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9.もう一度、勇気を出して。









「え……そ、そうだったんだ」

「ずっと隠していて、ごめんなさい」

「いやいや! アーシャが謝る必要なんて、一つもないよ!!」




 コルネに店を任せ、実家への道を歩みながらボクはアーシャから話を聞いた。

 彼女はどうやらこの五年間、母さんと連絡を取り合っていたらしい。互いに父さんとボクの近況を報告し合う、という形で。こちらには気付かれないように、慎重に。アーシャはそれを『お節介』と言ったが、ボクにそれを否定する気持ちはなかった。

 むしろ、それだけの時間を自分に費やしてくれていたことが嬉しく感じる。もっとも、それと同時に気恥ずかしさも顔を出してくるわけだけど……。



「それで、父さんはいま何を……?」

「……そのこと、なのですが」



 などと、少し熱くなる頬を冷ましつつ。

 ボクが訊ねると、彼女は微かにだが目を伏せるのだった。そして、



「シャッツさんはいま、部屋で塞ぎ込んでいるそうです」

「え……?」



 不安そうな声色で、そう口にする。

 ボクは瞬間、背筋が凍るような錯覚に陥った。脳裏によぎるのは一人、病床で苦しんでいた祖父の姿。だがすぐに、アーシャはこちらの考えを否定してくれる。



「いいえ、身体が悪いとかではないそうです。ただ仕事を引退して以降、ずっと何をするでもなく引きこもってしまったそうでして。……ミラさんは、燃え尽き症候群のようなものかも、と話しておられたのですが」

「………………いや、少し違うと思う」

「ライル……?」



 彼女の言葉に安堵するが、ボクはすぐにその一部を否定した。

 だって、分かってしまったから。



「たぶん父さんは、ボクと……同じなんだ」



 ――そう、だった。

 いまの父さんは、きっと先日までのボクと同じ。

 今までずっと目を背けてきて、考えないように仕事に没頭して生きてきた。そんな状態なのに、仕事をやり終えてしまったらどうなるか。

 先日までの自分が『修繕を失ったら』どうなるか、考えるだけでも恐ろしい。

 だけど、きっと父さんは今まさにその状況なのだろう。



「父さんはいま、何十年分の自分の気持ちと向き合っているんだ。それはボクに起こったそれより、ずっと辛いものだと思うよ」



 お爺ちゃんを憎いと思う気持ち。

 だけど同時、そこには言葉とは裏腹の気持ちがあったに違いない。

 そうでなければ『青色の花冠』をずっと、大切に保管しておくわけがなかった。そこまでは五年前のボクも至っていたけれど、でも……。



「あの時の自分は、本当に傲慢だった。……自分の焦りを一方的に、そのまま父さんに押し付けたんだからね」

「……ライル、自分を責めてはいけませんよ」

「うん、ありがとう。アーシャ」



 アーシャがボクの言葉に耳を傾けつつ、そう言って支えてくれる。

 それがとても心強く、有難い。彼女がいてくれたからこそ、ボクはこうしてここまで戻ってくることができた。こうやってまた、踏み出す勇気を持つことができる。

 そして――。



「今なら、前より素直になれると思うよ」

「…………そう、ですね」



 ようやく、一歩を踏み出すことができるはずだった。







「……ライル。おかえりなさい」

「うん、母さん。それでいま、父さんは?」



 実家に到着すると、母さんが玄関先で待っていた。

 心配そうに駆け寄ってくるが、こちらの顔色を確かめると安堵したように胸を撫でおろす。ボクが訊ねると少しだけ息を呑んだが、しかしアーシャを見ると小さく頷いた。



「お父さんは、自分の部屋にいるわ」

「分かった。……ありがとう」

「……えぇ」



 その言葉を受けてから、ボクは二人を置いて家の中へ。

 深呼吸をしながら父の部屋の前に向かった。



 扉の前に立つと、今までの記憶がよみがえってくる。

 緊張に、膝が震えてしまう。


 だけどもう、今日で悲しい時間は終わらせるのだ。

 ボクは自分にそう喝を入れて、扉をゆっくりと押し開けた。




「………………え?」




 鍵のかかっていない部屋の奥には、一つベッドがあって。

 その上に、やつれた顔をした父の姿があった。




「どうし、て……?」

「…………父さん……」




 あからさまに狼狽える父さんに、ボクは静かに告げるのだ。





「……ただいま」――と。




 


五年の歳月を経て、変わった二人の再会。



https://book1.adouzi.eu.org/n6176ip/

新作も書いたよ(小声 ↓にリンク


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