て、アルミンは何度も頷く。



 その日以降、思い出話をするのが日課になった。

 本当になんてことのない話を。



 それでも、とても優しい時間だった。

 こんな時が永遠に続けばいい。



 今までの苦労に見合う幸せを求めて、罰など当たらないだろう。

 ノアはそう信じていた。だが、




「アルミン。……目を、覚ましてくれ!」




 現実は残酷で。

 ある日を境にして、アルミンは目を覚まさなくなった。

 緩やかに呼吸が細くなっていく彼の手を握り、ノアは祈り続ける。



「私にはお前しかいない。お前がいなくなったら、私は誰と……!」



 治癒術師も、医師も、誰もが諦める中で。

 ノアだけは最期まで祈りを捧げ、青年を看取ったのであった。











「あの日以来だよ。私が誰かに、この話をするのは……」




 ノア様はそう言うとようやく、本当に僅かだけど笑みを浮かべた。

 しかし、それはどちらかといえば自嘲に近い。まるで家族の死から目を背ける自分に、嫌気がさしているようだった。

 でも、ボクにはそれが情けない話だなんて思えない。

 悲しいことから目を背けるのは、愛する人の死を受け入れたくないのは、人がその心をたしかに持っている証明だからだ。



「……ノア様。お渡ししたい、手紙がもう一通あります」

「もう、一通……?」



 そんな彼に、これを渡しても良いのだろうか。

 ボクは逡巡するが、しかし意を決して青年から預かった手紙を差し出した。




「……これはいったい、誰からのものかな?」

「それは、ご自分でお確かめください」

「ふむ……」




 あえて言葉にせず、ボクはノア様にそう促す。

 すると、彼は少し悩んだ後に受け取った。そして――。




「…………!?」





 差出人の名を見た瞬間に、大きく目を見開いた。

 それもそのはず。そこにあるのは、亡き息子の名前なのだ。




「こ、これは何の冗談だ。兄上の使者よ……」

「冗談ではありません。ボクは――」




 困惑し、声を震わせるノア様。

 そんな相手にボクは、緊張を押し殺して言い切った。




「彼から、アルミンから託されたんです」――と。





 にわかには信じられない話。

 だが、真実だった。




「そんな、馬鹿な……」

「お願いします、ノア様。一度でいいから、目を通してください」




 顔色悪くなる彼に、ボクは必死にそう願う。

 ノア様は瞳を震わせて、幾度となくボクと手紙を見比べた。そして、




「…………分かった」





 そう、覚悟を口に。

 ゆっくりと、手紙を開いた。その瞬間――。






『……ねぇ、父さん?』

「え……?」






 不思議なことが起きた。

 その声はきっと、ボクにしか聞こえていない。




『僕は本当に幸せだった。父さんの息子に生まれて、本当に』




 青年が、立っていた。

 彼はノア様の前に立って、本当に優しく笑うのだ。









『だから、ありがとう。…………愛してるよ』









 最愛の父に向けて。

 その言葉を残して彼は、まるで水面を揺らすように消えていった。

 ボクはその光景をただ唖然と、見つめることしかできなくて。我に返ったのは、こんな声が聞こえてきた時だった。




「いたぞ、侵入者だ!!」

「あ……!?」




 ノア様の臣下の人々が、息を切らしてやってくる。

 ボクはしまった、と思い逃げようとした。

 だが、それを彼が止める。




「…………よい、私が許そう。彼は『アルミンの友人』だ」

「領主、様……?」




 ノア様は手紙を見つめたまま、そう言ったのだ。

 臣下の人々は明らかに困惑の表情を浮かべ、こう訴えてくる。




「しかし、そのようなことは……!」





 ――あり得るはずがなかった。

 ボクだって、そう思う。それでも、




「彼は、亡き息子の手紙を届けてくれた」




 ノア様はただ静かに続ける。

 その場の人々全員が、顔を見合わせた。

 そんな彼らに向け、ノア様は一つ大きく息をつく。




「……あぁ、そうだな。あり得ない話だが――」









 そして、肩を震わせて。

 彼は手紙を涙で濡らしながら、言った。










「息子の字を見誤るほど、私も耄碌してはいない……!」――と。








 それは辺境の地で体験した不思議。

 そして、一人の不幸な領主にとっての救いだった……。




 


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