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3.逃避と現実。

ランキングリニューアルしましたね(*'▽')ノ

あとがきの記念新作もよろしくです!!









 ――もしかして、逃げてはいませんか?


 アーシャのその言葉に、ボクは思わず息を呑んだ。

 そして最初に思ったのは『彼女は何を言っているんだろうか』ということ。自分がいったい、何から逃げているというのか。そんな曖昧な問いかけに対して、ボクは笑って返そうとした。

 だけど、どういったわけか否定の言葉が出てこない。

 あるいは訊き返すでも良かった。それなのに、舌が張り付いたように動かない。



「え、あ……はは、アーシャはなにを……?」



 そうやって何とか絞り出したのは、薄気味悪い誤魔化すような笑い声。


 額に汗がにじんだ。

 だが、アーシャは何かを勘違いしていると思った。

 だってボクが、いったい何から逃げているというのだろうか。彼女は真剣な、どこか悲しげな表情を浮かべるだけで、肝心な部分を口にしていない。


 もしかして、修繕の仕事についての話だろうか。

 仮にそうだとしたら、なおのことボクは一生懸命だと胸を張って言える。だから必死に声を出して、真っすぐなアーシャに訊き返すのだ。



「ボクが、何から……?」



 すると彼女は、いまにも泣き出しそうな。

 心痛な面持ちでこう言った。



「ライル自身の――」



 しかし、覚悟を決めたような声色で。



「ライル自身の、本当の『想い』から」――と。




 …………。


「え……?」



 それを耳にした瞬間、ボクの頭の中は真っ白になった。

 動悸が激しく、呼吸がこれでもかと乱れる。誤魔化そうにも誤魔化しきれない。後頭部を鈍器で殴られたような衝撃で、ボクはとっさに逃げるように立ち上がった。

 口角が引きつる。

 どうにか笑おうとしても、とても取り繕えなかった。

 それでも、否定しなければならない。否定しないといけなかった。



「そんなわけないだろ!? ふざけるな!!」



 そう考えた直後に。

 口をついて出たのは、自分でも驚くほどに乱暴な言葉だ。

 そうではない。こんなはずではない。これではまるで、ボクは――。



「神殿の修復を達成した頃からです」

「…………え?」



 その時だ。

 まるで、アーシャが畳みかけるように言ったのは。




「他のみんなが喜んでいる中で、ライル……貴方だけは、どこか寂しそうでした。そして、それから今までに以上に依頼を受けるようになって、その姿はまるで――」




 やめてくれ。




「ライルの、その姿はまるで――」




 やめろ。

 その先は絶対に、




「本当に、何かから逃げているようでした」――と。




 口にしないでくれ。





「うるさい、うるさいうるさい!! 黙ってくれ!!」





 その言葉を聞いて、ボクの中で何かが切れる音がした。

 頭が痛い。呼吸ができない。目眩がする。



「ボクがいったい、何から逃げているっていうんだ!?」



 どうして、どうしてどうしてどうして……!?

 こんなにも感情が乱されるのか、わけが分からない。否定しようとすればするほどに、胸が苦しくなって、頭の中がめちゃくちゃになっていく。


 だから、ボクは思った。

 この場から逃げないと危ない。

 アーシャの、彼女の悲しげな眼差しが怖い。


 そう思って一歩、後退りした。

 すると、依頼品の一つが目の前に転がった。

 それは綺麗な手鏡。少し欠けているが、しっかりと『現実』を突き付けてきた。



「あ、あああ……!!」




 思わず手に取って愕然とする。

 そこに映ったボクは、ボクではない。赤の他人のようだった。

 ひどくやつれて、頬がこけ始め、無精髭がそれをよりみすぼらしくさせる。何よりも生気がない瞳は、死人のそれ。ただ呼吸をして、修繕をこなす屍だと示していた。



 目眩がする。

 吐き気が、する。



 世界が暗転していって、膝から力が抜けて――。




「ライル……!!」




 そんな状態のボクに、アーシャは訊ねた。



「答えてください、あの時いったい何があったのです! 不安があるなら――」




 だが、ボクはそれを遮って力任せに叫ぶ。





「放って置いてくれ! ボクは逃げてなんか……!」――と。





 でも、それを言い切る前に。

 ボクの意識は、途切れたのだった……。



 


https://book1.adouzi.eu.org/n2314ip/

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