4.理由。
ルゼインが、自分でリーナを修繕しない理由です(*‘ω‘ *)
――数日後。
ボクはルゼインの工房を目指して歩いていた。
彼の構える店は、王都の中でも少し外れた場所にあるらしい。あまり人もこないのだろうか、雑草が生い茂る道を進むと、ようやく目的地が見えてきた。
一つ、呼吸を整えてから。
ボクはそこに、足を踏み入れようと――。
「ふざけんじゃねぇ!! オレの修繕に文句があんのかぁ!?」
「うおお!?」
――その瞬間である。
ルゼインの激怒する声が、工房の外まで響き渡ったのは。
思わず驚きの声を上げてしまった。しかし呆然とする暇もなく、工房の中からは客であったと思しき男性が、逃げるように飛び出していく。
そして、それを追いかけるように。
「もう二度と来るんじゃねぇぞ! この素人が!!」
ルゼインが、鬼のような顔で現れてそう叫ぶのだった。
肩で息をしており、こちらには気付いていない。
ボクは苦笑いしつつ、ひとまず声をかけた。
「あの、ルゼインさん?」
「あん……?」
すると彼は、こっちを見て。
あからさまに不機嫌な表情を浮かべた。
「なんだァ、てめぇ。もう音を上げたのか……?」
「い、いえ。そういうわけではなくて――」
「だったらなんだ。こんな辺鄙な場所に、わざわざきやがって」
「え、えっとー……」
そして、食ってかかるような態度で言う。
ボクは思わず気圧されて、固まった表情のまま頬を掻いた。そんなこちらの様子を見て、ルゼインは眉間に皺を寄せる。そして、小さくこう口にした。
「……リーナのこと、か」
「え……?」
その言葉に、ボクは思わず呆気にとられる。
顔色の変化から察したのだろう。彼は大きくため息をつくと、言った。
「仕方ねぇ、入れ。……下らない質問だったら、殴るからな」
そして、工房の中に入っていく。
想定外の展開にしばし、その場で棒立ちしてしまう。
だが、この機を逃してはいけない。そう考えて、ボクは彼を追いかけた。
◆
「う……」
中に入って、一番にボクを出迎えたのは酒の匂いだった。
部屋全体に充満しているそれに、思わず眉をひそめる。雑然と置かれている道具などもそうだけど、工房とだとしても、少々汚れすぎていた。
リーナをこちらで引き取って数日、掃除をする人がいないのだろう。
「まぁ、適当な場所に座れ」
「はい……。分かりました」
ルゼインが、自身の定位置なのであろう椅子に腰かけた。
それを見てボクはちょうど向かいにあった、子供用にも思える小さな椅子に座る。そうすると、頬杖をつきながら彼はこう言った。
「それで、リーナは直りそうなのか」――と。
そして、グラスに注がれている液体を喉に流し込んだ。
おそらくは酒、なのだろう。
ボクはこの修繕師の体たらくに、思わず一言したくなったが、ぐっと気持ちを抑えて訊ねた。どうして――。
「どうして、リーナをボクに任せたんですか……?」
「……あん?」
するとルゼインは、不機嫌そうにこちらを睨んだ。
「質問に質問で返すんじゃねぇぞ、ガキ。それともなにか、やっぱり弱音を吐きにここまできた、ってわけか……?」
「そうじゃありません。ただ、ボクには不思議で仕方ないんです」
「不思議、だと……?」
威圧的な態度。
それに怯み上がりそうになりながらも、ボクはハッキリと言った。
「ルゼインさん、どうして――」
真っすぐに。
「貴方は、どうしてご自分でリーナを修繕しないのですか?」――と。
ずっと疑問だったことを。
彼には、ボクにはない技術がある。
それは一朝一夕で身につくものではなく、また特殊すぎる技能だった。それなのに、彼はボクに機巧少女の修繕を依頼したのだ。
こちらがそれを訊ねると、ルゼインはしばし黙り込む。
そして、なにか諦めたようにため息をついてから、こう言うのだった。
「けっ……仕方ねぇな、教えてやる」
――トントン、と。
自身の目の横を叩き、示しながら。
「オレの目は、もうあまり見えてねぇんだ」――と。




