6.ねがいごと。
「ボクには、みんなが輝いて見えたんだ……」
緊張を吐き出すように、ボクはそう口にする。
少しずつ、言葉を選びながら、素直な気持ちをアーシャに伝えるのだった。
「テーニャもリンドさんも、ルゼインさんに……ダインも。みんな次の道に進んだその先で、頑張っていた。そんな彼らの姿を見ていて、思うんだよ。ボクは五年間、なにをやっていたんだろう……って」
父と袂を分かったあの日以降。
ボクは一生懸命、一心不乱に修繕の仕事に取り組んできた。もちろん、どの仕事に対しても手を抜いたことなんてない。神殿の修復だって同じだった。
だって、それがボクのやるべきこと、だと思っていたから。
そうやっていれば、間違いないはずだ、と。
だけど、いざ大仕事を終えてみると……。
「みんなに称えられる中で、ボクに残ったのは虚無感だった」
「…………ライル……」
こちらの告白に、アーシャが息を呑むのが分かる。
ちらりと彼女を見ると、そこにあったのは悲しそうな表情だった。そんな顔をさせて申し訳なく思いながらも、しかし一度こぼれ始めた心は止まらない。
ベッドのシーツを乱暴に、強く握りしめて。
ボクは声を震わせながら続けた。
「みんなはボクを『最高の修繕師』だ、って呼ぶけれど。――ボク自身はそれに反して『本当に修繕したいもの』を直せていない。他でもないそれから目を背けて、ずっと投げ捨ててきたんだ」
それだというのに、周囲はボクを称える。
彼らに悪意はなくとも、あまりにも皮肉に思えて仕方がなかった。
「ボクは五年前のあの日から、一歩も踏み出していない」
その現実を見るのが、とにかく辛い。
「それに気付いてしまって、怖くなって、逃げ出したくて。何か手を動かしてさえいれば、忙しくさえしていれば、考えなくて済むから楽だった……」
「………………」
こちらの言葉をアーシャは黙って聞いていた。
そのことに甘えるようにして、ボクは最後に結論を口にするのだ。
「結局は全部、偽りだったんだよ。誰かの想いを修繕するなんて、ボクの思い上がりでしかない。一度壊れた想い……家族の絆なんて、どう足掻いても直せるはずが――」
――ガシャン。
そうして、否定し切ろうとした瞬間だった。
部屋の出入り口で誰かが、何かを取り落としたのは。
「……ふざ、けんなよ」
「コルネ……」
見ればそこには、弟子とリーナの姿があった。
見舞いの品を落とした弟子――コルネは、ひどく憤った様子でボクの方へと迫ってくる。そしてこちらの胸倉を力任せに掴んで、今までにない怒りを浮かべて言うのだ。
「どうしてお前が、今さらそんなことを言うんだ……! 俺はずっと信じてきた。それなのにどうして、お前が今さら……!!」――と。
決して声を張り上げるでもない。
騒ぐでも、なかった。
張り裂けんばかりの感情の行き場を失ったように、コルネは何度も同じ言葉を繰り返す。血がにじむほどに唇を噛んで、掴んだ手をひどく震わせて、五年前のあの日に戻ったように。
彼は次第に勢いを失って、そして――。
「コルネ……!?」
ついには声も出せなくなり、部屋を飛び出して行ってしまった。
一緒に入ってきたリーナは彼を追いかける。ボクはそんな彼らの背中を見送って、ただうつむくことしかできなかった。そして、思うのだ。
「コルネも、被害者だ……」――と。
今までずっと偽善者ぶって、偉そうにしてきた自分のことを。
想いに寄り添って、それを修繕するなんて綺麗事。ボクはそんな自分にもできない、恥ずかしい理想をずっと語ってきた。
だとすれば、コルネは被害者でしかない。
こんな独り善がりに幼い日の彼を巻き込んだのは、他でもないボクだった。
「本当に、可哀想だ。ボクは本当に、どうしようもない奴なのに……」
申し訳ない気持ちで、胸がいっぱいになる。
そして、また自然とそれが口をついて出てきた。
その時だ。
「ボクはもう――」
――パシン、と。
強く、アーシャがボクの頬を叩いたのは。
「アー、シャ……?」
その行動に唖然と、ただ彼女を見るしかないボク。
公爵令嬢はそんなこちらを真っすぐに見返し、言うのだった。
「シャキッとしなさい、もっと――」
潤んだ声色で、叱りつけるように。
「シャキッとしなさい、ライル! 腑抜けたままだと、首刎ねますよ!!」
そして、まるで対照的に。
アーシャはボクのことを強く、優しく抱きしめるのだった。
「アーシャ……?」
「ライルは、今までずっと……!」
「……え?」
困惑するしかない。
そんなボクに、彼女は変わらぬ声色のまま語り掛けてきた。
「ライルは今までずっと、誰かのために頑張ってきました。そして貴方に救われた人はたくさんいます。その一人である私が言うのだから、間違いありません」
「………………」
「だから自信を持って、どうか前を向いて、決してそれ忘れず。そして、どうか今度は自分自身を救ってください」
「…………っ!」
「ねぇ、ライル……?」
そこでアーシャは、一度言葉を切って。
改めて、このように訊ねてくるのだった。
「ライルは、なにを修繕したいのですか?」
涙を流しながら。
震える声をボクに向けて優しく、温かく、そして厳しく。
そんなすべてを込められたアーシャの言葉を耳にして、ボクは……。
「ボクは、ただ……」
しばしの沈黙の後に、答えるのだった。
「ボクはただ、仲直りがしたい……」
堪え切れない。
堰を切ったように、止めどなく、大粒の涙を流しながら。
「……ボクはただ家族が笑って、一緒にいられるだけで良かったんだ」
それがきっと、本心。
子供の頃に抱いて、夢見た、ほんの些細な願い事。
お爺ちゃんも、父さんも、そしてボクも。みんながただ、笑って一緒にいられる。ただそれだけの、なんてことのない日常だった。
本当に、きっとどこにでもある光景なのに。
それを夢に見て、ずっと追いかけた。
胸が熱い。感情が、溢れてくる。
涙が止まらない。もう、止められない。
「……ライル…………」
視界がもう、ぐしゃぐしゃで。
そんな中で彼女はどこか嬉しそうに頷いて、安堵したように言うのだ。
「初めて、自分のために涙を流してくれましたね」――と。
そっと、ボクの頭を撫でながら。
いつからか忘れていた。
でもきっと、ずっと少年の胸にあった『希望』の景色。




