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10.本当に願っていたもの。

作者、めちゃくちゃ悩んで書いてる部分_(:3 」∠)_











 ――明かりのついていない、真っ暗な部屋。

 まるでそこは、誰にも自分の気持ちを打ち明けられない少年の心を表しているようだった。鍵はかかっておらず、コルネもボクの入室を拒むことはない。

 先刻、声を荒らげた時とは打って変わって。

 窓から差し込む淡い月明かりに照らされた少年は、ただ静かに膝を抱えている。




「なんだよ、アンタ」

「キミのお父さんに、無理を言ってね。二人で、話がしたかったんだ」

「………………」




 ボクはコルネと二人で話をさせてもらうことにした。

 肉親だからこそ、相談出来ないこともある。そう、思ったから。




「隣、いいかな……?」

「……勝手にしろよ」

「ありがとう」




 少し遠慮がちに訊ねると、意外にもコルネはそう答えた。

 ボクはお礼を言いつつ彼の隣へ。そして、ゆっくりと腰を下ろした。

 コルネのいる場所からは、窓の外がよく見える。満天の星空。そのちょうど中心に、半分が欠けた月が浮かんでいた。




「それで、話って?」

「うん。実は、ご両親のことを聞いたんだ」

「……あっそ」




 ぶっきら棒なコルネ。

 ボクの答えも想像ができていたのか、興味なさげにそう言った。

 そしてすぐに、自分の足元に転がっている宝物へと視線を落とすのだ。




 ――壊れて、時を刻むのをやめた銀時計。




 まだ、そこまで致命的ではないように思える壊れ方だ。

 きっと修繕に出せば、多少の値は張るがすぐに動き始めるだろう。

 だけど、それでは駄目なのだ。コルネにとってこの銀時計は、家族との絆そのもの。それと同時に、自分が壊してしまった大切な欠片なのだから。




「………………」




 一連の経緯を聞いたボクには、コルネに責任がないのが分かっていた。

 しかし、それを彼に伝えても納得はしない。そんなのは、当たり前だった。

 何故ならコルネ自身、そのことを理解しているから。両親の不仲の原因は別にあって、自分のそれは些細なキッカケに過ぎないのだ、と。

 したがって根本にあるのは、もっと別の問題だった。




「……分かってるんだ。ぜんぶ」




 長い、とかく長い沈黙。

 それを破ったのは、コルネの方だった。

 彼は膝を抱えて、口元を隠すようにして言う。




「原因は俺じゃないんだ、って。父さんと母さんが喧嘩して離婚したのは、俺がこれを壊したからだけじゃない。だから、そんなに気に病む必要はないんだ……って」




 それは、とても綺麗な論理の帰結。

 原因はそもそも別だから、コルネは気にしなくていい。

 そう語って聞かせたのはきっと、アルフォンスさんだったのだろう。息子が気に病む姿に耐え切れず、ただそう説明するしかなかった。でも――。




「……でも、さ」




 でも、問題はそんな理屈ではないんだ。





「でも、苦しいんだよ……!」





 コルネは、震える声でそう口にする。





「どうしても、どうしても苦しいんだ……! だって――」





 それは次第に涙声になって。

 少年はボクの顔を見上げ、ぐちゃぐちゃな表情で訴えてきた。







「だって、俺……! 俺はただ、みんなで……いたかった、それだけで……!」







 ――たとえ不仲でも。

 それでも、バラバラになってほしくはなかった。

 自分の愛する人たちが、自分の心から遠ざかっていくのは耐えがたい。きっとコルネという少年は、まだまだ甘えたい盛りで、強がっていただけで……。





「でも、駄目なんだよ! そんな簡単な話じゃないのは、分かってる……!!」





 ただ、それと同時に聡い子だったのだろう。

 自分の本当の願いと感情、そして現実の壁の隔たりはあまりに大きい。そのことを嫌というほどに痛感して、幾度となく跳ね返されてきたのだ。

 誰にも相談できず。

 自分の中で、必死に折り合いをつけて。



「…………」




 ――そんな少年が、最後に縋ったのがボクだったんだ。


 修繕の技術を習得して、銀時計を直す。

 気休めかもしれない。それで元通りになんて、なるはずがない。

 そんなことは彼自身が一番分かっていて。だけど、縋るしかなかった。




「……コルネ…………」




 今まで堪えていた感情が溢れ出す少年を見て、ボクはしばし黙り込む。

 簡単なことは、言えない。気休めなんて、今さらだった。

 だから、ボクはこう伝えるのだ。












「時間は、絶対に戻らない」――と。













 あえて、感情を押し殺して。






「え…………?」

「どうしたって、起きてしまったことは変えられない。たとえ、どんなに願っても時間は流れていく。それは誰にも、神様でない限りどうにもできないんだ」






 呆けたような顔をするコルネに、ボクはそう告げた。

 無慈悲だと、そう受け取られても構わない。



 それでも、この少年の強さを信じて。

 ボクは彼の頭を撫でて、こう伝えるのだった。






「それでも、諦められないなら。またボクの店においで……?」――と。






 そして、すっかり泣き止んだコルネに背を向けて立ち上がった。

 彼の部屋を後にして、アルフォンスさんに小さく会釈をする。今のボクにできるのは、きっとここまで。あとは、コルネ自身がどうするか、だ。



 彼の家から、店へと戻る道すがら。

 ボクはふと空に浮かぶ月を見上げて、小さく息をつくのだった。








 


コミカライズもよろしくねー_(:3 」∠)_

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