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ハズレ判定から始まったチート魔術士生活  作者: 篠浦 知螺


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真っ向勝負!

 翌朝、守備隊の詰所に迎えに行くと、五人は昨日作ったギルドの登録証を手に楽しげに話をしていました。

 その姿を見て、一ヶ月ちょっと前の自分の心境を思い出しました。

 何も分からない街で、それこそ初めての職探しは不安で一杯でした。

 でも不安を感じると同時に、生まれて初めて一人前の人間として仕事をする喜びも感じていたんですよね。


 日本に居た頃、居眠りばかりしていて、先生どころか両親からもポンコツ扱いだった僕にとって、一人前として認めてもらえる事は、この上ない喜びでした。

 五人には、ラストックの状況を伝えて、思いっきり釘を刺しておこうと思っていたのですが、嬉しそうな姿を見て延期する事にしました。


「おはよう、みんな準備は良い?」

「いつでもOKだ!」

「準備万端だぜ!」

「異世界で仕事とか、超~楽しみ」

「女の子向きの仕事もあるんだよね?」

「働きたくないでござる……」


 うん、約一名を除いて準備万端だね。


「八木、今日もギルドの訓練場で術士の講習をやってるんだけど、たぶん猫耳のお姉さんが参加している……」

「さぁ行くぞ! 国分、グズグズするな!」


 清々しいほどに欲望に忠実なガセメガネを唆して、他の四人と共にギルドに向かいます。

 ギルドに到着したのは、昨日よりも少し早い時間なので、掲示板の前は朝の喧騒の真っ最中です。


「ちょっと国分、何よあれ?」

「あれは、良い仕事を取り合って毎朝行われている日常の風景だね」


 小林さんの質問に答えると、他の四人も目を丸くしています。


「もしかして、あの中に入って行かないと仕事にありつけないのか?」

「八木の心配は尤もだけど、混雑が終わってからでも仕事は残ってるから大丈夫だよ。 それと、ここの仕事以外で城壁の工事は毎日募集してるから、そっちに行くって手もあるよ」

「城壁工事って、思いっきり力仕事じゃねぇの?」

「うん、そうだよ、でもヴォルザードにお世話になるんだから、一度ぐらいは体験しておいた方が良いんじゃない?」

「うぇぇ、俺はパス……」


 やっぱりガセメガネには、釘を刺しておいた方が良いかもしれませんね。


「ねぇねぇ国分君、女の子向きの仕事は何処を見れば良いのかな?」

「桜井さんと小林さんの仕事は、マノンに相談してみて。 えっと……マノンは……」


 あぁ、居ました居ました、いつもの壁際の真ん中を、だらーっとしている犬っころが占領していて、そこから少し離れた場所にマノンが立っています。

 今朝もイタズラを見つかった子供のような複雑な表情してますね。


「おはようございます、ギリクさん……マノンも、おはよう」

「ふん……目障りなチビ助か……」

「いえいえ、目障りと言うなら、図体のデカい誰かさんの方が余程目障りかと……」

「何だと手前……」

「どうかしましたか? 僕はギリクさんの事だなんて一言も言ってませんよ」

「面白ぇ、暇つぶしに叩きのめしてやんよ……」

「ふふん、そう簡単にはいきませんから、覚悟しておいて下さい……」


 上から見下すように睨み付けてくるギリクの視線を下から見返していると、お約束のようにドノバンさんが声を掛けてきました。


「おう、朝から元気が有り余ってるみたいだな……」

「おはようございます、ドノバンさん、先週はロックオーガ騒ぎで中途半端でしたからね」

「うむ……先週の続きって訳か……良いだろう……」


 ドノバンさんは、楽しげに笑ってみせました。

 と言っても、めちゃめちゃ迫力に満ちた笑みなので、八木達は竦み上がってますね。


「おいギリク、こっちの五人に稽古を付けて、どの程度の実力か見ておけ」

「何でそんな面倒な事を俺が……」

「あぁ? 何か文句があるのか?」

「いえ……やりゃあいいんでしょ、やりゃあ……」


 うひゃひゃひゃ、文句言ったところで封殺されるんだから、大人しく従ってれば良いものを、学習しない犬っころですよね。


「おい、国分、稽古って何だよ、そんな話聞いてねぇぞ」

「いやぁ、ドノバンさんの指示だから仕方ないよ」

「お前、騙しやがったな、猫耳のお姉さんはどうしたんだよ」


 あぁ、ガセメガネが、こんな所で余計な事を口走っちゃって、当然のように犬っころが反応しますよね。


「おい手前、ミュー姉にちょっかい出そうってんじゃねぇだろうな?」

「ひぃ、いや、僕は……その、こ、こいつ、国分がですねぇ……」

「ギリクさん、こいつ、ミューエルさんとお近づきになりたいみたいなんで、よろしくお願いしますね」

「ほぉ……なかなか面白ぇな……お前……」


 ギリクが鬼の形相で睨み付けてきて、八木はダラダラと冷や汗を流してます。


「い、いえ、僕はそんな……ちょ、国分手前、何言ってんだよ」

「ギリクさんは、猫耳のお姉さん、ミューエルさんのお目付け役だから、仲良くしていただきなさい」


 どうやら八木は、ギリクに完全にロックオンされたようです。

 みっちり扱いてもらって、性根を叩き直してもらいましょう。


「ちょっと国分、あたしらもやらなきゃ駄目なの?」

「ギリクさんは若手の有望株だから、ちょっと実力差を感じてみたら? ダンジョンに潜りたいなら、互角の戦いぐらいは出来ないと駄目だと思うよ」

「だってよ、和樹」

「一丁やってやっか?」


 新旧コンビも、上手いぐあいに焚き付けられたようですね。


「ちゃんと手加減してくれるから、桜井さんも参加してみてね。 先週はマノンも参加してたから大丈夫だよ」


 そのマノンなのですが、またまた思い詰めたような表情をしていたかと思うと、いきなりガバっと頭を下げて来ました。


「ケント、昨日はゴメン! あ、あんな事するつもりじゃなくって……その、距離感を間違えたと言うか……」

「うん、ちょっと驚いたけど、大丈夫だよ、気にしないで」

「ゴメン、本当にゴメンね……」


 どうやら、マノンは何か失敗をしたらしく、僕に腹を立てていた訳ではなさそうなので、ホッとしました。


「ねぇ、国分、何かあったの?」

「えっ? 何でもないよ……ちょっとマノンと頭がぶつかっただけ……」


 昨夜の頭突きの一件を話すと、小林さんは額に手を当てて天井を仰ぎました。

 ん? もしかして、凸凹シスターズに何か入れ知恵されていたのでしょうかね。


「よし、全員訓練場に出ろ。 マノン、五人に防具と木剣を出してやれ、ケント、お前はこっちだ……」

「えっ……ちょ、ど、どこへ?」


 僕も参加するつもりでいたのに、ギリクに五人を押し付けたドノバンさんに首根っこを掴まえて連行されます。

 行き先は、二階の応接室のようです。

 先週はクラウスさんが待ち構えていましたが、今日は誰も居ません。

 またソファーにポイって感じで座らされ、テーブルを挟んだ反対側には、ドノバンさんが座りました。


「ケント、ギルドのカードを出せ」

「はい……」


 言われるままに、でっかくFとランクが刻まれたカードをテーブルの上に出しました。


「こいつは回収させてもらう」

「えぇぇ……そんな、それじゃあ僕、仕事が……」


 驚いた僕の言葉を遮るように、ドノバンさんは別のカードをテーブルに出しました。

 カードには、大きくBと刻まれています。


「ケント、お前の新しいギルドカードだ」

「えぇぇ……だって、これBランクのカードじゃないんですか?」

「そうだ、ケント、お前は今からBランクだ」


 FランクからBランクなんて、一気に4ランクのアップです。


「こんなに急にランクって上がるものなんですか? と言うか、なんでこんなにランクが上がるんです?」


 若手で一番の有望株と言われているギリクでさえ、まだDランクだったはずです。

 ギリクが油断している時じゃなければ勝った事の無い僕が、更に2ランクも上というのはおかしな話でしょう。


「うむ、通常、大きな功績を残した者であっても、一度に上がるランクは2ランク止まりなのだが、今回は、ロックオーガの討伐を一件、ギガウルフの討伐を一件として二度の2ランクアップをしたという形にしてある」

「でも、僕は腕っ節は全然ですし……」

「ふん、一人で九頭ものギガウルフを倒す奴をFランクにしておける訳がないだろう、そんな奴はAランクにも居ないんだぞ」

「いや、あれは、たまたま僕に向いてる条件だったからですし……」

「それにな、正直に言っちまうと、Bランクじゃないと指名依頼が出せねぇんだよ」

「指名依頼……ですか?」


 指名依頼というのは、その名の通り、特定の冒険者を指名する依頼で、当然ながら難しい内容であったり、危険な依頼だったりするそうです。

 難しい依頼故に、指名される冒険者はBランク以上に限定されているそうです。

 指名を受けた冒険者は、相応の理由が無い限り、依頼を拒否する事が出来ないそうで、その代わりに、破格の成功報酬が用意されるそうです。


「先週のロックオーガの大量発生みたいなケースでは、腕利きの冒険者には指名依頼が出される。 現状のヴォルザードで一番の戦力はケント、お前とラインハルト達だ」

「でも、僕らは頼まれなくてもヴォルザードを守るために戦いますよ」

「そう言ってもらえるのは有り難いが、こうした手続きを疎かにしていると街の仕組みが成り立っていかなくなる。 いきなりBランクに昇格させるのも少々無理があるのも確かだが、この方が形式上の問題は少ないからだ」


 いわゆる、なぁなぁな関係で済ませて、指名依頼などの仕組みが有耶無耶になってしまうのを防ぐのが目的なんだそうです。


「という訳で、今日からBランクだが、あんまり見せびらかして歩くなよ、おこぼれに預かろうとする奴や、敵が増えるだけだからな」

「うっ……と言うか、僕は悪目立ちしちゃ駄目なんですよね?」

「それも今更な話だな……ギガウルフと例の攻撃魔法で、一部では噂になっているようだ」

「えぇぇ……それって、責任の一部はドノバンさんにもあるような……」

「ふん……何か言われても、適当にとぼけておけ」

「いやいや、そんな簡単に言いますけど……」

「別に難しくは無いだろう、それともお前は、Bランクに相応しい風格を持ち合わせているつもりなのか?」

「えっ? いえ、そんな物は全く持ち合わせてませんけど……」

「ならば勘違いだとか、人違いだと言っておけば大丈夫だろう」

「あぁ……確かにそうですね……」


 あれ? 確かにドノバンさんの言う通りなんだけど、泣きたくなるのは何でなのかなぁ……


「それと、例のギガウルフだが、一番デカい個体を15万ヘルト、残り八頭を12万ヘルトでどうだ?」

「はい、それで結構です……と言うか、いくらぐらいになるのか皆目見当が付かないので、お任せします」

「心配するな、お前を相手に足元を見るような事をするつもりは無い。 それと、近いうちに指名依頼を出す事になるかもしれないから覚悟しておけ」

「えっ? まさか魔物が大量発生する兆候でもあるんですか?」

「いいや、全く別件だ……まぁ、その件は頭の隅にでも置いておけ」


 魔物の大量発生以外で、僕が依頼される仕事って何でしょうね。

 影移動が出来るから、リーゼンブルグに届け物とかでしょうかね。

 ギガウルフのお金は、ギルドに口座を作って、そこに預けておく事にしました。

 まぁ、僕の場合は、現金で貰っても影収納に入れておけば安全なんですけどね。


 ドノバンさんとの話も終わったので、一緒に訓練場へと向かいました。

 八木がコテンパンにされて、新旧コンビが食い下がっているかと思ったのですが、予想外の光景が待っていました。


「おう国分、やっと来たか、待ちかねたぞ」

「さぁ選べ、俺か、それとも達也か、どっちだ?」


 ギリクにリベンジマッチを挑もうと思っていたのに、防具を着けた新旧コンビが挑戦状を叩き付けてきました。


「どうなってるんだ、ケント」

「いや、僕にもさっぱり……」


 ドノバンさんに訊ねられても、何が何だか訳がわかりません。

 新旧コンビの後には、腕組みをしてニヤニヤと笑うギリクと、その両脇に同じように腕組みをした凸凹シスターズが居ます。

 八木は……予想通りのボロ雑巾状態で転がっていて、話が出来るような状態ではないようです。

 マノンは……とっても困った顔をしてますね、何だか申し訳なくなります。


「えっと……話が見えないんだけど、どういう事?」

「簡単だ、お前ごときがギリクさんの手を煩わせて良いはずがない」

「だから、俺達が先に相手をしてやるって言ってるんだ、さぁ、俺か達也か選べ!」


 何がどうなったのかは分かりませんが、どうやら新旧コンビと凸凹シスターズはギリクの軍門に降ったと考えるべきなのでしょうね。


「はぁ……どっちでも良いけど……んじゃ、新田!」

「よーし……覚悟しろよ国分……」

「和樹、遠慮せずにやっちまえ!」


 困り顔のマノンから防具を受け取って身に着け、木剣を携えて新田と向かい合いました。

 さり気無くドノバンさんが、審判のポジションに立ちました。


「国分、俺が勝ったら武器を買う金をよこせ!」

「はぁ? 何言ってるの、まだ討伐なんか出来ないんだから必要無いって教えたよね?」

「アホか、ここは異世界だぞ、銃刀法も無い異世界で武器を持たない男なんて考えられないだろうが」

「だから、そんなのは講習を受けてから……」

「グダグダ喋ってないで、さっさと始めろ!」


 ドノバンさんに言われれば、立会いを始めない訳にはいきません。


「おらいくぞ! ケチケチ国分!」

「う、煩いな、そんなに武器が欲しけりゃ、自分で稼いで買えよ!」


 野球部所属の新田は、ゴブリンの時と同様に、バットスイングの構えでジリジリと距離を詰めて来ます。

 こちらは正眼に構えて、新田の出方を窺います。

 互いに距離を詰めて、あと少しで新田の間合いに入るところで、思い切って前に出ました。

 新田は素早く反応して、木剣をフルスイングしてきますが、それは勿論想定内です。

 勢い良く踏み込むと見せかけて、すっと半歩後に下がり、新田の打ち込みをかわし、素早く籠手を叩きました。


「勝者ケント!」

「くそっ、初球から変化球とかセコいぞ、直球勝負して来いよ!」

「へへんだ、あんな簡単なフェイントに引っ掛かる方が悪いんだよ」


 ギリクほどではないけと、新旧コンビの二人は、身長が170センチを超えてるし、運動部とあって身体つきもガッシリしています。

 そんな相手に真っ向勝負をするほど、馬鹿じゃないですよ。


「よし国分、次は俺が相手だ!」

「いいよ、日本に居た頃の僕だとは思わないことだね」


 新田を退け、今度は古田と向かい合います。

 ゴブリンと戦った時は、古田は囮役だったので、どんな戦法で来るのか読めません。


「よし、始め!」


 ドノバンさんの号令と同時に、古田は後ろに下がって距離を離しました。


「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ……」

「うわっ、詠唱とかズルいよ、たぁぁぁぁぁ!」


 古田がどの程度の身体強化が使えるのか分かりませんが、使われると不利になりそうなので、詠唱が終わる前に打ち込みました。


「集え、集え、我が身に……おわぁ、手前、まだ詠唱中だったのに」

「実戦で魔物が待っていてくれると思う?」

「くそっ……手前なんか詠唱無しでも叩きのめしてやんよ!」

「ちなみに、僕は詠唱なんか必要無いからね」

「あっ、手前、汚いぞ!」

「ふふん、何とでも言うがいい、ここからは僕のターンだからね、たぁぁ! やぁ! えぇぇぇい!」


 古田の詠唱を邪魔した後は、古田に届かない間合いで、思いっきり木剣を振り回しました。


「はぁ? お前、何のつもり……うっ、痛ぇぇぇ……」


 呆気に取られて古田が油断した所で、片手突きを突きいれました。


「勝者ケント!」

「くっそぉ、セコいぞ国分!」

「何言ってんだよ、術士相手に身体強化まで使おうとした奴には、そんな事を言う資格はないよ」


 古田の挑戦も退け、後ろで余裕かましている犬っころを睨み付けました。


「さぁ、始めましょうか、ギリクさん」

「ふん……チビ助なんぞに遊ばれやがって……どいてろ!」

「す、すみません、ギリクの兄貴!」


 ギリクの兄貴って、僕らが居ない間に何があったのでしょうかね?

 まぁ、今はそれよりもギリクとの対戦に集中しましょう。

 ぶっちゃけ勝てるなんて思っていませんよ。

 先週、鎖骨を叩き折られた時だって、かなりの差を感じましたし、一週間で逆転できるとは思えません。

 新旧コンビには、フェイントを使いましたが、ギリクには真っ向勝負です。


「今日は手足の一、二本も圧し折ってやろうか……」

「油断してると、また痛い目見ますよ……」

「手前……」

「用意はいいな……始め!」


 ギリクと睨み合いを始めたところで、ドノバンさんが開始の号令を掛けました。

 今日のギリクは、最初から構えてきました。

 左肩を前にした威力重視の右上段、僕も同じ構えで向かい合います。


「けっ、猿真似したって痛い目を見るだけだぜ……」


 憎らし気な笑みを浮かべたギリクが話し掛けてきますが、無言で封殺します。

 もう減らず口を叩くよりも勝負に集中します。


「どうした、ビビったのか? さっさと掛かって来やがれ」


 ギリクの挑発も封殺して、じりっじりっとギリクの右側へと回り込みながら、間合いを詰めて行きます。

 小細工は不要、最初の一刀に全神経を集中です。

 丁度、ギリクとの位置関係が入れ替わった時、一足一刀の境を超えました。


「らぁぁぁ!」「やあぁぁぁ!」


 また僕を舐めていたのでしょう、ほぼ同時に踏み込んだ打ち合いは、僅かに僕の方が早く、体格に勝るギリクが弾かれました。

 すかさず左の首筋、先週叩き折られた鎖骨を目掛けて二の太刀を振るいます。

 ギリクは、デカい図体の割に素早く動き、鎖骨を捉える事は出来ませんでしたが、それでも剣先が左の二の腕を叩きました。


「がぁ……手前ぇぇぇ……」


 顔を真っ赤にしたギリクが、力任せに振り下ろしてくる木剣に、こちらも全力の一撃で対抗します。

 ガツガツと木剣同士がぶつかり合い、数合の打ち合いの後、上から押さえ込まれるような鍔迫り合いへと持ち込まれました。

 単純な力比べでは、体格差があり過ぎて押し込まれます。

 押し負けまいと歯を食いしばったところで、ふっとギリクに力を抜かれ、身体が前に泳がされました。

 大きくバランスを崩しながらも、ギリクが居るであろう右後方へ、振り向きざまの片手薙ぎを繰り出すと、ほんの僅かですが手応えがありました。


「くっ……くそチビ……」


 素早く構え直して向かい合うと、ギリクの右の頬に赤い筋が付いています。


「何度も同じ手は食いませんよ」


 先週同じパターンから鎖骨を折られたのですから、対策は考えてきました。

 頬からは血が滲んでいるようで、ギリクは指でなぞって確かめると、ペロリと舐めたあとで凄みのある笑いを浮かべました。


「上等だ……」


 構え直したギリクの顔からは、血の気が引いて蒼褪めているように見えます。

 ただ、僕を睨み付ける眼が爛々と輝きを増していました。

 ギリクは構えを下段に近い脇構えにして、ジリジリと距離を詰めてきます。

 その姿は、魔の森で出会ったギガウルフを思い出させました。


「しっ!」


 短い気合いと共に繰り出されたのは、胴を狙った振り上げるような一刀で、明らかに今までよりも速く、そして重たい一撃です。

 渾身の袈裟斬りを叩き付けたのですが、威力に押されて大きく弾かれてしまいました。


「しまっ……がふぅ……」


 がら空きになった胴に、強烈な切り返しの一撃を食らって吹き飛ばされます。

 革胴越しに衝撃が内臓を突き抜け、呼吸すら出来ずに悶絶させられました。


「ぐぅぁ……」


 訓練場を転げ回りながら、必死に自己治癒を掛ければ、詰まっていた息も出来るようになり、痛みも引いていきます。


「ふぅぅ……はぁはぁ……くぅ……まだ……まだまだ……」


 これでもギリクは、まだ身体強化の魔法を使っていません。

 言うなれば、本気の本気の一歩手前です。

 ここで尻尾を巻いて逃げる訳にはいきませんよね。


 ですが、そこからは一方的な展開でした。

 打ち込みの威力が段違いに上がったせいで、数合打ち合うのがやっとになり、剣を弾かれた所に打ち込まれたり、殴られたり、蹴られたり。

 そして最後は、自己治癒用の魔力が切れて、訓練場に倒れ込んで、ジ・エンドです。

 それでも、汗だくで、心底嫌そうな顔のギリクが見られただけ、良かったとしておきましょう。

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― 新着の感想 ―
この手の「俺が勝ったら◯◯しろ、よこせ」っての嫌い なんの義理もないのになぜ一方的な条件を突きつけるのか、ケントはお前のお父さんかと
[一言] >指名を受けた冒険者は、相応の理由が無い限り、依頼を拒否する事が出来ないそうで、その代わりに、破格の成功報酬が用意されるそうです。 いろいろな作品でこの手の設定を見るけれど 高難度や危険度…
[気になる点] 影移動もアリでしょう?と言うか使わなきゃ舐めプじゃない?
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