11.それはきっと、夢のような。
かつてない決断と、その勇気。
「それは、ずいぶんとライルらしくないことを言いましたね」
――数日が経過して。
一連の出来事をアーシャに話すと、意外そうな表情でそう返された。ボクは細々とした作業をしつつ、少しだけ首を傾げる。
「そう、かな……?」
「そうです。規格外にお人好しの貴方のことなら、もっとコルネに寄り添った言葉を伝えると思っていたのですが」
「……規格外にお人好し、ってなにさ」
褒められているのか貶されているのか。
どちらとも受け取れる言葉で形容されたが、とにかく彼女にはピンときていない、ということだけは分かった。だがたしかに『お人好し』だと思われているなら、この反応も頷けるものだ。
ボク自身がお人好しか、その是非は横に置いておくとして。
ただ、今回については事情が違うと思ったのだ。
「全部が全部、相手の期待している言葉を返せばいい、ってことではないと思う」
「……と、言いますと?」
ボクは一度手を止め、アーシャに向き直る。
「ボクに……いいや、修繕師にできるのはあくまで修繕なんだ。それは時として、誰かの思い出を繋ぐ役割を担うかもしれない。だけど、コルネの場合は違う」
「それは先ほど、話の中にあった彼の心の問題ですか?」
「……うん」
少女の言葉に、ボクは首を縦に振った。
「この問題は、あの子が自分自身で一歩を踏み出さないと意味がないんだ。あの子が決断して、行動して、どのような結果になっても受け止めなければならない」
「でも、それはきっと辛いでしょう……?」
「そうだね。きっと、それ相応の苦しみも伴うよ」
「ライルは、その苦しみもコルネには必要だと言いたいのですか?」
「………………」
苦しみに、あえて目を向ける必要があるのか。
もっと他に、やり方があるのではないか。そのような問いかけが、アーシャの口からボクの胸へと届いていた。おそらく、誰もが思うであろう疑問なのだ。
そして、同時に――。
「……まだ、ボクにも分からないよ」
――正解なんて、もしかしたらないのかもしれない。
どのように優れた人にだって、相手の心の隅から隅まで覗くことはできない。それと同じで、ボクから見たコルネという少年の想いは違うかもしれない。
もしかしたら、ボクはただただ彼を傷付けただけかもしれなかった。
考えれば、考えるほどキリがない。
焦燥感と恐怖心が、どうしたって消えたりはしなかった。
「……はぁ。やっぱり、貴方は本当にお人好しですね」
「え……?」
そう考えを巡らせていると、アーシャが不意にそうため息交じりに言う。
どうしたのかと、彼女を見る。するとそこには、呆れながらも優しい微笑みを浮かべた少女の顔があった。いつの間にか傍にきていたアーシャは、少々手荒くボクの目元に触れる。そして、どこか諦めた様子で口にするのだった。
「また、寝てないのでしょう? 目の下にクマができていますよ」――と。
彼女の温もりは、その言葉からもよく感じられた。
だけど、少しだけくすぐったい。
「本当に、一人だといつか潰れてしまいそうで。見ている私からしたら、ずっと怖いのですよ?」
「あ、はは……ごめんね、アーシャ」
「ええ、存分に反省してください」
「……うん。分かったよ」
ボクの答えに、ひとまず納得したらしい。
アーシャは手を離すと、先ほどまでいた場所に戻ろうとした。
その時だ。
店の扉がいつかのように、やや乱暴に開かれたのは。
走ってきたのだろう。そこには、肩で息をする一人の少年が立っていた。
「なぁ、アンタ……!」
その少年――コルネは、とても真っすぐな眼差しでボクを見て言う。
「戻せないなら、どうすればいい……!」――と。
それは縋るようなものではなくて。
震えながらも、前に進もうという力強さを持っていた。
ボクは真剣な彼を見つめ返す。そして、改めて覚悟を決めて告げるのだ。
「きっと、進むしかないんだ」――と。
自分に言い聞かせるように、慎重に言葉を選びながら。
「辛い思い出に向き合うのは、とても大変なことだよ。起きた事実はどうやっても、変えることはできない。それでも諦められないなら――」
出来得る限り、ボクの想いを伝えた。
「『これから』を変えるように、頑張るしかないんだ」――と。
それはきっと、とても単純なようで難しい。
結果が好転するかは分からない。
……だとしても。
ボクたちはとにかく、足掻いて、足掻いて足掻いて足搔いて、足掻き続けるしかない。自分にできる最大限の努力をして、誠意を尽くすしかないのだ。
まるで途方もない旅のようであり。
もしかしたら、地獄のような場所への片道切符かもしれなかった。だけど、
「それがきっと、明日をほんの少し変える唯一の手段なんだ」
「…………!」
状況は絶望的かもしれない。
それでも、足掻かない理由にはならなかった。
コルネはボクの言葉を聞いて、拳を強く握りしめる。そして、
「…………だったら、教えてくれよ。その方法を……!」
相も変らぬ強気で喧嘩腰な言葉。
それでも彼は、変わらぬ真っすぐさでボクにそう言い放った。
「……うん、分かった!」
そうとなれば、この後にすべきことは決まりだ。
ボクにできるのはあくまで修繕のみ。ただ、今回は過去を振り返るものではない。そっと誰かの背中を後押しする。――そんな『夢のような修繕』を。
「ボクは、キミに頑張って教えるよ!」
これは、かつてない挑戦。
ボクはコルネを見て、気合を入れ直すのだった。
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