7.恋知らぬ公爵令嬢は、愛を知る。
「……ライル…………」
アーシャは泣き疲れて寝息を立てる彼の名を口にする。
そして、ゆっくりと一つ息をついた。自然と伸びた手が、彼の頬に触れる。もとより先頭に立って、みんなを引っ張る性格ではない。ライルという青年は、誰かの隣に立って一緒に悩んでくれるような性格をしているのだった。
でも、誰にも弱音を吐かない。
常に一生懸命で、誰かのためになろうとして、自分のことは二の次で。
『うちの人たちはみんな、不器用なんです』
そこまで考えてから、アーシャはライルの母――ミラから聞いた言葉を思い出した。
◆
「……不器用、ですか?」
「えぇ、そうなの。昔からお義父さんも、あの人も、それにライルも……」
――それはライルとシャッツが、袂を分かった日。
アーシャとミラは、二人きりの部屋でそんな話をしていた。
しかし、少女は首を傾げてしまう。ライルはともかくとして、ローンドやシャッツまでもが『不器用』というのは、どういう意味なのか。そんな彼女の困った表情に気付いたのか、ミラは小さく笑った。そして首を左右に振ってから言うのだ。
「あ……もちろん、手先の話じゃなくて内面の話ね!」
そう口にしてからミラは、少しだけ声の調子を落とす。
どこか愛おしそうに左手薬指にはめた指輪を見て、優しくもう一方の手で撫でながら息をついた。
「みんな誰かのために行動できるのに、自分のことになると途端に不器用で。お義母さん――ライルのお婆さんもね、お義父さんのそんな性格を誰よりも理解してたの」
「そうなのですか……?」
「えぇ、そうなの。それに――」
懐かしむように。
誰かの面影を重ねるようにして、ミラはアーシャを見つめて語った。
「こうも言ってた。私はそんな彼だからこそ、愛している……って」
「………………!」
その言葉を聞いて、公爵令嬢はハッとしたように息を呑む。
ミラはそんな少女の表情から、すべてを察するようにして続けるのだった。
「私たちもきっと、似た者同士ね。だからこそ、アーシャさんにはお願いがあるの」
「……お願い、ですか?」
「えぇ、お願い。ライルも旦那も、本当に不器用だから」
――だからきっと、と。
穏やかさの中に真剣さを宿して、同じ『想いを託す』ようにミラは告げた。
「いつかきっと、二人には限界がやってくる。そうなったら、私たちにできるのは彼らを支えて、繋ぎとめること。切れた糸の両端を掴んで、強く結ぶこと」
静かに微笑みながら。
「私たちの役割はたぶん、そんな程度だと思うの」――と。
◆
いまはまだ、分からなくても良い。
それでもいつか、その時がやってきたとしたら……。
「………………」
アーシャはミラとの会話を思い出し、目を細めた。
そして、ライルを起こさないよう気遣いながら言葉にするのだ。
「えぇ、そうですね。私も――」
誰にも聞こえない。
本当に、本当に小さな声で囁くように。
「私もそんな貴方を愛しています、ライル」
幼い自分の中にあった気持ちと、答え合わせするようにして。
アーシャが口にした『想い』はそっと、暗がりの中に溶けていった。
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