12.これはまだ、しばらく先のお話。
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あと、更新再開します(2022年7月13日)
――あの日から、どれだけの時間が流れただろう。
修繕師の技術だけを求めていた少年は、青年となっていた。ただ一つの願いのために門を叩き、最高の師を得て、一心不乱に修練を積んだ。最初は色々と反発もしたものだが、いつしか師の温かい言葉に励まされ、その期待に応えたいと思うようになった。
そうして、彼――コルネは、ひとかどの修繕師となる。
自身の店を持ち、師の店ほどの繁盛とは言わないまでも仕事は途切れなかった。忙しい日々を送る中でも、コルネには目指す修繕がある。
いつの日か必ず、一人前になったら直そうと誓っていた。
家族の思い出。
時を刻むことをやめてしまった銀時計。
あの瞬間に、足を止めてしまった自分たち。今こそ、それを前に進めよう。
「ねぇ、父さん。次の休みに、一緒に公園に行かない?」
「急にどうしたんだ、コルネ」
「いいから、さ。少しだけ、時間をくれよ」
「…………あ、あぁ」
息子の誘いに、アルフォンスは首を傾げながら了承した。
自分も王城の仕事に復帰したが、幸いなことにもう少しでまとまった休みが取れそうだ。それなら、久々に親子水入らず、というのも悪くない。
そう考え、彼はコルネとの約束を楽しみにしていたのだった。
◆
――そして、その日がやってくる。
コルネは少し準備に手間取っているらしく、アルフォンスが先に公園へと向かうことになった。夕暮れ時の公園。そこにある長椅子に腰かけて、彼は空を見上げた。
人気も次第に少なくなり、気付けば日も落ちてしまう。
コルネはどうしたのだろうか。
何か突発的な問題でも、起こってしまったのか。
そう考えていると、誰かがやってくる足音があった。
息子のそれだろう。
そう思って、足音のした方を見る。
すると、そこにいたのは――。
「え、あなた……?」
「アイネ……!?」
アルフォンスは、自身の目を疑った。
何故なら、そこにいたのはかつての妻であるアイネだったから。
彼女もまた驚き、息を呑んだ様子で立ち尽くしていた。互いに言葉を失って、静寂がその場を包み込んでいる。しかし、いつまでもこのまま、とはいかなかった。
「…………少し、話さないか?」
先にそう口にしたのは、アルフォンス。
彼は意を決して、少々詰まりながらもそう提案した。
「え、えぇ……」
アイネも流れのままに頷く。
そしてまるで、仲を違える前のように並んで椅子に腰かけた。
だが、なかなか次の言葉が出ない。また沈黙が降りたって、そして――。
「コルネは、元気……?」
「え、あ……」
我慢が利かなくなったのだろう。
アイネは、息子の近況について彼に訊ねた。
「元気、だね。今では自分のやりたいことを見つけて、立派な修繕師として働いているよ。本当に毎日、笑顔が絶えないんだ」
「そう……。それは、本当によかった」
「あぁ、本当にね」
アルフォンスは、静かにそう答える。
すると元妻も安堵したのか、そう胸を撫でおろすのだ。
「…………ねぇ、あなた」
「どうしたんだい?」
そして、次は彼女が意を決したようにこう口にする。
「あの時は、本当にごめんなさい……」――と。
それは、思わぬ謝罪の言葉だった。
アルフォンスは呆気に取られて、返事ができない。
そんな彼に対して、アイネは堰を切ったように続けるのだった。
「私も、あなたが仕事先でヒドイ目に遭っていたのを知っていたのに。自分のことばかりで、あなたとコルネのことも考えずに飛び出して、まともに話を聞こうともしなかったから……」――と。
彼女の口から出てきたのは、懺悔だ。
何年も前の、まったく非のない事柄に対しての罪の意識。
アルフォンスは辛そうに語る彼女を見て、とっさに声を上げるのだった。
「それは、違う! 悪いのは私だ! 一人で抱え込んで、キミに暴力を振るって……! だから、キミがそんな風に罪悪感を持つ必要はないんだ!!」
それを聞いて、次に声を荒らげたのはアイネだ。
「違うの……! それだけじゃない。私はコルネのことも考えてなかった! 一人で逃げ出して、責任を全部あなたに押し付けてたの!!」
「それは、私が負うべき責任だから……!」
「分かっているの、あなたが本当は優しい人だ、って! だからきっと、今もこうやって一人で抱え込もうとしているのだって、同じことなんだって……!!」
「………………!?」
互いに、自分が悪かったのだと言い合う。それは少し前では、まずあり得なかった光景だった。それぞれ肩で息をしながら、ひたすらに感情をぶつける。
冷え切っていたはずの関係が、にわかに熱を帯び始めていた。
だが、どこか足りない。
まだ互いに『あの言葉』を言えていない。
そして、いよいよ互いに言葉も尽きてきた頃合いだった。
「二人とも、ずっと辛かったんだよね……」
「え……」
「コルネ……?」
声が、聞こえたのは。
二人にとって、それは大切な子供の声だ。
姿を見るより先に口々に言って、青年の立つ方を見る。そして、
「コルネ、あなた……」
「それ、は……」
「……父さん、母さん。ずいぶん、待たせちゃったね」
彼の手にある銀時計を見て、息を呑むのだった。
あの日、壊れてしまった家族の絆。それが、あの日の姿のままそこにあった。月明かりを受けて淡く輝く銀時計は美しく、アルフォンスとアイネの胸の奥からは、様々な感情が込み上げてくる。
楽しかった頃の思い出。
苦しかった日々。
そして、いまこうして目の前にある光景。
その意味を理解して、彼らの瞳には光るものが生まれていた。
「俺さ、頑張ったんだ……」
そんな二人に対して、コルネは語り始める。
「元通りには、ならないって分かってる。それでも、少しでも前に進めるように、ってさ。師匠の受け売りだけど、それでも――」
大粒の涙が頬を伝っていた。
そんな青年は、二人の傍に立ってこう言うのだ。
「ただ、二人がこれから幸せになれたら、って願ってさ……!」――と。
そして、おもむろに銀時計に触れた。
すると静かに、微かに輝く銀時計は再び時を刻み始める。
「コルネ……!」
それが、最後の後押しだった。
「あぁ、本当にお前は……!」
アルフォンスとアイネは、愛しい息子を抱きしめる。
コルネにとって、それはとても懐かしい温もりだった。だから、
「う、うぅ、うわああああ……!」
もう我慢なんてできない。
あの日、師の前で初めて泣いた日のように。
コルネはただ、二人の子供に戻って泣きじゃくるのだった。
三人を照らす月。
空に浮かぶ今日のそれは、とても綺麗な満月だった。
これは、少年が願い続けた『これから』のお話。
※時間軸は、次回でもとに戻ります!
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新作です。
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