6.信じるか、否か。
頭の中に浮かんでいるうちに形にします。
(*‘ω‘ *)
「できたよ……。ティロー……!」
経典を持って現れたボクを見て、エルフの青年は唖然とした。
きっと、直せるなんて思っていなかったのだろう。それを表すかのように、彼は大きく目を見開いたかと思えば、それを動揺に震わせていた。
そして、喉から絞り出すような声で言うのだ。
「そんなの、信じられるか……」――と。
恨みに支配されているのだろうか。
ティローはそう口にしてから、おもむろに立ち上がった。
「あの修繕師の孫だぞ……? あの男の孫ごときに、難解な古代エルフ文字が扱えるものか。また同じことの繰り返しになる、そう――」
彼は悲鳴に近い声を上げる。
そうして、口にしたのはあの人の名前だった。
「エリザさんのように……!」――と。
ボクはそれを聞いて、やはりと思った。
ティローは彼女のことを知っている。それと同時に、彼がエリザさんと親しい関係であった、ということを。だからこそ、この青年はボクのもとにやってきた。
国王陛下からの要請なんて、きっと口実に過ぎない。
要はボクの『監視役』だったのだ。
「古代エルフ文字は、少しでも取り違えると呪いに変わる! 見た目だけを取り繕っても駄目なんだ。その言葉に込められた、真の意味を汲み取らねばならない!」
頭を抱えながら、ティローは声を荒らげた。
彼の言葉に、ボクの胸は締め付けられる。
だが、それと同時に思うのだ。
祖父が残した後悔は、どれほどの人を不幸にしたのか――と。
「ティロー……」
「お前も、あの男と変わらない! 当たり障りなく修繕を済ませ、それで相手がどのように思っても何も感じない。なんの責任も取らない――」
「――ティロー!!」
「な……っ!?」
錯乱する彼の名前。
それをボクは、強く口にした。
一瞬、困惑したようになったティローを真っすぐに見つめる。
そして、ゆっくりと彼に歩み寄って――。
「これで、許してもらおうなんて思わない。お爺ちゃんの後悔も、信じてもらえなくて構わない。それでも今回だけ、せめて今だけは――」
ボクは、深々と頭を下げた。
「ボクと、ボクの言葉を信じてほしい」――と。
祖父が歪めてしまった『幸せの歯車』を直せるのは、ボクしかいない。
これは謝罪ではなく、祈りに近かった。
相手の気持ちをすべて信じるなんて、不可能なことだ。
それでも、ほんの少しでもいい。
ボクはティローに、伝えたかった。
「キミにも、もうそんな悲しい顔をしないでほしいんだ」
「え…………?」
こちらの言葉に、彼はハッとする。
そして、自身の顔に手を当ててようやく気付くのだ。
「は、ははは……。私としたことが、馬鹿みたいだな……」
服の袖でそれを拭い取って、ティローは経典を受け取る。
ゆっくり息をついてから。
彼は冷静な表情に戻って、ボクにこう告げるのだった。
「最後の、賭けだ」
何かに想いを馳せるようにして。
「私が人間を信じるか、否か……」――と。




