へなちょこの戯言
女子のみんなに避難場所の説明を終えた後は、男子が収監されている建物に向かいました。
正直、物凄く気が乗らないけど、避難場所の説明は命に関わるから、やらない訳にはいかないよね。
建物に近付くと、何やら騒然とした雰囲気で、誰かが喚き散らしている声が聞こえてきます。
「ちくしょう! 放せ、放せぇ!」
「馬鹿、シッカリ押さえろ」
「引っ張れ! そのまま引き摺れ!」
「いいですよ、嵌めて下さい」
「やめろぉ! 裏切り者! ちっくしょぉぉぉ!」
「手前ら、覚えとけよ!」
喚き声に押し出されるようにして建物から出て来た守備隊の方が持っている箱には、黒い腕輪が入っています。
どうやら、収監している同級生に隷属の腕輪が嵌められたのでしょう。
「ふざけんなよ、こんな物を嵌められちまったら、あいつらの言いなりじゃないか」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、ちゃんと魔力を押さえ込んで魔法を使えなくする為で、刑期が終われば外すって言われただろう」
「そんなもの信じられるか、また良い様に使われちまうんだよ」
「じゃあ何で国分は、自由に動き回っていられんだよ」
「そんなもの、僕らを奴隷にするために裏切ってるからに決まってんだろ」
「こんだけ世話になってんのに、馬鹿じゃねぇのか、お前らが騒ぎを起こさなきゃ、こんな物着けられてねぇよ!」
「まったくだよ、下らねぇ喧嘩で剣を振り回すとか、どこのDQNだよ」
「うるせぇ、舐められたままでいられるかよ!」
「鷹山が考え無しで魔法なんか使うから、こんな事になったんだろ?」
「なんでだよ、僕のは完全な正当防衛だ、悪いのは奴らの方だ!」
どうやら積極的に騒動を起こした連中と、巻き込まれた連中が対立してるみたいですね。
入口で警備をしている隊員さんに挨拶をして、中に入れてさせてもらいました。
廊下に足を踏み入れた僕の姿を見た瞬間、面白いほどに反応が分かれましたね。
「国分! この裏切り者、さっさとここから出せよ!」
「うるせぇよ、国分は用事があるから来てんだろ、黙ってろよ」
「はぁ? 地元の女はべらせて、イチャイチャしてるチャラ男が何の用だよ」
「だから、黙れよ手前ら!」
キリが無さそうなので、話を進めてしまいましょう。
「魔物の襲撃があった時の避難方法の話をするよ。 聞かないで逃げ遅れても知らないからね」
みんなヴォルザードまで来る途中、魔物の襲撃を経験しただけあって、不満そうな顔をしながらも話を聞く体勢をとりましたね。
「昨日、警報が鳴ったのを聞いたと思うけど、オークの群れが襲って来ました。 総数は三百七十四頭。 今、守備隊の皆さんが、その死体の処理に駆り出されています、五日ぐらいは掛かるかもね」
「三百七十って……ホントかよ……」
「今回の魔の森の活性化は、過去のものよりも相当規模が大きいらしくて、場合によっては数千、数万の魔物が押し寄せてくる可能性もあるらしいよ」
「数万って……大丈夫なのか?」
予想もしていなかった数字を聞かされて、さっきまでの対立も忘れて、みんなザワザワと囁き始めました。
「勿論、僕の眷属に全力を出してもらって、ヴォルザードを守るつもりではいるけど、場合によっては街中に魔物が侵入するかもしれない。その頃には、みんなも刑期を終えて、普通に街中で過ごしていると思う。その時の避難方法なんだから良く聞いてね」
剣とハンマーがクロスしているのがギルドのマークで、避難所に指定されている建物には、このギルドのマークが掲げられている事を説明しました。
「避難所の場所を描いた地図は、守備隊の人に預けておくから、出歩けるようになったら必ず確認しておいてね。日本に居た頃の何ちゃら避難所と同じレベルで考えてると、下手したら死ぬからね」
まぁ、ここまでは大人しく聞くだろうとは思っていました。
問題は、処分の内容を伝えるかどうかだけど、やっぱり知っているのに話さない訳にはいかないよね。
「じゃあ、次に、処分について話をするよ。みんなには罪状に応じて強制労働が課せられます。簡単に言うと、城壁の工事だけど、かなりキツいから覚悟しておいてね」
「ちょっと待て、罪状に応じてって……」
「あぁ、武器を振り回した馬鹿野郎は。当然他の人よりも日数が多くなるだろうね」
「ふざけんな、あれは向こうの連中が……」
「八木、近藤が一旦収めた後で余計な事言ったんだって? なに考えてんだよ。ここでは僕らは余所者なんだよ、騒ぎを起こせばどう思われるのか考えてみなよ。ろくに使えもしない武器なんか買うから、こんなザマになるんだよ」
「あれは、俺達だって救出に手を貸そうと思って……」
「騒ぎ起こして、牢に入れられて、どうやって救出に行くんだよ」
まだ少し不満そうな表情ですが、八木も黙りましたね。
替わって口を開いたのは近藤でした。
「悪い、国分、俺も一旦は止めたんだけど、殴られてカーっとなっちまって……」
「まぁ、近藤一人で止めるのは無理だったのかもしれないけど……」
近藤も、殴られた後には相手を背負い投げで叩き付けてしまったり、後ろから蹴られて倒れたところをボコられたりと散々だったようです。
「悪かったよ国分、ちょっと浮かれてた……」
「なんつーか、修学旅行にでも来てる気になってた……」
「俺らは、守備隊の人に従うから……勘弁してくれ」
近藤以外にも半数ぐらいの男子が謝罪を口にしてくれました。
今更謝るよりも、騒動を起こさないで欲しかったと思わないでもないですけど、それは言っても仕方ないですよね。
その一方で、残りの半数の男子は、敵意の籠もった視線を向けてきますね。
「国分、この腕輪はどういう事だよ、手前、俺らを売りやがったんだろう?」
「なにが助けに来ただ、俺らをいくらで売ったんだよ」
「信じる信じないは、そっちの勝手だけど、その腕輪を僕が勝手に外したら、僕を含めて全員がヴォルザードから叩き出される事になるからね」
クラウスさんに謝罪した時に聞かされた内容を、全員に話して聞かせました。
騒動の相手であるヴォルザードの少年には罰金刑が課せられた事、みんなには罰金を払う財産が無い事、僕が肩代りする事を禁じられた事などです。
「領主のクラウスさんからは、刑期が終わった人が臨時宿舎を使う許可は貰ったけど、生活に掛かるお金、宿舎の家賃に食事代などを僕が援助する事を禁止されました。これからは、みんな自分で生活するお金は自分で稼いでね」
当然のように、不満を口にしていた連中は苦い表情を浮かべていますが、容赦する気もありません。
「それから、焼け落ちたお店の賠償は僕がするつもりだったけど、こちらも却下されました」
同じ牢に入れられている連中の視線が、鷹山に向けられます。
「えっ、どういう意味? まさか僕に払えって言うんじゃないよな?」
「誰のせいで店が燃えたんだよ?」
僕の質問にみんなは、一斉に鷹山を指差しました。
「ちょっと待てよ……だって、あいつらが……」
「鷹山に関しては、店の損害を賠償し終えるまで働いてもらうみたいだよ」
「ふ、ふざけんなよ、何で僕だけそんな目に遭わなきゃいけないんだよ」
「じゃあ、俺にも火事の責任があるから、鷹山と一緒に払い終えるまで働くよ……って人、居たら手を挙げて」
誰も手を上げないかと思ったら、近藤と他数人が手を上げました。
「俺も騒ぎを止められなかったし、いくらなんでも鷹山一人じゃ無理だろう」
近藤の気持ちは有り難いんだけど、肝心の鷹山に反省の色が全く見えないんじゃ意味ないよね。
「うん、みんなの気持ちは分かった。 何なら今の話を守備隊の人に申し出ても良いけど、僕が肩代りするのも却下されたから、期待はしないでね」
「ま、待ってくれよ、だって、あいつらが先に手を出してきたんだぜ」
「あのさぁ、鷹山の魔法を見た事あるけどさ、あれは街中で使っちゃ駄目だろう」
「いや、だって、あいつらが……」
「下手したら、死人が出てもおかしく無いよね?」
これには、牢に入っている殆どの者が頷いています。
バスケットボール大の火の玉を、猛スピードで飛ばす魔法を街中で使うなんて、テロ行為って言っても良いくらいだよね。
「まさか、日本じゃないから、異世界だから、人を殺しても大丈夫だ……なんて思ってるんじゃないよね?」
「そ、そんな事、思ってる訳ないだろう……」
「リーゼンブルグでは勇者とか言われて優遇されてたけど、ここでは少し魔力の強い、ただの一般人だからね」
鷹山に自分の置かれている状況を分からせようと思って言ったのですが、この一言は失敗でした。
「ちっ、ホントに嫌味な野郎だな、そんなに自分のチートを自慢したいのかよ」
「えっ? どういう意味?」
本当に意味が分からなくて聞き返したのですが、鷹山は顔を真っ赤にして食って掛かってきました。
「とぼけんな! 自分だけハズレ判定で捨てられた事を根に持って、僕を妬んで陥れたんだろ! 自分だけヴォルザードの救世主になって、チヤホヤされようって思ってんだろう? バレバレなんだよ」
どんだけ被害妄想なんだと、さすがに呆れてしまいますね。
「はぁ? いつ僕が鷹山を陥れたりしたって言うんだよ、あれほどトラブルは起こすなって言っておいたよね。 それなのに、着いた翌日に騒動起こすとか馬鹿なの?」
「うるさい、お前がちゃんと受け入れの準備を整えておけば、買い物とか行く必要も無かったし、僕がトラブルに巻き込まれる事も無かったんだよ」
これにはカチーンと来ましたよ。
どれだけ準備を重ねてきたのか知りもしないで、こんなふざけた言葉は絶対に受け入れられません。
「はぁぁ? 領主のクラウスさんに受け入れてもらえるように頼んで、守備隊の臨時宿舎を住む場所として借りて、暮らしていくのに必要な身分証明の手続きを手配して、生活に必要な品物を買う金まで用意したんだよ。 なに寝言ほざいてんだよ、これ以上なにを要求するつもりだよ。 どれだけ僕にタカるつもりなんだよ!」
「う、うるさい、うるさい、恩着せがましい事を言うな! 別に僕は頼んでなんかいない!」
「へーぇ、 昨日、ギルドの登録が済んだ後、僕に金よこせって言ってきたのは、どこの誰だったかな?」
「う、うるさい、あれは、折角用意したみたいだから、貰ってやったんだ!」
「僕は、貰ってくれなんて頼んでないけど?」
「う、うるさい、うるさい、うるさい!」
鷹山は、癇癪をおこしたメイサちゃんのように、顔を真っ赤にして地団駄踏んでいます。
「ホント、鷹山って、口先ばっかりだよね。 コボルトの群れと戦った時も、考え無しで攻撃して、本宮さんに助けてもらってたし……」
「うるさい、あんなの助けてもらわなくたって大丈夫だったんだ、それをあいつらが勝手に……」
「ふーん……その割には腰抜かして震えてたし、魔法も上手く使えてなかったみたいだけど……」
「うるさーい! いつかぶっ殺してやる! 覚悟しておけよ、くそチビ!」
鷹山は、鉄格子を握り締めて、憎悪の籠もった視線を向けて来ます。
日本に居た頃の僕だったら、ビビッて謝ってたかもしれませんが、ヴォルザードで色々と経験した今では、怖いと思うよりも腹立たしく感じてしまいました。
「ほらね、また口先ばっかりじゃん、牢に入れられて、隷属の腕輪までされて、どうやって僕を殺すのさ。 僕を殺したけりゃ、靴屋の賠償金を払い終えて、腕輪を外してもらうんだね」
「うるさい、そんなはした金なんか、すぐに稼いでやるよ」
「あぁ、ちなみに賠償金は総額百万ヘルトで、強制労働で働く城壁工事の日給は三百五十ヘルトだからね。 計算したら休み無しで働いても七年以上かかるから、まぁ……返し終わるまで頑張ってよ」
「な、七年……だと……」
まさか、そんな長期間になるとは思ってもいなかったんだろうね。
完済までの期間を聞いて、鷹山は愕然としてました。
「眷属も増やしたし、あと一週間ぐらいで残りのみんなも救出しようと思ってる。 そうしたら、元の世界に戻るための交渉を始めるから、もしかすると、あっさり日本に帰れたりするかもよ」
「ほ、本当か、日本に戻れるのか?」
「おい、国分、その話マジなのかよ」
「頼む、早く帰れるように交渉してくれよ」
元の世界に戻る話が現実味を帯びてきたので、鷹山だけでなく、他のみんなも食いついてきました。
「待って、待って、まだ残りのみんなも救出してないし、交渉も始まってないんだから分からないし、あくまでも一番スムーズに進んだ場合なら……って話だよ」
「けっ、何だよ、お前だって口先だけじゃねぇか」
「はぁ? 鷹山は自分一人でヴォルザードまで来たつもりなの? 誰のお膳立てでヴォルザードに居るのかも分からないほど馬鹿なの?」
「うるさい、うるさい! 偉そうにしたって元の世界には戻れないんじゃないか、僕を馬鹿にする暇があったら帰る方法を見つけろよ!」
まったく、自分の事は棚に上げて、よくもまぁ、こんなに人を非難出来るものだよね。
でも、鷹山はもっと考えないといけない事があるって教えてあげましょうかね。
勿論、恩赦の話をするつもりはありませんよ。
「勿論、言われるまでもなく、戻るための交渉はやるから心配しなくて良いよ。てかさ、戻る準備が整っても、その時までに賠償金を払い終えてなかったら、鷹山だけこっちに残る事になるかもよ?」
「なっ、なに言って……」
うん、本当に自分の置かれている状況とか、分かってないみたいだね。
「僕が頼んでも、今の状況なんだからさ、どうしたら刑期を早く終えられるか……鷹山は、その心配をした方が良いんじゃないの?」
「ふ、ふざけんな!僕は無実だ、あれは完全に正当防衛だ! 悪いのは、あいつらの方だ!」
「そんな戯言を言ってるようじゃ、いつまで経っても出してもらえないんじゃないの? 他のみんなは鷹山よりは確実に早く出られると思うから、避難場所の件は忘れないでよ。僕は救出作戦に専念するから、守備隊の人に面倒掛けないでね……」
「ちょ……待て、国分、話はまだ終わってねぇぞ! おい、おい!」
鷹山は、まだ何か言いたそうでしたが、話を打ち切って建物を出ました。
ぶっちゃけ、鷹山がここまで馬鹿だとは思いませんでしたよ。
へなちょこ勇者として持ち上げられていたラストックでの境遇は、ある意味、鷹山にとっては理想の状況だったのかもしれないね。
リーゼンブルグの腕輪を付けて、送り返してやろうかな?
でも、カミラからも要らないって言われそうな気がするなぁ。
男子への説明を終えて出て来ると、もう日が西に傾いていました。
少し気になって城壁に上ると、まだ守備隊の人達がオークの死体の処理をしていました。
前回のロックーオーガに加えて、今回更に多いオークの死体は集めて埋めるだけでかなりの重労働に見えます。
大量の死体があれば、それだけ魔物が寄ってくる可能性が上がります。
「マルト、ちょっとラインハルトを呼んで来てくれないかな?」
「わふぅ! 分かりました、ご主人様」
マルトを伝令に出すと、程無くしてラインハルトが戻って来ました。
『どうかされましたか、ケント様』
「うん、あのオークの死体なんだけど、夜のうちに影の空間経由で森の奥に運んじゃってもらえないかな」
『なるほど、そうですな、あのままでは魔物を引き寄せるだけですからな。 分かりました、守備隊の者達が作業を終えたら、我々で移動させておきましょう』
「うん、お願いね、そっちの連携の訓練はどうかな?」
ラインハルト達の訓練の様子も気になっています。
何と言っても、救出作戦の成否に直結してきますからね。
『今のところ順調ですな、ザーエ達にはまだ戸惑いがあるようですが、アルト達は元々集団で狩りをしますし、他の者に合わせるのに慣れてますからな』
「そっか、なるべく早く救出作戦を終わらせたいんだけど、あと何日必要?」
『そうですな、あと三日あれば、問題なく作戦に移れるかと』
「じゃあ、闇の曜日の夜に作戦を決行するつもりで準備してくれるかな」
『了解ですぞ、では戻りますぞ』
ラインハルトにオークの処理を頼んで、委員長のケアに向かう前に、下宿に戻って夕食を食べる事にします。
たぶん、まだ食堂は混雑する時間ですから、僕らが夕食を食べる時間までは、部屋でマルト達をモフって過ごしましょう。
目抜き通りから一本入った裏通りを抜けて、戻って行ったのですが、アマンダさんの店の前がなんだか騒がしいです。
この時間は、そろそろお店の前にも行列が出来始める時間ですが、店の前に大声で喚き立てている男が居ます。
「嘘なんかじゃねぇぜ、最近ヴォルザードが立て続けに魔物に襲われてるのは、ここに下宿しているケントとか言うガキの仕業さ」
「いい加減な事を言うな! ケントがそんな事するはずない!」
「本当だよ、お嬢ちゃんは騙されてるんだよ」
「騙そうとしてるのは、お前の方だ!」
メイサちゃんが、顔を真っ赤にして反論している相手には見覚えがあります。
短髪頭にバンダナを巻いた男は、魔の森で出会った冒険者パーティーの先頭に居た男で、確かチョザリだか、チェザリとか言うシーカーです。
「本当さ、あの有名な冒険者パーティー・フレイムハウンドのリーダー、Aランク冒険者のバルトロが言ってるんだぜ、間違いないよ」
「そんな奴知らない、ケントはスケベで、ドジで、泣き虫で、スケベだけど、そんな悪い事は絶対にしない!」
メイサちゃんが真剣に僕を庇ってくれていて、とても嬉しいんだけど、何でスケベを二回も言うかな。
「いやいや、お嬢ちゃん、靴屋が焼ける騒動を起こした連中も、ケントが連れて来た連中なんだぜ」
「ケントは騒ぎが起きた時にはヴォルザードには居なかったもん」
「いやいや、お嬢ちゃん、手下共に指示を出して、自分は罪を被らない場所に居るって魂胆なんだよ、分かる? まだ小さいから分からないかな?」
「あたしにだって、お前みたいな余所者のチンピラが信用出来ない事ぐらい分かる!」
メイサちゃんの言葉に、順番待ちしているお客さん達が、どっと笑いました。
「このガキ……下手に出てれば付け上がりやがって……」
「ほら、それがお前の正体でしょう、チンピラ!」
「このガキぃ!」
まさかメイサちゃんみたいな小さな女の子に、暴力を振るうなんて思ってもみませんでしたが、もう闇の盾はオートマチックに近い速度で展開出来ます。
メイサちゃんを蹴飛ばそうとした脛が、闇の盾に思い切りぶつかってチョザリは悶絶しました。
その間に影移動を使って、一気にメイサちゃんの前に出ます。
「いってぇー……ちくしょう、何だこれ、うわっ、何だ手前は!」
「ケント!」
「メイサちゃん、ありがとうね、もう大丈夫だからね」
「こいつ……そうか、手前がケントか、みんな聞いてくれ、魔物の大群は全部こいつのせいだぜ、しかも靴屋を燃やした張本人だ」
チョザリが大声で喚き散らしても、周囲の反応は今いちって感じですね。
「何だと、とんでもねぇガキだな、靴屋に代わって教育してやるか?」
反応が薄い街の人の間から出て来たのは、確か弓を持っていた優男です。
サクラまで仕込んで、暇なんですかね、この人達。
「おう、そうだな、可哀相な靴屋の仇を取ってやらないとな……」
「まったく、とんでもねぇガキだ……」
チェザリと優男が、ジリっと距離を詰めて来ました。
僕のシャツの背中を掴んでいるメイサちゃんの手が震えています。
こんな状況は許しちゃ駄目ですよね。
その時、行列に並んでいたお客さんの一人が言いました。
「昼間、靴屋のマルセルと会ったけどよ、ケントって奴はたいしたもんだ、 俺がこんなに早く立ち直れたのはケントのおかげだ……って、べた褒めしてたぞ」
「あぁ、俺はマルセルの店を建て直してるハーマンから同じような話をきいたぜ、ケントはすげぇ奴だって……」
もうマルセルさんには足を向けて寝れませんね。
チェザリと優男は、バツの悪い顔をしてます。
「フレイムハウンドでしたっけ? 皆さん暇なんですねぇ……」
「何だと、このガキ」
「手前、舐めた事ぬかしてっと、ボコボコにすんぞ!」
うわぁ、予想以上の馬鹿ですね、そんな事言ったら、二人がグルだってバレちゃうでしょう。
「あれぇ……お二人は知り合いなんですか?」
「うぇ? な、何言ってんだ、知らねぇよ、こんな奴」
「あ、あぁ、俺は通り掛かっただけだからな……」
必死に誤魔化そうとしてるけど、観衆の皆さんからも忍び笑いが聞えてきますね。
「お二人とも、芝居下手ですよねぇ……」
「な、何の話だ、そ、それよりも、お前が魔物を引き寄せてるんだろう」
「そ、そうなのか、とんでもねぇな……」
うわぁ、この状況でもまだ芝居を続けようって根性だけは大したもんだね。
「はぁ……で、誰に頼まれたんですか? てか、ギガウルフはもう諦めちゃったんですか? チョザリさん」
「なっ……俺はチョザリじゃねぇ、チェザリだ! 手前、何でギガウルフの事を知ってやがる?」
「そんな自分の手の内を明かすような事を話す訳ないでしょう、そっちの方は名前は知らないけど弓使いの人ですよね?」
「こ、こいつ……」
チェザリも優男も、動揺した様子を隠せてない辺り、やっぱり二流ですね。
「どうします? まだフレイムハウンドの名前に泥を塗り続けますか?」
「このガキ……」
「ここで僕やメイサちゃんに手を出せば、フレイムハウンドはヴォルザードで活動し難くなっちゃうんじゃないですか? バルトロさんに怒られても知りませんよ」
「こいつ……」
「おい、チェザリ……引くぞ」
「くそっ、覚えてやがれよ!」
清々しいまでに悪役キャラな捨て台詞を残して、二人は立ち去って行きました。
「マルト、ミルト、影の世界から追跡して、ムルトはラインハルトに連絡して来て」
「わふぅ!」
黒幕を突き止めて、キャーン言わせてやりますよ。
声はすれどもマルト達の姿は見えないので、メイサちゃんがキョロキョロしてますね。
「メイサちゃん、僕を庇ってくれて、ありがとうね」
「あ、あれは、ケントの評判が下がると、うちのお店の評判も下がるから仕方無くよ。と言うか、ケントがシッカリしないから、こんな事になるんでしょ!」
「うっ……ごめんなさい」
僕に向かってプンスコ怒っている振りをしてるけど、なかなか見事なメイサちゃんのツンデレ具合にニヨニヨしちゃいますね。
「ありがとうね、メイサちゃん」
「くっ……う、うるさい、うるさい、ケントのくせに生意気! お店の邪魔だから二階に行ってなさい!」
「はいはい、分かりましたよ」
お店の前に並んでるお客さんも、見慣れたものらしく、ニマニマしながらメイサちゃんを愛でてますね。
うん、うん、立派に看板娘の役目を果たしてますよ。
さてさて、邪魔者は自分の部屋でマルト達の報告を待ちましょうかね。





