8.師弟の共通項と、信頼。
――数日が経過して。
ボクは『リペア・ザ・メモリーズ』に戻ってきた。
「………………」
「どうしました? ライル」
「いや、なんというか……うちの店って、こんなだったかな、って」
ボクは店の前に立って、見慣れたはずのそれを見上げる。
あれから五年、必死に守ってきた大切な場所。ただ、いまになって少し見え方が変わってきた気がしたのだった。ずっと修繕に没頭していたとか、そういう理由ではない。
きっとこれは、ボクの心が変わったから。
だから、見える景色が違うのだ。
「ここはボクが思うよりもずっと、大きな場所だったんだね」
「…………えぇ、そうかもしれません」
ボクは少し気恥ずかしくなりつつも、そう口にする。ずっと『自分が守らなくてはいけない場所』と考えていた。だけど、もしかしたらそれは『逆』だったのかもしれない。
何故なら――。
「だって、ここは――」
こちらの考えを察したのだろう。
アーシャは柔らかく微笑みながら、こう言って肯くのだった。
「私たちという『家族にとって、とても大切な家』ですから」――と。
◆
「…………ただいま、コルネ」
「おう。……おかえり」
ボクたちが店に入るとすぐに、どこか疲れた様子のコルネが顔を出した。
どうやら、いまも修繕の仕事をしていたらしい。アーシャ曰く、ボクが不在の間ずっと彼がこの店を守ってくれていた、とのことだ。数日前、あんな剣幕で言葉を詰まらせていたのに。それでもコルネは、この場所を選んでくれた。
そのことがとても嬉しくて。
ただ同時に、どこか自分を情けなく思えた。
そんな沈黙がしばらく続いた中で、ボクは覚悟を決める。そして、
「情けない姿を見せて、ごめん。……コルネ」
「………………」
ゆっくりと。
しかし、深々と弟子に向かって頭を下げて謝罪した。
コルネは何も言わない。でも、どこか緊張した息遣いが聞こえる。
「あー……分かったから、頭上げてくれよ」
すると、痺れを切らしたようにコルネはため息交じりにそう言った。
顔を上げると、そこには居心地悪そうに頭を掻く彼の姿。こちらから視線を逸らし、しばらく何かを考えるようにしてから、コルネはこう訊ねてきた。
「……覚悟、決まったのか?」
「………………」
その声はこちらを試すようだが、同時に隠し切れない不安感が満ちている。
彼はきっと、まだボクを信じてくれているのだ。それでも五年の歳月を経たことで、それは今までにないほどの揺らぎを見せている。
これは、ボクの背負うべき責任の一つだった。
コルネという少年に『希望』を示したからこそ、背負うべき責任。それはつまり、彼が口にしたようにボクの『覚悟』そのものだった。だから、
「……ボクはね、コルネ。きっとキミの境遇に、自分を投影していたんだ」
すべてを賭けてくれた弟子に、ボクも自分のすべてをさらけ出そうと決める。
一つ呼吸を整えてから、真っすぐに彼を見た。
「『自分が家族の絆を壊した』――ボク自身にも、そんな気持ちがあった。だからキミに手を貸したし、救いたいという傲慢に繋がったのだと思う。コルネと、その家族が元通りになれば、あるいは自分も救われるのではないか、って考えたんだ」
「………………」
コルネはあえて口を挟まず、ボクの告白を聴いている。
その視線に思わず腰を引きかけるが、ギリギリのところで堪えた。そして、
「でも、それはボクの自己満足でしかない。あまりにも『無責任』で、自分のことしか考えていない未熟者の逃避に他ならなかった」
一つまた、大きく深呼吸をして。
ボクはコルネに向き合って、こう宣言した。
「それでも、ボクにだって師匠としての意地がある。自分勝手なままだと、弟子に示しがつかない。だからボクは、これから『責任』を果たしに行く。そして――」
これが自分の『覚悟』だと、届けるように。
「ボクは師匠として、コルネに絆の修繕が可能だというのを示すよ」――と。
自然と、拳に力がこもる。
そんなボクの言葉に、コルネは少し考えてから言うのだ。
「あぁ、そうだな。そう、だったな……」
心の底から、安堵したように笑いながら。
「だったら、見せてくれよ師匠。……期待してるからさ」
五年間の信頼、信用を『覚悟』に変える。
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